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麗らかな天気の中、わたくしと殿下の婚約披露宴がつつがなく執り行われた。
もちろん、わたくしのドレスは希望通りエメラルドグリーン。
今、わたくしの隣りに立つ殿下の瞳と同じ色だ。
「レミティ、僕の愛しいひと…。いつも綺麗だけれど、今日は格別に美しい。…早く君を僕の腕の中に隠してしまいたいよ」
「ハ、ハルト様!まだまだ披露宴は終わってませんわ。皆さんにご挨拶致しませんと…、ハルト様ったら!」
これで何度目になるのか分からないくらい、今日は殿下に口付けを落とされている。
会場の参列者もほとほと呆れ顔だ。
「君が美しいのがいけない。僕は自分の気持ちを優先させているだけだよ、僕のレミティ」
口を開こうとしたら直ぐに殿下の唇に塞がれてしまう。
なんども、なんども角度を変えて口内を暴かれた。
「まったく、ハルトは我慢が効かない奴だ。いい加減にしないか、レミエット嬢が茹でダコになってしまうぞ」
「これだからラインハルトを王太子には出来んかったのだ。己の欲に忠実な君主など悪でしかないからの。レミエット、苦労を掛けるの~」
陛下や太上皇からの言葉にも聞く耳を持たない殿下は、構わずキスを続ける。
わたくしは恥ずかしいやら苦しいやらで、益々顔を赤らめてしまった。
その様子を太上皇后と王妃殿下が面白そうに見ている。
「あんなに泣き虫だったハルトが、お嫁さんを連れて来るまでに成長してくれるなんて…。レミティちゃん、しっかりと栄養摂って、バンバン赤ちゃんを産んでちょうだいね!」
「お義母様ったら。お二人はまだ婚約式を終えたばかりですわ。1年後の結婚式までは清いままで居ないといけませんもの。それに、あまり急かしてはコウノトリの機嫌を損ねてしまいますわよ」
「それもそうね。貴女たちの子供の面倒を見ながら、楽しみに待とうかしら」
片手をヒラヒラと振る太上皇后に一礼すると、殿下がボソリと呟いた。
「僕だって出来るものなら今すぐにコウノトリを捕まえに行きたいですよ」
「!?」
耳元で囁かれては、その美声が全身に巡ってしまって仕方がない。
ただでさえキスで腰砕けになっているのに、わたくしの心臓はバクバクと音を奏でた。
「さぁ、僕のレミティ、そろそろ部屋に下がろうか。挨拶も大事だけど僕たちの愛を深めるのが一番大事だよ」
「ダメですよ、殿下!イチャコラしたいのは分かりますけど、せめてあと2時間は中座出来ませんって!」
わたくしの手を取り違和感なくその場を離れようとした殿下を諫めたのはジュード子爵令息である。
クリスティーナ侯爵令嬢と一緒に挨拶に来てくれたようだ。
「ジュード、主人の邪魔をする従者など聞いたことがないぞ」
「我が君が間違った行動をしているときにお止めするのも大事な仕事ですので!」
不機嫌を隠さない殿下に対し、不敬スレスレの粗野な対応をするジュード子爵令息は、隣に立つクリスティーナ侯爵令嬢に褒めて欲しいオーラを出している。
「ジュジュったらお仕事熱心ね。いい子いい子してあげるわ」
黙って様子を見ていたクリスティーナ侯爵令嬢は彼の頭をひとしきり撫でると、わたくしに向き直って祝福の挨拶を口にした。
このような場でもわたくしたちの挨拶には笑顔はない。
「も~、ティナってば相変わらず徹底しているよね。二人が仲良しなのは公然の事実なんだから、挨拶だって笑顔で交わしても問題ないと思うよ!」
「確かにそうかもしれないけど、わたくしたちは長年これでやってきたから今更笑顔で挨拶なんて恥ずかしいのよ。ねぇ、レミティ?」
「そうね、幼い頃からの習慣はなかなか抜けないものよね。それにティナはゆくゆくは家門を継いで中立派の筆頭貴族になるのだから、王権派のわたくしと大っぴらに仲良く出来ないわよ」
「…レミティ、君は僕の妻になるのだから王権派ではなくて王族になるんだよ?…それとも僕と結婚するのが嫌になってしまったのかな?悲しいな、僕はこんなに愛しているのに」
