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ドキドキ同棲編

龍臣の贖罪⑮【龍臣視点】

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インターホンを連打すると、希帆の母親が怪訝な声で対応した。
けれど「希帆には会わせない!これ以上ごねるなら警察を呼ぶ!!」と取り合えって貰えない。

「どうしましょう…。僕たちが警察を呼んでも民事不介入でしょうし…」

三富が思案顔をしながら俺を見る。
俺は二階建ての異世界のパーツみてぇな家を見上げた。
二階の道路側の窓がカーテンで閉ざされている。
二週間前に来た時にはあの窓にカーテンはなかった。
俺は一か八かの賭けに出る。

「ヲォォォォォォイ!希ィ帆ォォォォォォォ!!!!お前ぇ、無事なら返事しろやぁぁぁぁぁ!!!!」

希帆のことを怯えさせるばかりだった俺の大声も、こんなときばかりは役に立つ。
雨音なんて屁でもない。俺の声は希帆の耳にちゃんと届いているだろう。

「ふざけるな、この蛮族どもが!!」

玄関扉が乱暴に開かれて、鬼の形相の男が一人飛び出してくる。
例の『旦那』候補だろう。
遅れて出て来た希帆の母親の口元が赤く腫れていることに気付く。

「希帆はもう俺の娘なんだ!あんまり勝手なことするようなら裁判沙汰にしちまうぞ!!!」

俺に人差し指を差し向けながら、『旦那』候補が息巻いた。
肩で息を弾ませているところを見ると、相当おかんむりらしい。
雨脚が強くなってきた。
ただでさえ雨雲のせいで視界が悪いのに、夕闇の帳も降りてきて二階の窓の様子が分からなくなる。
俺は静かに希帆の返事を待った。

「聞いてんのか!警察呼ぶぞ!!」

微動だにしない俺を見て、『旦那』候補が玄関先から門の外へ出てくる。
俺の襟元を掴み、めちゃくちゃに揺さぶって来た。

「希帆は俺たちが幸せにするんだ!他人のお前は引っ込んでろぉぉぉ!!」

『旦那』候補の怒号が飛ぶ。
それでも俺は希帆の返事を待った。

「…あっ!なんか光ったぞ!!」

祐一朗が叫ぶ。
その隣で三富が息を飲む。

「モールス信号だ…。……『SOS』…龍臣さん、希帆ちゃんが…っ…」

三富の言葉を最後まで聞かずに、俺は目の前の男をぶん殴った。
それから崩れ落ちる母親を押しのけ家に入ると、真っ直ぐ二階へ向かう。
希帆の部屋だと思われるドアには南京錠がかけてあった。
俺は血が逆流する思いでそれを蹴破る。
中に入ると懐中電灯を手にした希帆が、顔中を痣だらけにして立ち尽くしていた。

「…希帆……、お前…」

俺は言葉を失い、希帆を抱き締めるための手は空を切る。
男である自分が希帆に近付いて良いものか瞬時に判断出来なかった。

「……りゅうにぃ」

希帆が、小さな、本当に小さな声で俺を呼んだ。
左目の周りはどす黒く変色し、顔はパンパンに腫れ上がっている。
口の両端に血が滲んで、喋るのも大変そうだ。
それなのに、希帆は俺の名前を繰り返し、繰り返し呼ぶ。

「りゅうにぃ……りゅう…にぃ…」

ゆっくりと希帆に近付いて、恐る恐る手を差し出してみる。
希帆は懐中電灯を放り投げると、俺の手を両手で掴んだ。
それから涸れた涙をふり絞るような嗚咽をあげ、静かに、ただ静かに泣き出した。

「ちゃんと助け呼べたな。えらいな。…えらかったなぁ、希帆。遅くなって、ごめん、ごめんな…っ」

驚くほどに小さな肩だった。
力加減を間違えたら粉々になってしまうんじゃないかと思う程、小さな小さな身体だった。
俺の妹は、この小さな身体で一人戦っていたのかと思うと涙が止まらなかった。
そんな妹が俺に助けを求めた。
今度こそ、しっかり守り抜いてやると誓った。





その後、希帆の母親と俺たちは正式な場所で話し合いの場を設けた。
結果的に言えば、希帆の身体に残った暴行の痕が証拠になり、親権制限が行使されることになった。
希帆たちが望めば面会を許可するが、基本的に面会の場は用意せず、お互いに不干渉でいることをもりこんだ誓約書に署名をさせた。

「あの子がお腹にいるって分かったとき、私は間違いなく幸せだった。…けど、ちゃんと体重が増えなくて、どんどん痩せていって…、近所の人からネグレクトって噂されるようになって…、あの人も飲み歩いて帰ってこなくなって、たまに帰って来たと思ったら希帆が泣いてあの人が暴れるようになって…。大好きだったあの人に暴力を振るわれるようになったのは希帆のせいだって…。あの子が産まれたせいで私の人生が台無しになったんだって思えて…」

希帆の母親はぽつぽつと涙を落としながら、誰に聞かせるともなく話し始めた。

「由香里が産まれた時、あの人は酒も博打もやめるって言ってくれたの…!心を入れ替える、って…。でも、希帆があの人に懐かなくて、喋り方もおかしいからって、またあの人は家に寄り付かなくなった!!私は必死に希帆の喋り方を直そうとしたわ!なのに、あの子はちっとも上手く喋れなくて……私は手をあげるようになって…一度手をあげたら止められなくなった!やめよう、やめようって思っても、ちゃんと話せない希帆にイライラして叩いて、罪悪感に圧し潰されそうになって…」

勝手な言い分に顔を顰めてしまう。
希帆が上手く喋れなかったのは、舌小帯短縮症のせいだ。
それだって小さい頃から歯科検診にちゃんと通っていれば早い段階で分かったことらしい。
俺の家に来たとき、希帆の歯は虫歯ばかりでボロボロだった。
それどころか、まともな飯を食わせて貰えなかったせいで箸はおろかスプーンもフォークもうまく使えなかったんだ。

「私も………、…私なりに、希帆のことを愛してた。ちゃんと、愛してあげたかった!!」
「甘ったれるんじゃないよぉぉ!!!」

あまりの言葉に俺が机に拳を打ち付けそうになったとき、隣に座っていたババアが声を上げた。
厳しい顔を崩さず、ババアは希帆の母親を見据える。

「あの男との仲を反対しきれなかったばっかりに、アンタに辛い思いをさせちまったもんだと、そう、今の今まで思っていたけれど……由希子、アンタそれでも母親かィ?母親気取るんなら最後まで気張りなぁ!男の尻ばかり追いかけんならその母親面を置いてくこった!!」

調停人が渋い顔をしているが、幸い大きな問題にはされずに済んだ。
俺はババアの、…お袋の子供で良かったと思いながら、一つ息を吐いた。
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