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ドキドキ同棲編
夏の記憶②【由香里視点】
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おねぇが胸元をハンカチで叩きながら、ねぇねぇに頭を下げる。
ねぇねぇは「気にすんな」って言っていたけれど、おねぇは泣きそうな顔をしていた。
「ほらほら、希帆。家に帰ったら、艶子さんが上手に染み抜きしてくれるって。ダメなら俺が新しいの買ってやるから、今は祭りを楽しめ」
「……イツくん、でもこの浴衣はみゆねぇのお下がりだもん…。新しい浴衣じゃダメだもん…」
「希ぃー帆っ?また着たいなら、お下がりじゃなくて新しいの買ってもらいな。アンタはものを欲しがらな過ぎだよ」
「ゆっかも、新しいの、きる!!」
「由香里は欲しがり過ぎ!」
「にぃにぃ!ゆっか、新しいの、きる!!」
「お~?なんの話だぁ、由香里ぃ♡ほら、食べたがってたトウモロコシだぞ~♡」
「ももこし~!!」
「アンタが際限無く甘やかすから、由香里がブクブク太るんだよ、ばかちんが!!」
スパーンッ!と小気味良い音を立てて、にぃにぃの顔にねぇねぇの平手打ちが飛ぶ。
アタシに焼きトウモロコシを食べさせようとしていたにぃにぃが、横っ飛びになった。
にぃにぃの手から焼きトウモロコシを強奪したアタシは、ムッシムッシと夢中で頬張る。
「龍臣、お前なんで由香里の分しか買ってこねぇわけ?希帆の分は?」
「おぁ?え?だって希帆はトウモロコシ欲しがったことねぇし…」
「お前がそんなんだから、希帆も欲しがれねぇんだよ、ボケナス」
「本当よ。このばかちんが!!」
「いってぇぇぇ!この暴力女!!俺の頭は木魚じゃねぇんだぞ!!!」
「俺が何か買ってやるよ、希帆。焼き鳥か?フライドポテトか?クレープもあるぞ」
「俺が買う!希帆は俺の妹だからなっ!!…て、ヲイ、希帆の身体触ってんじゃねぇよ!」
「人聞きの悪い…。肩に手を置いただけだろ?」
「タラシのお前に触られたら、希帆が穢れる!散れ!去れ!!」
「アンタらがそうやって口喧嘩始めるから、欲しがる前に希帆が逃げてくんだよ、ばかちんが」
にぃにぃといっくんが喧嘩を始めると、おねぇはそそくさとアタシの元に来て、汚れたアタシの口元を優しく拭ってくれた。
アタシは既にトウモロコシの味に飽きてしまって、殆ど食べ終えたソレをおねぇに渡す。
「も~、いらな~い!」
「もうちょっと残ってるよ?」
「おねぇが食べて!!」
「ん。…あ、由香里、食べたがってたりんご飴があるよ」
「りんごあめ~~~~!!!!」
アタシは一目散にその屋台に走り寄り、興奮でぴょんぴょん跳ねた。
「にぃにぃ!!ゆっか、大きいの、食べる!」
「お~♡何でも買ってやるぞ~♡」
アタシの渡した食べかけのトウモロコシを食べながら、おねぇが屋台に飾ってあるツヤツヤとした商品を見ている。
おねぇの視線の先にあるのは、大ぶりな苺がいくつも竹串に刺してあるイチゴ飴だ。
自分の大好物を前に、おねぇの目がキラキラと輝いている。
その瞳は夜空の星を集めたみたいに綺麗だった。
「希帆には俺が買ってやるよ。イチゴ飴が良いんだろ?」
ルビーよりも赤い瑞々しい宝石に、目を奪われているおねぇの背後にいっくんが立つ。
いっくんはイケメンで背が高くて黒い豹みたいにしなやかに動く。
いつも良い匂いがして優しくて、まるで王子様みたいだと思う。
おねぇは黙って看板を見た後、小さく首を横に振る。
大きなりんご飴を買ってもらって、早速一口目に齧り付いていたアタシは、おねぇが欲しがらない理由が分からなかった。
でも、今なら分かる。
