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ドキドキ同棲編

作戦会議は犬も食わない

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パーティー会場で受けた美女からの洗礼を、どう説明しようか逡巡したことで動きが止まってしまった。
数秒のフリーズだったはずだけど、魔王を召喚するには足る時間だったらしい。
ビッシバシにどす黒いオーラを浴びながら、今更意味があるのか分からない陳述をしてみた。

「美女さん曰く『私が大輔の全てを作り上げたのよ! 仕事で海外に行かなくちゃいけなくて大輔には可哀想な思いをさせたわ……。だから私の代わりに私と同い年の貴女と付き合うことにしたのね。でも大丈夫! 私、大輔と元鞘に戻ろうと思ってるの』だって」

少し芝居がかった口調で一息に告げる。
魔王・大輔くんは邪悪なオーラを宿した瞳を伏せ、緩くかぶりを振った。

「意味が分からない。言ってることの半分も分からない」
「カクテル言葉が『長いお別れ』のギムレットが私と大輔くんの間柄にお似合いって言ったり、そのギムレットを私にぶっかけようとしたり……。大輔くんとは別で強火思想な人だったねぇ……」

あの日のことを思い返すと遠い目になってしまうのは仕方がない。

「ぶっかけようと……って、大丈夫だったの? ごめん、一緒に居れなくて……」

纏っていた魔王オーラを瞬時に消して、繋がれたリードに一人で絡まりまくった小型犬みたいな顔の大輔くんが、心配そうに私を覗き込む。
くぅん、と鼻息まで聞こえそうなものだから頬が緩みそうになった。
あの時はりゅうにぃと話をしていたんだから、一緒に居れなくて当然なのに。
ついつい美女の悪行を言いあげるつもりで、大輔くんにいらぬ心配をかけてしまった。

「大丈夫だよ。木野くんがとっさに庇ってくれたから! 木野くんてば、流石元ヤンと言うべきか、すっごい反射神経が良いんだよ~。トレーで跳ね返しちゃったから、逆に美女さんがカクテルをひっかぶることになってさ。逆切れしながら帰ってった」

大輔くんは無言で私の頭を撫でながら、なにやら考えを巡らせている。
きっと良いことではないと思う。
だって、空気が大変に重い! そして黒い!!

「……うん。聞けば聞くほど俺の思ってる女の人で合ってると思う。人の話は聞き流して、自己解釈甚だしくて、最終的には逆切れして去って行く……。二年前もそんな感じだった。……誓って元カノでもなんでもないよ」

心底疲れた……みたいな深い溜息を吐いて、大輔くんが私の肩に額を乗せる。
私は返事の代わりに彼の形の良い頭を撫でた。
横抱きにされたまま、大輔くんの腕にガッチリとホールドされてしまう。
私が頭を撫でる度に、その腕の力が増しているように感じる。ちょっと苦しいくらいだ。

「……よし。マスターに頼んで、その女の人が来たら連絡貰えるようにする! それで希帆さんに対しての愚行の謝罪と、今後一切俺に関与しないって念書を書かせよう」
「そうだね。強火が直火思想になって本格的にストーカーになっても困るしね。私もこれだけ悩まされたしビシッと文句言ってやる」

あの場でも一言申したけれど、もう一回ちゃんと言わないと気が済まない。
美女さんのお陰でちっとも転職活動が進まなかったのだ。
そう。決して履歴書作成が面倒くさいからと後回しにしていたせいではない。
これは責任転嫁ではない。断じて。……断じて。

「ダメだよ! 希帆さんは危ないから来ちゃダメ」
「今更じゃん! って言うか、ここまで来て蚊帳の外なんて許せませーん。パーティーの日は防戦になっちゃったけど、次は渾身の右ストレートでも浴びせてやりまーす」

そう言ってワン・ツーとシャドウボクシングをしてみせると、大輔くんの目が真ん丸になった。
直後にいつもの様に噴き出した彼は「参ったな。笑っちゃったら許すしかないじゃん」と諦めの言葉と共に、私の額にキスを一つ落としてくれる。

