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ドキドキ同棲編

【小休止】三富の『話し合い』①

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ガッシャーーーーン!!!

「なんだコラ!やるのか!!」
「あぁ、やってやるよ!」

落ち着いた照明、軽快なJAZZの流れる店内にグラスの割れる音と男性同士の諍いの声が響く。
店主である三富ミトミは砕いていた氷と、アイスピックを置くと溜息を吐いた。

「あれは絶対俺に気がある!」
「いーや俺だね!お前みたいな冴えない男に、彼女が靡くもんか!」

艶子ツヤコが経営するクラブの帰りらしい中年二人組は、目当てのホステスが一緒らしく、どちらがそのホステスに気に入られてるかの言い合いをしているらしい。
テーブル席で小競り合っていた両者は、遂に殴り合いの喧嘩を始めてしまう。
その結果、テーブルにセットされていたアイスペールからグラスから酒のボトルまでをなぎ倒し、穏やかな店内の空気を一気にピリついたものにしてしまった。
カウンター席で飲んでいた希帆と大輔は、驚いて騒動の先に目を向ける。

「クララちゃんは俺のものだ!」
「いーーや!俺だね!!」
「俺が手を握ったら頬を染めたんだぞ!俺を好きな証拠だぜ!!」
「ブハハハ!馬鹿な野郎だな!客に嫌な顔出来るかよ。俺は転んだフリして抱き着いてやった!クララちゃんのあの瞳!!あれは喜んでいる目だったね!」
「なんだとー!?」
「なんだよー!?」

愛しのホステスの名前を叫びながら、いい歳したオッさん二人がお互いの胸ぐらを掴み合っている。
控えめに言っても地獄絵図だ。

「……クララちゃんって、みゆねぇが言ってた期待の新人ちゃんかなぁ」

やれやれ、と言うように大輔の隣で頬杖を付いた希帆は、艶子のクラブでチーママを任されている美由希ミユキと数日前に交わした会話を思い出す。
聖女と見紛うばかりの可憐な容姿に、業界初にも関わらず長けた手練手管でグングン売り上げを伸ばしている新人が居ると言っていた。
その新人の名前が、確かそんな名前だった気がする。

「あーらら…三富くんのお店を荒らすなんて、ばかちんだねぇ」

オレンジジュースの入ったグラスに口を付けながら、希帆はケラケラと笑っていた。
その顔を不安気に覗き込むのは彼女の恋人である大輔だ。

「希帆さん、平気?怒鳴り声、怖くない?」

仄暗いバックグラウンドを持つ希帆を心配する彼は、騒ぎの大元である酔っ払い二人組を睨め付けた。

「にゃはは!これくらいなら平気、平気~。ありがとうね」
「うん。希帆さんが大丈夫なら良いんだけど…」
「酔っ払い同士の喧嘩なんて慣れてるしねぇ。近所の猫のナワバリ争いの方が迫力あるよ~」

希帆は事もなげに笑ってチャームのチョコレートをつまむ。
確かに、マンションの近所で毎夜繰り広げられている、猫たちの争い合いの方が激しいかもしれない。
大輔はそう思いながらグラスを傾けた。

「お二人ともお騒がせしてすみません」

三富がハンチング帽のツバに手を添えて謝辞を述べる。
そして凍り付くような目でテーブル席を見遣った。
寛容な彼にしては珍しい表情だ、と大輔は少し驚く。
けれど、自分の城である店を荒らされているのだから当然の反応かもしれない。
希帆は一つ欠伸をすると、興味なさそうに三富に向けて口を開く。

「どうする?祐一朗くんでも呼ぶ?」

祐一朗とは三富と同じく希帆の幼馴染だ。
どうやら彼は警察官として活躍しているらしい。

「…いや、………そうだな…『話し合い』でもしてみるよ」

そう言ってニッコリと笑う店主に、希帆が一瞬で顔色を青くする。
先ほどまで余裕綽々な様子で居た希帆の変化に、大輔が目敏めざとく反応した。
希帆の肩を抱き寄せ、彼女の額にキスを落とす。
まるで夏の怪談話に怯える子供をあやす様に、大輔はヨシヨシと希帆の頭を撫でた。
人前でのスキンシップを苦手とする希帆だが、今日は大人しく大輔の腕をキュッと掴み、心無しか唇を震えさせている。
以前、希帆の兄である龍臣タツオミの話でも三富の『話し合い』について言及があった。
その『話し合い』がどのようなものか興味があった大輔は、希帆の様子を心配しながらも、知れず心を期待で弾ませる。
大輔の期待を知ってか知らずか、三富は薄く笑うとオーディオプレイヤーの据えられた棚の引き出しから、一冊の本を取り出した。
黒い装丁で随分と分厚いそれは、ファンタジー映画で時々目にするような魔術書の雰囲気を漂わせている。
大輔はその表紙に『人生で一度はやってみたい!拷問刑101選~カラー挿絵付き~』と書いてあるのを見た。
それから視線を上げると、眼鏡を光らせ不敵に笑う三富にハッとする。

「直ぐに害虫駆除しますので、少しお待ちくださいね」
「………はい」

片方の口角だけ吊り上げる三富に、大輔は何とか声を返した。
希帆に至っては、まるで嵐が去るのを祈るように目を瞑っている。
三富はギャイギャイ威勢の良い声を上げ続ける男性客を一瞥すると、先ほど取り出した本を小脇に抱えバーカウンターから歩み出た。
大輔は、その背中に自身にも馴染みのある邪悪な気配を感じ取る。
希帆に『魔王降臨だ!』と非難されるそれだ。
足音を立てず歩く彼を見遣りながら、大輔は生唾を飲み込む。
希帆を抱く手にも熱が籠った。
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