「ハ、ハルト様!そんなことある訳ございません!わたくしだって愛しておりますのに……、っ!?」
わたくしは自分の言葉の恥ずかしさに途中で気付き、湯気が出るほど顔を赤くしてしまう。
殿下は満足気な顔をしていて、そのままわたくしは殿下に肩を抱かれてしまった。
「ところでクリスティーナ嬢、その後アレはどう過ごしているのかな?」
殿下の瞳に暗い光が灯る。
アレとは、ゴイデン侯爵預かりとなったあの元ご令嬢のことだ。
「ご報告致しました通りでございます。わたくしの教育から早々に逃げ出し、以前懇意にしていた貴族派令息を頼って放浪しているようですわ。もちろん、手を貸すものは誰もおりませんけれど」
「相当参っているようですよ。以前はチヤホヤしてくれた令息たちに冷たくあしらわれ、今まで自分を甘やかすだけ甘やかしてきた母親には絶縁され、一時は公爵夫人の座を手に入れたかと思ったら、今や木の根を食べて飢えを凌ぐ生活ですからね」
「自分は誰からも愛される資格があると思っていたのに、誰からも関心を持ってもらえない今の状況はあのお嬢さんにとっては生き地獄かもしれませんわね。まぁ、わたくしのジュジュにまで変な気を起こしたのだから自業自得ですわ」
「…っ、ティナ!僕のために怒ってくれてありがとう!!大好きだよ!!!」
ティナと一緒にいらっしゃるときのジュード様には、やっぱりどうしても尻尾が付いているように見えますわ…。
今もあんなにブンブン振り回して、尻尾が千切れんばかりですもの。
「そうだな、人間にとって一番辛い罰は愛してくれるはずの人間からの『無関心』かもしれないな」
「えぇ。その点で言えば、レミティ…未来の妃殿下は素晴らしい処分をなさいましたね」
ジュード子爵令息を首元に巻きつけたままのクリスティーナ侯爵令嬢と殿下が、わたくしをじっと見遣る。
わたくしは訳も分からず首を傾げて、そう言えばお腹が空いてしまったわ、と考えを巡らせていた。
もちろん、わたくしのドレスは希望通りエメラルドグリーン。
今、わたくしの隣りに立つ殿下の瞳と同じ色だ。
「レミティ、僕の愛しいひと…。いつも綺麗だけれど、今日は格別に美しい。…早く君を僕の腕の中に隠してしまいたいよ」
「ハ、ハルト様!まだまだ披露宴は終わってませんわ。皆さんにご挨拶致しませんと…、ハルト様ったら!」
これで何度目になるのか分からないくらい、今日は殿下に口付けを落とされている。
会場の参列者もほとほと呆れ顔だ。
「君が美しいのがいけない。僕は自分の気持ちを優先させているだけだよ、僕のレミティ」
口を開こうとしたら直ぐに殿下の唇に塞がれてしまう。
なんども、なんども角度を変えて口内を暴かれた。
「まったく、ハルトは我慢が効かない奴だ。いい加減にしないか、レミエット嬢が茹でダコになってしまうぞ」
「これだからラインハルトを王太子には出来んかったのだ。己の欲に忠実な君主など悪でしかないからの。レミエット、苦労を掛けるの~」
陛下や太上皇からの言葉にも聞く耳を持たない殿下は、構わずキスを続ける。
わたくしは恥ずかしいやら苦しいやらで、益々顔を赤らめてしまった。
その様子を太上皇后と王妃殿下が面白そうに見ている。
「あんなに泣き虫だったハルトが、お嫁さんを連れて来るまでに成長してくれるなんて…。レミティちゃん、しっかりと栄養摂って、バンバン赤ちゃんを産んでちょうだいね!」
「お義母様ったら。お二人はまだ婚約式を終えたばかりですわ。1年後の結婚式までは清いままで居ないといけませんもの。それに、あまり急かしてはコウノトリの機嫌を損ねてしまいますわよ」
「それもそうね。貴女たちの子供の面倒を見ながら、楽しみに待とうかしら」
片手をヒラヒラと振る太上皇后に一礼すると、殿下がボソリと呟いた。
「僕だって出来るものなら今すぐにコウノトリを捕まえに行きたいですよ」
「!?」