おねぇは看板に書いてある値段を見ていたんだ。
看板には「りんご飴 大500円 小300円 いちご飴800円」と書いてあった。
おねぇが選ぶものはいつだって一番安いもので、欲しがるものも少ない。
だからアタシがその分欲しがって、おねぇに分けてあげるんだ。
「おねぇ!これあげる!!」
アタシはまだ一口しか食べてないりんご飴を、おねぇにグイッと差し出す。
本当はまだまだまだまだ食べたいけれど、欲しがれないおねぇの為に我慢した。
「こら!由香里、アンタ食べかけばっかり渡すんじゃないよ!!」
ねぇねぇに窘められて、しょんぼりと項垂れていると、おねぇが優しく頭を撫でてくれた。
おねぇの口が「良いから、全部自分で食べな」と動く。
納得がいかなくて、また駄々をこねそうになった。
「希帆、アンタも遠慮せずに何でも頼みな?欲しがることも覚えなさいね」
「…ん」
「よし!じゃあ、希帆はいちご飴な♡お兄ちゃんが買ってやろう♡」
「…ありがとう、りゅうにぃ」
「ぐふっ…。俺の妹がこんなに可愛い…」
頬を染めながらお礼を伝えるおねぇに、にぃにぃは感動の涙を流す。
そしてアタシを抱き上げながら、自分の頬をアタシの頬に擦り付けてきた。
「こんなに可愛い妹が二人も居るなんて、俺は幸せ者だぁ…」
「にぃにぃ、ビールの匂い、くさい!!」
にぃにぃはお酒が入ると陽気になる。
まぁ、いつも陽気だから代わり映えしないのだけど。
「俺が希帆に買ってやりたかったのにな。…他に欲しいものはないのか?」
「…イツくん……。えーと…でも…」
いちご飴を握り締めたおねぇが、キョロキョロと屋台の看板を見回す。
夜ご飯を食べないまま出てきたから、きっとおねぇもお腹が空いているはずだ。
おねぇは甘いものを食べる前にしょっぱい物を食べたがる。
フライドポテトかタコ焼きが食べたいところだろうが、片手がいちご飴で塞がっているからおねぇには無理だ。
アタシみたいに誰かに食べさせて貰うことも、自分のものを誰かに持っていて貰うことも苦手だから。
そんなおねぇの視界に、ちょうど良い看板が飛び込んだ。
「あ…じゃあ、フランクフルト……食べたい」
「…。希帆、それあんま他の男に言うなよ」
「?なんで?」
「何でもだ」
いっくんが不思議な反応を見せながら、屋台のおじさんに声を掛ける。
アタシはお腹がいっぱいになったので、にぃにぃの腕の中で大人しくしていた。
「希帆、このサイズでも腹に入りそうか?」
「…ん。大きいの、嬉しい…」
「……。それもあんま他の男に言うなよ」
「?イツくん、さっきから変だよ」
「ウチの店のジャンボフランクはお兄さんのジャンボフランクよりも大きいですよ~~☆なんつってねぇ!!」
「…?イツくんもジャンボフランク持ってるの?」
「そうだよお嬢ちゃん!男はみんな持ってるよ~。ま、中にはポーツビックも居るけどな☆だぁはっはっはっ!!」
「…???」
「希帆、まだ分からなくて良い。行くぞ」
おねぇの顔くらいはありそうなフランクフルトを大事そうに持って、おねぇがいっくんに華が咲いたような笑顔を向ける。
「イツくん、ありがとう…。…嬉しい」
「おう。……いつか俺のフランクも食べさせてやろうか?」
「…。これよりも大きい?」
「……まぁ、そう、な。太いかな」
「じゃあ、無理だよ。そんな大きいのお口に入らないもん」
おねぇはそう言いながら、フランクフルトの先端を咥え込んだ。
今考えると、中学生相手にする会話としてはかなりスレスレなんじゃないかと思う。
いっくんはあの頃から変態だったんだなぁ。
にぃにぃはお酒が入っていて会話が聞こえていないみたいだし、ねぇねぇは敢えて何も言わなかった。
後にアタシとおねぇは、ママやねぇねぇやその他ホステスのお姉さま方に下ネタの英才教育を受けることになる。
