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ドキドキ同棲編

龍臣の贖罪⑩【龍臣視点】

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「なにやってんだぁぁぁぁ!!!」

茂みから飛び出した小さな人影が、青年の脇腹に見事な膝蹴りを入れる。
相手が転がったのを見計らって、もう一人の少年が希帆の手を取り駆け出した。

「希帆ちゃん、大丈夫?」

ずれた眼鏡を人差し指で押さえながら、三富が気遣いの言葉を掛ける。
希帆がコクンと頷くのを見て、更に後方に目を遣ると、祐一朗が参道から茂みに駆け込んできた。
三人で山道を走りながら、安全な場所を目指す。

「希帆!ごめんな、遅くなって…!怖かったろ?」
「…、…だ、だ、だい、…だいじょう、ぶ」
「祐一朗、アイツ殺したか?」
「ころっ…!?…殺せる訳ねぇだろ!子供の力だし、直ぐに追いかけてくると思う」
「そうか、使えない奴だな。仕方ない、完成したばかりの使おう」
「使えない言うな!!あっちに誘導するなら俺が囮になるぜ!」
「当たり前だよ。運動音痴の僕たちは高みの見物をさせてもらうから」
「腹立つな…。希帆のこと頼んだぞ!!」

三富と祐一郎はお互いの拳を突き合わせてから二手に別れた。
祐一朗は茂みから飛び出て、先ほど蹴りを入れた相手を社の裏手に誘導する。
三富と希帆はそのまま山道を駆け、祐一朗とは反対側から社の裏手に回った。

「こンのガキがぁぁぁ~、大人をおちょくったらどぉなるか、教えてやルぜぇ~」
「…別に……お前なんか怖くねぇし!」

大きな銀杏いちょうの木を背に、祐一朗が青年に追い詰められている。
一歩、また一歩、祐一朗ににじり寄る青年を、三富と希帆は息を殺してじっと見ていた。

あと三歩…。あと三歩アイツが近寄ったら…。

誰かの喉がゴクリと鳴った。
緊張が肌を刺すようでヒリヒリする。

あと一歩…。

けれど、あと一歩のところで青年の足がピタリと止まる。

「…なぁ~ンてな!ガキの作るトラップなんてバレバレだっつの!落とし穴かなぁ?ごめンなぁ~、俺、落ちてやれなくてぇ~」
「…っ……クッソ!」

その青年の一歩先の地面は不自然に草が生い茂り、を隠していることは明白だった。
三富と希帆は息を飲み、祐一朗は顔を青ざめる。

「ギャハハハハ!こンな落とし穴にハマる高校生が居てたまるかっての!てか、お前ら罰当たりだなぁ。神聖なる神社にこンな物持ち込みやがって!!」

ぶっじゅぅぅぅぅ~、びゅっ

青年は足元に転がっていたケチャップを思いっ切り踏みつけた。
作業の合間、合間で三富がチュウチュウ補充していたものだ。
三富の頬に青筋が走る。

「なぁなぁ~、龍臣くんの妹ちゃ~ん?近くに居るンだろ~?オトモダチが大事なら、出てきなよ~。出て来ないならオトモダチに痛い目に遭ってもらうよぉ~?」

希帆は迷わずに山道から祐一朗の前に出た。
両手を広げて、祐一朗を庇うように立つ。

「おうおうおうおう、さっすが龍臣くんの妹って感じぃ~?かぁっこいい~!…けど、腹立つわぁ!」

ジャッ、と地面を蹴り上げて青年が希帆に一直線に向かって来た。
希帆も祐一朗も呼吸を合わせ、十分に青年を銀杏の木に近付けてから二人同時に各々左右へ飛び退く。
相手が混乱している隙に、間髪入れずに三富が動いた。

バシュッ!ギュルギュルギュルッ!!