耳元で囁かれては、その美声が全身に巡ってしまって仕方がない。
ただでさえキスで腰砕けになっているのに、わたくしの心臓はバクバクと音を奏でた。
「さぁ、僕のレミティ、そろそろ部屋に下がろうか。挨拶も大事だけど僕たちの愛を深めるのが一番大事だよ」
「ダメですよ、殿下!イチャコラしたいのは分かりますけど、せめてあと2時間は中座出来ませんって!」
わたくしの手を取り違和感なくその場を離れようとした殿下を諫めたのはジュード子爵令息である。
クリスティーナ侯爵令嬢と一緒に挨拶に来てくれたようだ。
「ジュード、主人の邪魔をする従者など聞いたことがないぞ」
「我が君が間違った行動をしているときにお止めするのも大事な仕事ですので!」
不機嫌を隠さない殿下に対し、不敬スレスレの粗野な対応をするジュード子爵令息は、隣に立つクリスティーナ侯爵令嬢に褒めて欲しいオーラを出している。
「ジュジュったらお仕事熱心ね。いい子いい子してあげるわ」
黙って様子を見ていたクリスティーナ侯爵令嬢は彼の頭をひとしきり撫でると、わたくしに向き直って祝福の挨拶を口にした。
このような場でもわたくしたちの挨拶には笑顔はない。
「も~、ティナってば相変わらず徹底しているよね。二人が仲良しなのは公然の事実なんだから、挨拶だって笑顔で交わしても問題ないと思うよ!」
「確かにそうかもしれないけど、わたくしたちは長年これでやってきたから今更笑顔で挨拶なんて恥ずかしいのよ。ねぇ、レミティ?」
「そうね、幼い頃からの習慣はなかなか抜けないものよね。それにティナはゆくゆくは家門を継いで中立派の筆頭貴族になるのだから、王権派のわたくしと大っぴらに仲良く出来ないわよ」
「…レミティ、君は僕の妻になるのだから王権派ではなくて王族になるんだよ?…それとも僕と結婚するのが嫌になってしまったのかな?悲しいな、僕はこんなに愛しているのに」
「ハ、ハルト様!そんなことある訳ございません!わたくしだって愛しておりますのに……、っ!?」
わたくしは自分の言葉の恥ずかしさに途中で気付き、湯気が出るほど顔を赤くしてしまう。
殿下は満足気な顔をしていて、そのままわたくしは殿下に肩を抱かれてしまった。
「ところでクリスティーナ嬢、その後アレはどう過ごしているのかな?」
殿下の瞳に暗い光が灯る。
アレとは、ゴイデン侯爵預かりとなったあの元ご令嬢のことだ。
「ご報告致しました通りでございます。わたくしの教育から早々に逃げ出し、以前懇意にしていた貴族派令息を頼って放浪しているようですわ。もちろん、手を貸すものは誰もおりませんけれど」
「相当参っているようですよ。以前はチヤホヤしてくれた令息たちに冷たくあしらわれ、今まで自分を甘やかすだけ甘やかしてきた母親には絶縁され、一時は公爵夫人の座を手に入れたかと思ったら、今や木の根を食べて飢えを凌ぐ生活ですからね」
「自分は誰からも愛される資格があると思っていたのに、誰からも関心を持ってもらえない今の状況はあのお嬢さんにとっては生き地獄かもしれませんわね。まぁ、わたくしのジュジュにまで変な気を起こしたのだから自業自得ですわ」
「…っ、ティナ!僕のために怒ってくれてありがとう!!大好きだよ!!!」
ティナと一緒にいらっしゃるときのジュード様には、やっぱりどうしても尻尾が付いているように見えますわ…。
今もあんなにブンブン振り回して、尻尾が千切れんばかりですもの。
「そうだな、人間にとって一番辛い罰は愛してくれるはずの人間からの『無関心』かもしれないな」
「えぇ。その点で言えば、レミティ…未来の妃殿下は素晴らしい処分をなさいましたね」
ジュード子爵令息を首元に巻きつけたままのクリスティーナ侯爵令嬢と殿下が、わたくしをじっと見遣る。
わたくしは訳も分からず首を傾げて、そう言えばお腹が空いてしまったわ、と考えを巡らせていた。
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