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晩餐会からややあって、わたくしたちは最初の一手を講じることになった。
公爵家から訴状が届いたのだ。
「借金の返済を待つ代わりに、侯爵家の領地の採掘権を貰ったはずが、ここ最近卑しい侯爵の者が勝手にコソコソと採掘しているようでしてなぁ~。本当に困っているんですがねぇ~」
王族に謁見していると言うのにヘラヘラと…。
正しい言葉遣いも知らないのかしら、この人は。
あのままだったら、こんな人がわたくしの義父になっていたのね。
今更だけど殿下に連れ去って頂けて本当に良かったわ…。
わたくしは自分の中の拒絶感と戦いながら、殿下の隣で俯き加減に公爵側の訴えを聞いた。
殿下わたくしの髪飾りと対で使用した宝石は、実は我が領地から採掘されたものだったのだ。
それを聞きつけた公爵が、こうして殿下の宮まで駆け付けた。
我が家の領地の採掘権なんて渡していない。
公爵がでっち上げた嘘だ。
「その採掘権を貰ったとする証明書状は持ってないのだろう?それならこの訴状は無効だな」
殿下はピッ、と訴状を投げ棄て、前に座る公爵を見据えた。
公爵は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「しかし!侯爵家の借金を肩代わりしたのは事実!少しでも金になるものがあれば、侯爵家は私に寄越すのが道理ですぞ!!」
クワッと目を見開いて、わたくしを睨む公爵を冷ややかな眼の殿下が制す。
「お前は今、誰と謁見しているのだ?私か?それとも私の未来の妃か?」
「も、申し訳ございません。人の財布の中身を漁る狐を前に、少々憤りを隠せませんで…」
そう言ってニタァと笑った顔が本当に不愉快で、わたくしは公爵から視線を逸らしたくて堪らなくなった。
けれど、ここで目を逸らしてしまったら負けだ。
胸が上下しない程度に息を吸い込んでお腹に力を込めた。
そして、下卑た笑いを続ける公爵をキッと睨め付ける。
「狐?狐と言ったのか、今。お前の前には私と、私の婚約者しか居らん。さて、お前は今どちらを『狐』と呼んだのだ?」
「えぇ~、いやですねぇ、殿下。私は狐なんて申してはおりませんよ?何を持ってそんな言い掛かりを~…」
「私の傍には優秀な補佐官と、優秀な書記官、そして屈強な兵士が仕えていることを知らぬ訳ではないな?」
公爵をギロリと見下ろす殿下の目は、ジワジワと濃く光り、まるでとぐろを巻いた怒りを瞳に込めているようだった。
片足を立て膝をつく体勢をとっていた公爵は、小さな呻き声とともに崩れ落ちて尻餅をつく。
「わ、私は!私、この国で唯一の公爵です!!万が一、殿下と謁見中に私の身に何か障りがあれば、元老院が黙っておりませんぞ!」
公爵は震える声を張り上げて、唾を飛ばしながら宣った。
「……果たして、お前の持つ『公爵』と言う爵位は、その身にそぐうものなのだろうか。まぁ、それは直ぐに分かるだろうがな」
「ど、どう言う意味ですか?」
「別に、今のお前が知る必要のないことだ。それで?なんの話だったかな?レミティ、公爵はなにが言いたいんだと思う?」
「畏れながら申し上げます、殿下。公爵は我が領地から出た新種の宝石を我が侯爵家から掠め取りたいようでございます。哀れにも採掘権譲渡の虚偽まで口にして、その宝石が欲しいようでございます。なんと卑しく、貧しい心根の領主なのでしょうか」
「な…っ!私から借金をしている身の癖に、生意気なっ!!」
「借金、借金と言うがな?公爵。私の婚約者は公爵夫人教育の一環で、お前に不当に働かされていたらしいではないか。その分の給金はどうなっている?それに、毎年多大な税を侯爵家からせしめているのだから、借金もあらかた返し終わっているだろう?」
「…ぐっ……、で、では、残りの借金は新種の宝石が出た鉱山で手を打ちます。その鉱山を私に寄越せば借金を帳消しにしてやりますよ」
公爵がここまで宝石にこだわるのも無理はない。
あの新種の宝石は、先日のオークションで驚くべき高値がついた。
その利権が喉から手が出るほど欲しいのだ。
「……書記官、今の公爵の言、しかと書き留めよ」
「は!殿下、すでに証書としても認めております!」
「では公爵、これに署名を」
「……チッ」
渋々ながらも我が領地の鉱山を引き換えに、侯爵家の借金を帳消しにすると言う証書に署名と家紋の印を押した公爵は、最後にわたくしに向かって嘲りの笑みを浮かべた。
「そうだ、公爵。お前の息子についてだが…」
その様子を見ていた殿下が口を開く。
「愚息と言えど、お前よりはマシなようだな。お前なんかよりも立派な言葉遣いだったよ。世代交代も近いんじゃないか?早く引退した方が身のためかもな」