「う、うわぁぁぁぁ!!!」

三富が切ったロープの先に吊るされていた網が青年を捕らえ、物凄い勢いで上昇する。
まるで野生の動物を狩るような罠に捕らえられた青年は、宙吊りになった網の中で情けない声を出した。

「な、なんだよ、これぇぇぇ~」

血の気が収まったのか、途端におどおどとした様子に戻った青年に、三富は冷たい視線を浴びせた。

「捕縛用の罠ですよ。不審者が秘密基地を荒らさないように仕掛けたんです。落とし穴はこっちの仕掛けを目立たなくするブービートラップなので、あんな風にわざと分かりやすくしてるんですよね。希帆ちゃんも祐一朗も作戦通りの動きだった、よくやったな」

まるで軍を指揮する上官のように冷静沈着な三富の様子に、生け捕りにされた青年が命乞いを始める。

「な、なンかヤバげ~?え、え~?勘弁してよ~、助けてよ~」
「僕のケチャップも同じ気持ちだったでしょうね」
「…はへ?」
「あなたに踏みつぶされている間、僕のケチャップも助けて欲しいと願っていたはずです。あんな風に中身を飛び散らせて…、きっと無念だったことでしょう!」
「…わ、悪かったよ~」
「悪かったの一言で済むなら警察いらねンだわ」

その眼を見る者全てを石にしてしまうメドゥーサのように、三富の眼が青年を射抜き、青年の動きがピタリと止まる。
蛇に睨まれた蛙、である。小学生と言えど、三富のケチャップ愛は天変地異でも巻き起こせそうだった。

「警察が来るまでの間、僕と『話し合い』しましょうか」

眼鏡を怪しく光らせながら、三富が不敵に笑う。
三富の言う『話し合い』が何たるかを知っている希帆はブルリと身を震わせた。

「…?希帆?怖いのか?俺が居るから心配すんなよ!」

正義感に溢れた祐一朗の笑顔を、希帆は曖昧に笑って誤魔化す。
きっと祐一朗は希帆が暴漢に遭った恐怖で震えていると思ったはずだ。
確かにそれも怖いには怖かったのだが、今の希帆は『人生で一度はやってみたい!拷問刑101選~カラー挿絵付き~』と言う、凡そ小学生が持ち歩くに適しない本を、鼻歌交じりに鞄から取り出している三富が世界で一番怖かった。


*****************************


煙草屋の源助さんに希帆たちのことを教えて貰って、俺はオッさんと一緒に猫神社に駆け付けた。
社の裏手に回ると、希帆が祐一朗とジュース片手にシャボン玉に興じている。
三富は面倒臭そうに、大人たちから説教を受けていた。

「希帆!お前、無事か?」

弾かれたように振り向いた希帆の口元に赤い痕を見つける。
頬も腫れ上がっていた。

「…りゅうにぃ、…おしごと、じゃまして、…ごめんなさい」

オッさんと二人で迎えに来たことで、店をほっぽって来たことを察した希帆が頭を下げた。

何でこんな時にも自分よりも人の都合を考えるんだよ。
俺はお前のお兄ちゃんだぞ、もっと甘えりゃ良いじゃねぇか…!

「くそったれが!!!ごめんなさいじゃねぇんだよ!!!!」

希帆を傷付けられた怒りと、希帆に甘えて貰えない怒りが爆発してしまった。
ハッとして希帆を見ると、大きな目をいつも以上に開いて顔面蒼白にしている。

「…きほ、…めいわく、ばかりで、…ごめん、なさ…、ごめん、なさ…い」
「違う!違うんだ、希帆!!今のは希帆に言ったんじゃねぇって」

慌てて希帆を抱き上げようとして、更に怯えさせてしまう。
それが俺の罪悪感を倍増させて負のループだった。
俺と希帆は、それまで積み上げてきた家族の形を一瞬で見失ってしまったのだ。
俺は希帆にどんな言葉を掛けたら良いか分からなかったし、希帆もどんな反応をするのが正しいか測りかねているようだった。
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