おねぇは自分のことになると恥ずかしいみたいだけど、他人の恋愛事情にはバンバン下ネタを言うようになった。
アタシは自分のことでも他人のことでも気にせずフルオープンだけどね。
「…逸弥、希帆、早くおいで。はぐれちゃうよ~」
自分で言い出したことなのに盛大に顔を赤らめているいっくんと、懸命にフランクフルトを食べ進めるおねぇにねぇねぇが声を掛ける。
花火が打ちあがるまであと少し。
人が増えてきて歩くのが大変になって来た。
「希帆、お前も俺に捕まってろ。はぐれたら大変だろ」
アタシを抱き上げたままのにぃにぃが、おねぇに左手を差し出す。
ようやくフランクフルトを食べ終えたおねぇは、口をもごもごと動かしながら、にぃにぃの左手をじっと見た。
「…まだ、苦手?…か?」
にぃにぃの顔が暗く沈む。
おねぇは昔ほどじゃないにしても、大人の男性が苦手で、どうしても触れるのに抵抗があるみたいだ。
にぃにぃもおねぇも緊張した面持ちになる。
アタシはそれが我慢出来なくて、にぃにぃの腕から逃れるように身をよじった。
「ゆっか、おねぇと手つなぐ!」
にぃにぃの頭をバンバンと叩いて降ろして貰うと、りんご飴を持っていない方の手をおねぇに差し出した。
おねぇは、へにゃり、と頼りないけど優しい笑顔を浮かべて、柔らかな手を重ねてくれる。
「よ~し、二人とも手を放さないで私たちについて来るんだよ」
「こっからもっと人が増えるからな、由香里、よそ見してはぐれるなよ」
にぃにぃとねぇねぇが先頭に立ち、いっくんが後ろをついて来てくれることになった。
茜色に染まっていた空に、だんだんと夜の帳がおりて一番星が輝いている。
むわんと漂う夏の夜の香りに、屋台の色々な食べ物の匂いが混ざって心が躍った。
金魚すくいやスーパーボールすくいのキラキラした装飾に目移りして、ついつい足元がおろそかになる。
そんな時は、おねぇが力強く手を引いてくれて転ばずに進めた。
「おねぇ!金魚さん、ほしい!!」
「うーん…。金魚さんを飼うには、色々必要なんだよ?」
「たいへん?」
「大変。それに、他の金魚さんと離れ離れにするの、可哀そうじゃない?」
「金魚さんも、おねぇちゃん、いるのかな~?」
「うん。金魚さんも家族がいるから、連れて帰るのはやめよう?家族とは一緒に居なきゃ」
「おねぇと、ゆっかみたいに~?」
「そうだよ。由香里とお姉ちゃんはずっと一緒だよ」
「うん!ゆっか、おねぇとずっと一緒いる!!やくそく!!!」
アタシが柔らかい手を強く掴むと、おねぇは繋いだ手をギュッと握り返してくれた。
おねぇとの約束が嬉しくて、出来損ないのスキップをしながらアスファルトを蹴り上げる。
アタシのおねぇは優しくて、温かくて、柔らかくて、強い人。
おねぇと一緒に居たら怖いものなんてなにもない。
だから、これから先もおねぇの手を放さずに居ようと思った。
ねぇねぇは「気にすんな」って言っていたけれど、おねぇは泣きそうな顔をしていた。
「ほらほら、希帆。家に帰ったら、艶子さんが上手に染み抜きしてくれるって。ダメなら俺が新しいの買ってやるから、今は祭りを楽しめ」
「……イツくん、でもこの浴衣はみゆねぇのお下がりだもん…。新しい浴衣じゃダメだもん…」
「希ぃー帆っ?また着たいなら、お下がりじゃなくて新しいの買ってもらいな。アンタはものを欲しがらな過ぎだよ」
「ゆっかも、新しいの、きる!!」
「由香里は欲しがり過ぎ!」
「にぃにぃ!ゆっか、新しいの、きる!!」
「お~?なんの話だぁ、由香里ぃ♡ほら、食べたがってたトウモロコシだぞ~♡」
「ももこし~!!」
「アンタが際限無く甘やかすから、由香里がブクブク太るんだよ、ばかちんが!!」