底冷えするような声色で、公爵を見送るのだった。
公爵家から訴状が届いたのだ。
「借金の返済を待つ代わりに、侯爵家の領地の採掘権を貰ったはずが、ここ最近卑しい侯爵の者が勝手にコソコソと採掘しているようでしてなぁ~。本当に困っているんですがねぇ~」
王族に謁見していると言うのにヘラヘラと…。
正しい言葉遣いも知らないのかしら、この人は。
あのままだったら、こんな人がわたくしの義父になっていたのね。
今更だけど殿下に連れ去って頂けて本当に良かったわ…。
わたくしは自分の中の拒絶感と戦いながら、殿下の隣で俯き加減に公爵側の訴えを聞いた。
殿下わたくしの髪飾りと対で使用した宝石は、実は我が領地から採掘されたものだったのだ。
それを聞きつけた公爵が、こうして殿下の宮まで駆け付けた。
我が家の領地の採掘権なんて渡していない。
公爵がでっち上げた嘘だ。
「その採掘権を貰ったとする証明書状は持ってないのだろう?それならこの訴状は無効だな」
殿下はピッ、と訴状を投げ棄て、前に座る公爵を見据えた。
公爵は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「しかし!侯爵家の借金を肩代わりしたのは事実!少しでも金になるものがあれば、侯爵家は私に寄越すのが道理ですぞ!!」
クワッと目を見開いて、わたくしを睨む公爵を冷ややかな眼の殿下が制す。
「お前は今、誰と謁見しているのだ?私か?それとも私の未来の妃か?」
「も、申し訳ございません。人の財布の中身を漁る狐を前に、少々憤りを隠せませんで…」
そう言ってニタァと笑った顔が本当に不愉快で、わたくしは公爵から視線を逸らしたくて堪らなくなった。
けれど、ここで目を逸らしてしまったら負けだ。
胸が上下しない程度に息を吸い込んでお腹に力を込めた。
そして、下卑た笑いを続ける公爵をキッと睨め付ける。
「狐?狐と言ったのか、今。お前の前には私と、私の婚約者しか居らん。さて、お前は今どちらを『狐』と呼んだのだ?」
「えぇ~、いやですねぇ、殿下。私は狐なんて申してはおりませんよ?何を持ってそんな言い掛かりを~…」
「私の傍には優秀な補佐官と、優秀な書記官、そして屈強な兵士が仕えていることを知らぬ訳ではないな?」
公爵をギロリと見下ろす殿下の目は、ジワジワと濃く光り、まるでとぐろを巻いた怒りを瞳に込めているようだった。
片足を立て膝をつく体勢をとっていた公爵は、小さな呻き声とともに崩れ落ちて尻餅をつく。
「わ、私は!私、この国で唯一の公爵です!!万が一、殿下と謁見中に私の身に何か障りがあれば、元老院が黙っておりませんぞ!」
公爵は震える声を張り上げて、唾を飛ばしながら宣った。
「……果たして、お前の持つ『公爵』と言う爵位は、その身にそぐうものなのだろうか。まぁ、それは直ぐに分かるだろうがな」
「ど、どう言う意味ですか?」
「別に、今のお前が知る必要のないことだ。それで?なんの話だったかな?レミティ、公爵はなにが言いたいんだと思う?」
「畏れながら申し上げます、殿下。公爵は我が領地から出た新種の宝石を我が侯爵家から掠め取りたいようでございます。哀れにも採掘権譲渡の虚偽まで口にして、その宝石が欲しいようでございます。なんと卑しく、貧しい心根の領主なのでしょうか」
「な…っ!私から借金をしている身の癖に、生意気なっ!!」
「借金、借金と言うがな?公爵。私の婚約者は公爵夫人教育の一環で、お前に不当に働かされていたらしいではないか。その分の給金はどうなっている?それに、毎年多大な税を侯爵家からせしめているのだから、借金もあらかた返し終わっているだろう?」
「…ぐっ……、で、では、残りの借金は新種の宝石が出た鉱山で手を打ちます。その鉱山を私に寄越せば借金を帳消しにしてやりますよ」
公爵がここまで宝石にこだわるのも無理はない。
あの新種の宝石は、先日のオークションで驚くべき高値がついた。
その利権が喉から手が出るほど欲しいのだ。
「……書記官、今の公爵の言、しかと書き留めよ」
「は!殿下、すでに証書としても認めております!」
「では公爵、これに署名を」
「……チッ」
渋々ながらも我が領地の鉱山を引き換えに、侯爵家の借金を帳消しにすると言う証書に署名と家紋の印を押した公爵は、最後にわたくしに向かって嘲りの笑みを浮かべた。
「そうだ、公爵。お前の息子についてだが…」
その様子を見ていた殿下が口を開く。
「愚息と言えど、お前よりはマシなようだな。お前なんかよりも立派な言葉遣いだったよ。世代交代も近いんじゃないか?早く引退した方が身のためかもな」
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