上 下
91 / 143
ドキドキ同棲編

【番外編】ショートヘアの彼女【大輔視点】

しおりを挟む
希帆さんが髪を切った。
学生以来だと言うショートヘアは、希帆さんのために考案されたとしか思えないほど似合っている。
後頭部の“まるっ”とした感じが一段と可愛い。
可愛くて、可愛くて、ついつい頭を撫で過ぎてしまう。
今日はとうとう「ハゲるからやめて!!」と怒られてしまった。
ハゲだって大好きだよって伝えたら、更に怒られた。
ムキになる希帆さんも可愛いから、どうしても揶揄ってしまう。
毎日が楽しいことの連続で、希帆さんと出逢う前はどんな生活をしていたかなんて思い出せないくらいだ。
満ち足りた生活とは、こんな風に希帆さんと一緒に過ごす生活を指すのだと思う。

「でもさ、ひとつだけ不満があるんだよね」
「おん?どしたん?いきなり…」

いつものように希帆さんを腕の中に閉じ込めて、そのうなじをうっとりと愛でていたら、ふつふつと黒い感情が込み上げてきた。
脈絡もなく話し始めたものだから、希帆さんが驚いた声を上げる。

「この髪、一番最初に見たのが逸弥イツヤさんってのが、ちょっとね」

昨日付けたキスマークをなぞりながら感情を吐き出すと、希帆さんが俺の指先に反応してブルリと身を震わせた。

「仕事帰りに髪の毛切っちゃうんだもん。そっからマスターのお店行っちゃってさ。俺が一番に見たかったのに」
「そ…、そんなこと言ったって…。それに、その理論なら私の髪型を最初に見たのはアカリちゃんと日和ヒヨリちゃんってことになるよ」
「女性は除きますー」
「男の人なら三富ミトミくんが先に見たよ」
「マスターも別枠ですー」
「何だそれ。…なんか、今日の大輔くん子供みたい」

にゃはは、と声をあげて笑いながら希帆さんが後頭部をグリグリと俺の額に押し付けてくる。
希帆さんの髪の毛がサワサワと鼻先を触って擽ったい。

「どうせ子供ですよーだ」

噛み跡が付かないくらいの力で、希帆さんの首筋に歯を立てる。
このままバリバリと食い尽くしてやりたい気持ちになった。

「にゃははは!!!それ、くすぐったい~」

俺の凶暴な感情を知らない希帆さんの、屈託ない笑い声に絆される。
よっぽど擽ったいのか、希帆さんは俺の腕の中でビチビチと跳ね回るように身を捩っていた。

「ちょ、こら、もう!!ふぁ…ははは!私食べても仕方ないでしょ?お腹空いたの?」

白くほっそりとした首に何度も歯を立てていると、希帆さんが俺の頭に優しく手を伸ばす。
ポフポフと数回叩くように撫でられた。

「いくら食べても足りないのかも」

希帆さんが足りない、と付け足そうか迷って口をつぐむ。
つい先日も無理をさせたばかりだ。
流石にタガが外れ過ぎている。

「まぁ、今日は夜ご飯も早かったしねぇ」

ふんふん、と納得するような仕草の希帆さんに、飽きずに噛み付いていると、俺に背中を預けていた希帆さんがクルリと振り向いた。

「食いしん坊な大輔くんに、希帆さんがホットケーキを焼いてあげましょうかねぇ♡」
「ホットケーキ?」
由香里ユカリが小さい頃に良く作ってたんだー。今日の大輔くんは甘えっ子だから、希帆お姉さんが作ってあげましょうね~」

どこか楽しげな希帆さんはフンフンと鼻歌を唄いながらキッチンに向かう。
その後ろにピッタリくっついて、希帆さんが戸棚を開けるのを手伝った。

「ホットケーキミックスって、あったっけ?」
「希帆さんがこの前急に『サーターアンダーギーが食べたい!』って言って使い切ってた気がするよ」
「あぁ、そうだった、そうだった。深夜のサーターアンダーギーは業が深かった」
「筋トレとかするくせに食べるのは我慢しないよね、希帆さん」
「食べるために筋トレしてるもーん」

笑い合いながら、希帆さんが取り出すボウルを受け取ったり、冷蔵庫から卵を取り出したり、希帆さんの背中から離れたりまたくっついたりしながら準備を進める。

「ホットケーキミックスの代わりに大輔くんのプロテインを使おう!」
「……美味しいの?」
「りゅうにぃが時々作ってたよ?私は食べたことないけど」

希帆さんはそう言い終わる前に、大きめのボウルにプロテインをドサリと入れてしまった。
味に不安を抱きつつ、希帆さんの背後から腕を回してそのボウルに卵を割り入れる。
かき混ぜるのは希帆さんで、俺はボウルを支えた。