スパーンッ!と小気味良い音を立てて、にぃにぃの顔にねぇねぇの平手打ちが飛ぶ。
アタシに焼きトウモロコシを食べさせようとしていたにぃにぃが、横っ飛びになった。
にぃにぃの手から焼きトウモロコシを強奪したアタシは、ムッシムッシと夢中で頬張る。
「龍臣、お前なんで由香里の分しか買ってこねぇわけ?希帆の分は?」
「おぁ?え?だって希帆はトウモロコシ欲しがったことねぇし…」
「お前がそんなんだから、希帆も欲しがれねぇんだよ、ボケナス」
「本当よ。このばかちんが!!」
「いってぇぇぇ!この暴力女!!俺の頭は木魚じゃねぇんだぞ!!!」
「俺が何か買ってやるよ、希帆。焼き鳥か?フライドポテトか?クレープもあるぞ」
「俺が買う!希帆は俺の妹だからなっ!!…て、ヲイ、希帆の身体触ってんじゃねぇよ!」
「人聞きの悪い…。肩に手を置いただけだろ?」
「タラシのお前に触られたら、希帆が穢れる!散れ!去れ!!」
「アンタらがそうやって口喧嘩始めるから、欲しがる前に希帆が逃げてくんだよ、ばかちんが」
にぃにぃといっくんが喧嘩を始めると、おねぇはそそくさとアタシの元に来て、汚れたアタシの口元を優しく拭ってくれた。
アタシは既にトウモロコシの味に飽きてしまって、殆ど食べ終えたソレをおねぇに渡す。
「も~、いらな~い!」
「もうちょっと残ってるよ?」
「おねぇが食べて!!」
「ん。…あ、由香里、食べたがってたりんご飴があるよ」
「りんごあめ~~~~!!!!」
アタシは一目散にその屋台に走り寄り、興奮でぴょんぴょん跳ねた。
「にぃにぃ!!ゆっか、大きいの、食べる!」
「お~♡何でも買ってやるぞ~♡」
アタシの渡した食べかけのトウモロコシを食べながら、おねぇが屋台に飾ってあるツヤツヤとした商品を見ている。
おねぇの視線の先にあるのは、大ぶりな苺がいくつも竹串に刺してあるイチゴ飴だ。
自分の大好物を前に、おねぇの目がキラキラと輝いている。
その瞳は夜空の星を集めたみたいに綺麗だった。
「希帆には俺が買ってやるよ。イチゴ飴が良いんだろ?」
ルビーよりも赤い瑞々しい宝石に、目を奪われているおねぇの背後にいっくんが立つ。
いっくんはイケメンで背が高くて黒い豹みたいにしなやかに動く。
いつも良い匂いがして優しくて、まるで王子様みたいだと思う。
おねぇは黙って看板を見た後、小さく首を横に振る。
大きなりんご飴を買ってもらって、早速一口目に齧り付いていたアタシは、おねぇが欲しがらない理由が分からなかった。
でも、今なら分かる。
おねぇは看板に書いてある値段を見ていたんだ。
看板には「りんご飴 大500円 小300円 いちご飴800円」と書いてあった。
おねぇが選ぶものはいつだって一番安いもので、欲しがるものも少ない。
だからアタシがその分欲しがって、おねぇに分けてあげるんだ。
「おねぇ!これあげる!!」
アタシはまだ一口しか食べてないりんご飴を、おねぇにグイッと差し出す。
本当はまだまだまだまだ食べたいけれど、欲しがれないおねぇの為に我慢した。
「こら!由香里、アンタ食べかけばっかり渡すんじゃないよ!!」
ねぇねぇに窘められて、しょんぼりと項垂れていると、おねぇが優しく頭を撫でてくれた。
おねぇの口が「良いから、全部自分で食べな」と動く。
納得がいかなくて、また駄々をこねそうになった。
「希帆、アンタも遠慮せずに何でも頼みな?欲しがることも覚えなさいね」
「…ん」
「よし!じゃあ、希帆はいちご飴な♡お兄ちゃんが買ってやろう♡」
「…ありがとう、りゅうにぃ」
「ぐふっ…。俺の妹がこんなに可愛い…」
頬を染めながらお礼を伝えるおねぇに、にぃにぃは感動の涙を流す。
そしてアタシを抱き上げながら、自分の頬をアタシの頬に擦り付けてきた。
