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ドキドキ同棲編

龍臣の贖罪⑦【龍臣視点】

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「…りゅうにぃ、…いちご、た、た、たべて…いい?」

空手着に身を包んだ希帆が、もじもじしながらも苺のパックを誰にも渡さない!と言う風に胸に抱いて俺の様子を窺っている。
春を迎える頃になって、希帆は舌の手術を受けた。
手術自体は大変なものではなく、30分ほどで終わったが、それまでの滑舌に比べると格段に良くなった。
ただ、元々舌の作りが短いそうで、舌っ足らずな喋り方になってしまうこともある。
それから吃音きつおんは段々と落ち着いてきたものの、まだまだ時間が必要らしい。
今日は美由希の道場で空手の稽古だ。
と言っても、正式な門下生になったわけじゃない。
美由希が『下手に有段者になっちゃったら、暴漢相手でもボコボコに出来ないでしょ?』と、入門を断ったからだ。
考えたくもないが、希帆は物凄く美人になるはずだから、痴漢やストーカー被害に遭わないとは言い難い。
そうなったとき、有段者が身を護るために反撃すると『過剰防衛』として処理される場合もあるそうだ。
だから、希帆には黒帯である美由希自身が、自己防衛に特化した訓練をつけてくれている。
美由希に、お前は有段者だから暴漢相手でも反撃すると不利になるのか?と尋ねたら、『そんなの私が反撃するどころか、痴漢からアンタが守ってくれるでしょ?』と返された。
俺の彼女には敵わない。

「…りゅうにぃ、…かおが、…いちご、みたい。ど、ど、ど、どうした、の?」

たたた、と俺に歩み寄って、うつむく俺を下から見上げるようにして、希帆が心配そうに尋ねる。
希帆は人の体調を痛いほどに気遣う。
きっと、自分が経験した痛みを思い出すのだろう。

「何でもねぇよ!…と、苺は飯の後ならいいぞ?夕飯前にそれ食ったら、お前何も食えなくなんだろ。てかその苺は誰から貰ったんだ?」

2週間前、希帆は初めて苺を口にした。人生初だ。
一瞬で苺の虜になった希帆は、次の日から会う人、会う人全員に苺がどれだけ美味しかったかを切々と語った。
希帆と一緒に下校途中の三富から『僕、この話少なくとも5回は聞いてますよ…』と愚痴を聞かされたので、学校でも話していたに違いない。
あの日、三富の熱意ある説得もあって、保健室学習をやめて教室で生活するようになった希帆は、初めは上手く喋れないことでクラスメイトと仲良くなれなかったらしい。
それどころか、喋り方を馬鹿にしてくる奴も居たそうだ。
そう言う奴は片っ端から三富が希帆も交えて『話し合い』をしたそうだが、その内容を希帆に聞いても死んだ魚のような目をして顔を背けられてしまう。
何となく釈然としないが、紆余曲折あって希帆は今クラスメイトとも馴染んでいるそうだ。

「…おなじ…クラスの、…ゆうたろう、くん、が…くれた、よ」

苺のパックを更に大事そうに抱え直しながら、希帆が右手で後方を指さす。
その指先を目で追うと、希帆と同学年くらいの空手着のガキが母親らしい人間と道場の玄関に立っていた。

「俺はゆうたろうじゃない!祐一朗ユウイチロウだよ!!!」

ガキが大きな声で訂正する。
希帆がビックリした顔をして振り向いた。

「…どうも~。うちの妹がお世話になってます~」

出来る限り口角を上げ、出来る限り無害そうな笑顔で挨拶をする。
俺の顔面は初見の人間には少し刺激が強い。
希帆のクラスメイトの保護者に下手な印象を与えるのは良策ではないはずだ。

「あらあら、貴方、艶丈苑えんじょうえんで働いてる子でしょう?板長さんの手元を一生懸命に見てるから、主人と『良い板前さんになりそうね』って話してたのよ。貴方が焼いてくれた玉子焼き、とっても美味しかったわ」
「え……、と…そ…れは、…どうも、ありがとう…ございます」

思いもよらない言葉に面食らってしまい、お礼以降の言葉が続かない。
おろおろしていると、すかさず美由希がフォローをしてくれた。

「すみません、柚木ユギさん!この人、普段はこの人相で怖がられてばっかりだから、褒められることに慣れてなくて~。祐一朗ユウイチロウくん、希帆ちゃんが苺が好きだってよくわかったね~、すごいじゃん!」

ほほほほほ、と余所行き笑いをして俺の背中をバシバシと叩く美由希に、咳き込みながら目で反論した。
美由希に話しかけられたガキは頬を染めながら希帆を見つめている。

「…別に。この前、希帆に聞いただけだし!食べた苺がめちゃめちゃ甘くてめちゃめちゃ幸せでめちゃめちゃ大好きになったって。そんな苺を買ってきてくれたお兄ちゃんもめちゃめちゃ大好き~って言ってたから…」
「だから祐一朗も希帆ちゃんに苺をプレセントしたかったのよね」
「…んっ!!!」

爆発でもするのか、ってくらいに顔を赤くしたガキが鼻の穴を膨らませていた。
その言葉を聞いた希帆は、夜空に星が瞬くような瞳をキラキラさせてぴょんぴょん跳ねる。

「あ、あ、あ、ありがとぉ!!ゆ、ゆ、ゆ、ゆういちろう、くん、あ、あ、あ、ありがとぉぉぉぉ!!」
「お、おう!……な、なぁ!…俺のことは…大好きって言わないのかよ!!」
「…?…、……、……??」
「黙んなよ!」
「……?」

希帆はキョトンとした顔をして、真っ赤な顔で喚くガキに首を傾げていた。
数秒考えた後、希帆はテトテトとそのガキに歩み寄り、ガキの頬に手を添わせると、フワリと笑う。

「…ゆういちろう、くん、…まっか。…いちご、…みたい…にゃはは…おいし、そう」
「おまっ…それ…っ!」
「…?…、…また、…あかく、なった」

ペタペタとガキの頬を触り続ける希帆と、盛大に顔面を爆発させ散らかすガキを美由希とガキの母親はニコニコと見守っている。
俺はと言うと、二人を見る目はきっとアサシンのように鋭かったはずだ。
けれど、隣に立つ美由希に文字通り首根っこを掴まれていたため、希帆をガキから引き剥がすことも出来なかった。

「希帆が大好きな苺に似てるって!俺!!」

嬉しそうに母親に報告するガキに、希帆は不思議そうな顔を向けている。
きっと自分の発言がガキにとってどんな意味を持つのか理解できないのだろう。
俺は大きなため息を一つ吐いてから、苺を抱いて離さない希帆に声を掛ける。

「希帆、今日はお前の好きな玉子焼きだ。全部食べたら、その苺をデザートで食うぞ!」

今は苺一つで輝くような笑顔を見せる希帆に、どうかもう少しそのままで、と願わずにはいられなかった。
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