「………水分が足りない…ね?」
「希帆さんが適当にプロテイン入れるから~」
「むむむ…。あ、冷蔵庫のヨーグルト入れたらどうやろ?」

冷蔵庫からヨーグルトを出して少しずつボウルに入れていく。

「プロテインも、このヨーグルトもタンパク質多めのだから、筋トレ後に食べたら筋肉付きそうなホットケーキだね」
「にゃはは!私がムキムキマッチョになったらどーする?」
「…………ん~」

ボウルを支えながらマッチョになった希帆さんを想像してみた。
どんな希帆さんも大好きだと思っていたけれど、出来ればムキムキよりもポヨポヨでいて欲しい。

「まぁ、ムキムキマッチョになるほどストイックになれないけどねぇ~」

ヨーグルトのお陰で何とかまとまりそうなボウルの中身を、懸命にかき混ぜる希帆さんを見下ろす。
長いまつ毛が希帆さんの頬に影を落としている。

「大輔くん、フライパン温めて~」
「……ん」
「…?疲れちゃった?」

ホットケーキ作りに夢中になっている可愛い恋人の横顔を眺めていたら、急にその瞳がこちらを向いたので思わず見つめてしまった。
付き合い始めてもう直ぐ3ヶ月目になるのに、いまだに見惚れてしまう。
きっと一生、俺は希帆さんに見惚れてしまうんだろう。
小首を傾げる希帆さんの唇を素早く奪って、小さ目のフライパンを火にかける。

「…今、キスする意味ありましたぁ~?」

照れ隠しなのか唇をすぼめて、希帆さんが非難めいた声を出した。
そんなことを言う癖に、俺の頬に触れるだけのキスをしてくる希帆さんが堪らなく愛しい。
数秒見つめ合って、どちらからともなく口付けを交わした。



「…なんか、モサモサするぅ……。ハチミツかけてるのに、モサモサするぅ~~」

希帆さんが眉間に皺を寄せたまま、モキュモキュと口を動かす。
プロテインで作ったホットケーキは、希帆さんの口に合わないようだ。

「バニラアイスでも乗せてみる?」
「くぁ~…!それ、良いアイディアだねぇ♡」

途端に顔を輝かせる希帆さんが可愛くて、可愛くて、俺の頬は緩みっぱなしになる。

「それにしても、一緒にお料理するのも楽しいもんだね。私、誰かとお料理するの初めてかもしれない」
「へぇ、意外。仲良しだから、由香里さんと一緒に作ってるもんだと思ってた」
「あの子に包丁を持たせたらダメなんだって…。艶子ママも台所に立つことほとんどなかったしなぁ…」
「そっか。じゃあ、さっきのが希帆さんの『ハジメテ』ってことか」
「…その言い方恥ずかしいんやけど!!」
「ハハハ!!希帆さんの『ハジメテ』貰っちゃった~♡」

希帆さんの口元についたアイスを舐めとるようにキスをして、そのまま希帆さんの口内を暴く。
しばらくして唇を離した時、我ながら人の悪い笑顔を浮かべていたことと思う。

「…さっきまで不機嫌だったのに、なんだい、その満足そうな顔は!!本当にお腹空いてただけかい!!」

ケッ、と悪態を吐きながら、少し頬を赤らめた希帆さんがグサグサとホットケーキにフォークを刺した。
満ち足りた気分でその様子を見守りながら、ペロリと舌なめずりをする。

きっと直ぐに足りなくなるけどね、希帆さんが。

口いっぱいにホットケーキを頬張る美味しそうな恋人に悟られないように、頭の中で彼女を翻弄する策略を練った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うちの拾い子が私のために惚れ薬を飲んだらしい

トウ子
BL
冷血大公と呼ばれる私は、とある目的のために孤児を拾って厳しく育てていた。 一世一代の計画を目前に控えたある夜、様子のおかしい養い子が私の寝室を訪ねてきた。どうやら養い子は、私のために惚れ薬を飲んだらしい。「計画の成功のために、閣下の恋人としてどう振る舞えばよいのか、教えて下さいませ」と迫られ……愚かな私は、華奢な体を寝台に押し倒した。 Twitter企画【#惚れ薬自飲BL】参加作品の短編でした。 ムーンライトノベルズにも掲載。

とびきりのクズに一目惚れし人生が変わった俺のこと

未瑠
BL
端正な容姿と圧倒的なオーラをもつタクトに一目惚れしたミコト。ただタクトは金にも女にも男にもだらしがないクズだった。それでも惹かれてしまうタクトに唐突に「付き合おう」と言われたミコト。付き合い出してもタクトはクズのまま。そして付き合って初めての誕生日にミコトは冷たい言葉で振られてしまう。 それなのにどうして連絡してくるの……?