「分かってると思うけど、あの女の人は感情的になったら何するか分からないからね。絶対に俺の後ろに居て。俺のこと盾にしてよ? 分かった?」

そう真剣な顔で言い含められて、同い年の大人の女性に会いに行くだけのはずなのに、未開の地へ未確認生物UMAを捜しに行く気分に陥った。
あるいは私たちは、ジャングルの奥地へ暴れオラウータンを捕獲しに行くのかもしれない。
いやいや、いくら鼻持ちならない相手だからって未確認生物やらオラウータン呼ばわりはよくないな。
ピーチクパーチクうるさく囀るし、手に持ったグラスを人に向かって投げつけるような性格なれど、彼女はちゃんとした人間なのだ。
例え脳内でも悪口はいけない。そう、悪口は。
そう言えば、ゴリラって気が立ってると物を投げつけてくるって聞いたことあるな~……。
い、いや。これは悪口ではない。断じて。これは事実だ。うん。事実を思い浮かべているだけ。うん。それだけ。

「心配しなくても、私負けないと思うよ? 黒帯のみゆねぇに色々と習ってるから」
「ダメダメ! 希帆さんのことを守るのは彼氏である俺の大特権だから! って言うか、そもそも危ない目には遭わせません」
「だいたい大輔くんが魅力的過ぎるのがいけないんじゃん。知らない内に美女さんに気を持たせるようなこと言ったのかもしれないよ?」

大輔くんの膨らました頬をエイヤッ、と人差し指で潰しながら諭すように不平を並べてみる。
私の指に押されて、大輔くんの口から気の抜けた炭酸みたいな音が漏れた。
まったく、私の美丈夫は罪な男である。
普通ならば不細工になるべきこの状態でも、美しさを失わない。

「ぜ…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………っったいに、ありえないから」

長い。溜めが長い。
思わず「ぜ」と「た」の間に息を止めてしまって、危うく酸欠状態になりかけた。
それだけ全力で否定したいってことなんだろうなぁ。

「本当かなぁ? 元カノさんたちにとってはどうか分からないけど、少なくとも私にとって大輔くんは最高の恋人だからなぁ。いっつも甘やかしてくれるし、嬉しい言葉もくれるし、格好良いし、時々可愛いし、たくさん抱き締めてくれるし、たくさん触って気持ち良くしてくれるし……、考えれば考えるほど女の人が放っておかない人なんだよねぇ、大輔くんって」

だからこそ悩んじゃうんですけど。
私は無意識のうちに、横抱きにされていた体勢から、大輔くんに向き合う格好になっていた。
それから、幼児が抱っこをせがむように、大輔くんに両手を開くと抱き着いて、広い背中に腕を回す。

「……っ、希帆さん! だから、いきなりデレるのやめて……心臓が破裂しそう……」

とか言いつつ、私の腰をしっかり抱いて瞼に頬にキスをしてるのは誰でしょうねー?
唇を押し付けるだけのキスを顔の側面に幾重にも重ねられる。

「大輔くんがモテるせいで悩んでるのは事実ですしー」
「よく言うよ。希帆さんだって無自覚に人を惹き寄せるじゃん」
「私が? ナイナイ! ギリアラサーの平凡顔になにが出来るって言うのさ」
「ほら。自覚がないだけ希帆さんの方がタチが悪いよ。可愛過ぎる恋人を持つと気苦労が絶えないんだからね! 少しは自分の魅力を認識してよね、希帆さん」
「それはこっちのセリフやん! ばかちんが!」
「そうでーす。俺は希帆さんバカでーす」
「むむむ。それを言うなら私の方が大輔くんバカだし!」
「いやいや、俺の方が……」
「おん? 私の方が……」

大輔くんの膝の上で、彼の腕に抱かれながらギャイギャイと言い合う。
これはきっと犬も食わないやつだな、なんて思いながら。
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