甘雨ふりをり

麻田
BL
 全寮制男子高校に通う七海は、オメガだ。  彼は、卑下される第二の性を持って生まれたが、この高校に入学して恵まれたことがある。  それは、素晴らしい友人二人に出会えたこと。  サッカー部のエースである陽介、バスケ部次期キャプテンである秀一。  何もかもに恵まれた二人は、その力を少しだけ僕に分けてくれる。  発情期の投薬が合わず副作用がつらいと話してから、二人は代わる代わる僕の発情期の相手をしてくれる。  こんなボランティアもしてくれる優しい友人と過ごす毎日は穏やかで心地よかった。  しかし、ある日やってきた転校生が………  陽介、秀一、そして新たに出会うアルファ。  三人のアルファに出会い、七海はどのアルファを選ぶのか… ****  オメガバース ですが、独自設定もややあるかもしれません。総受けです。  王道学園内でひっそりと生きる七海がじんわりと恋する話です。  主人公はつらい思いもします。複数の攻めと関係も持ちますので、なんでも許せる方向けです。  少し前に書いた作品なので、ただでさえ拙い文がもっと拙いですが、何かの足しになれば幸いです。 ※※※全46話(予約投稿済み)

異世界トリップして10分で即ハメされた話

XCX
BL
付き合っていると思っていた相手からセフレだと明かされ、振られた優太。傷心での帰宅途中に穴に落ち、異世界に飛ばされてしまう。落ちた先は騎士団の副団長のベッドの上。その副団長に男娼と勘違いされて、即ハメされてしまった。その後も傷心に浸る暇もなく距離を詰められ、彼なりの方法でどろどろに甘やかされ愛される話。 ワンコな騎士団副団長攻め×流され絆され傷心受け。 ※ゆるふわ設定なので、騎士団らしいことはしていません。 ※タイトル通りの話です。 ※攻めによるゲスクズな行動があります。 ※ムーンライトノベルズでも掲載しています。

拝啓、可愛い妹へ。お兄ちゃんはそれなりに元気です。

鳴き砂
BL
大国、モルダバイト帝国に属する北の地で新たな生命が誕生した。それはコハクの妹である。しかし、妹は「呪われた子」の証を宿して誕生した。妹を殺そうとする両親から逃れるために、コハクは妹を連れて家出を決心するも、コハクは父親によって妹とともに海へと投げ捨てられた。 「それにしても僕の妹は可愛いなあ〜!一生をかけて、お兄ちゃんが守ってあげるからね!」 コハクは、行く先々で妹を守るためにあれやこれやと処世術を学んでいくうちに、いつの間にか無自覚無敵なお兄ちゃんへとなっていた!しかし、その有能さは妹だけではなく六賢帝の一人と謳われるセレスタイン・モルダバイトをも巻き込む波乱への始まりとなり・・・・?! 冷酷無慈悲な賢帝(攻め)×妹至上主義な天然お兄ちゃん(受け)のすれ違いだらけの恋物語 前半、攻めはあまり登場しません。

ひとりじめ

たがわリウ
BL
平凡な会社員の早川は、狼の獣人である部長と特別な関係にあった。 獣人と人間が共に働き、特別な関係を持つ制度がある会社に勤める早川は、ある日、同僚の獣人に迫られる。それを助けてくれたのは社員から尊敬されている部長、ゼンだった。 自分の匂いが移れば他の獣人に迫られることはないと言う部長は、ある提案を早川に持ちかける。その提案を受け入れた早川は、部長の部屋に通う特別な関係となり──。 体の関係から始まったふたりがお互いに独占欲を抱き、恋人になる話です。 狼獣人(上司)×人間(部下)

オメガパンダの獣人は麒麟皇帝の運命の番

兎騎かなで
BL
 パンダ族の白露は成人を迎え、生まれ育った里を出た。白露は里で唯一のオメガだ。将来は父や母のように、のんびりとした生活を営めるアルファと結ばれたいと思っていたのに、実は白露は皇帝の番だったらしい。  美味しい笹の葉を分けあって二人で食べるような、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような、そんな穏やかな時を、激務に追われる皇帝と共に過ごすことはできるのか?   さらに白露には、発情期が来たことがないという悩みもあって……理想の番関係に向かって奮闘する物語。

なにがなにやら?

きりか
BL
オメガバースで、絶対的存在は、アルファでなく、オメガだと俺は思うんだ。 それにひきかえ俺は、ベータのなかでも、モブのなかのキングモブ!名前も鈴木次郎って、モブ感満載さ! ところでオメガのなかでも、スーパーオメガな蜜貴様がなぜに俺の前に? な、なにがなにやら? 誰か!教えてくれっ?

処理中です...