「こんなに可愛い妹が二人も居るなんて、俺は幸せ者だぁ…」
「にぃにぃ、ビールの匂い、くさい!!」
にぃにぃはお酒が入ると陽気になる。
まぁ、いつも陽気だから代わり映えしないのだけど。
「俺が希帆に買ってやりたかったのにな。…他に欲しいものはないのか?」
「…イツくん……。えーと…でも…」
いちご飴を握り締めたおねぇが、キョロキョロと屋台の看板を見回す。
夜ご飯を食べないまま出てきたから、きっとおねぇもお腹が空いているはずだ。
おねぇは甘いものを食べる前にしょっぱい物を食べたがる。
フライドポテトかタコ焼きが食べたいところだろうが、片手がいちご飴で塞がっているからおねぇには無理だ。
アタシみたいに誰かに食べさせて貰うことも、自分のものを誰かに持っていて貰うことも苦手だから。
そんなおねぇの視界に、ちょうど良い看板が飛び込んだ。
「あ…じゃあ、フランクフルト……食べたい」
「…。希帆、それあんま他の男に言うなよ」
「?なんで?」
「何でもだ」
いっくんが不思議な反応を見せながら、屋台のおじさんに声を掛ける。
アタシはお腹がいっぱいになったので、にぃにぃの腕の中で大人しくしていた。
「希帆、このサイズでも腹に入りそうか?」
「…ん。大きいの、嬉しい…」
「……。それもあんま他の男に言うなよ」
「?イツくん、さっきから変だよ」
「ウチの店のジャンボフランクはお兄さんのジャンボフランクよりも大きいですよ~~☆なんつってねぇ!!」
「…?イツくんもジャンボフランク持ってるの?」
「そうだよお嬢ちゃん!男はみんな持ってるよ~。ま、中にはポーツビックも居るけどな☆だぁはっはっはっ!!」
「…???」
「希帆、まだ分からなくて良い。行くぞ」
おねぇの顔くらいはありそうなフランクフルトを大事そうに持って、おねぇがいっくんに華が咲いたような笑顔を向ける。
「イツくん、ありがとう…。…嬉しい」
「おう。……いつか俺のフランクも食べさせてやろうか?」
「…。これよりも大きい?」
「……まぁ、そう、な。太いかな」
「じゃあ、無理だよ。そんな大きいのお口に入らないもん」
おねぇはそう言いながら、フランクフルトの先端を咥え込んだ。
今考えると、中学生相手にする会話としてはかなりスレスレなんじゃないかと思う。
いっくんはあの頃から変態だったんだなぁ。
にぃにぃはお酒が入っていて会話が聞こえていないみたいだし、ねぇねぇは敢えて何も言わなかった。
後にアタシとおねぇは、ママやねぇねぇやその他ホステスのお姉さま方に下ネタの英才教育を受けることになる。
おねぇは自分のことになると恥ずかしいみたいだけど、他人の恋愛事情にはバンバン下ネタを言うようになった。
アタシは自分のことでも他人のことでも気にせずフルオープンだけどね。
「…逸弥、希帆、早くおいで。はぐれちゃうよ~」
自分で言い出したことなのに盛大に顔を赤らめているいっくんと、懸命にフランクフルトを食べ進めるおねぇにねぇねぇが声を掛ける。
花火が打ちあがるまであと少し。
人が増えてきて歩くのが大変になって来た。
「希帆、お前も俺に捕まってろ。はぐれたら大変だろ」
アタシを抱き上げたままのにぃにぃが、おねぇに左手を差し出す。
ようやくフランクフルトを食べ終えたおねぇは、口をもごもごと動かしながら、にぃにぃの左手をじっと見た。
「…まだ、苦手?…か?」
にぃにぃの顔が暗く沈む。
おねぇは昔ほどじゃないにしても、大人の男性が苦手で、どうしても触れるのに抵抗があるみたいだ。
にぃにぃもおねぇも緊張した面持ちになる。
アタシはそれが我慢出来なくて、にぃにぃの腕から逃れるように身をよじった。
「ゆっか、おねぇと手つなぐ!」
にぃにぃの頭をバンバンと叩いて降ろして貰うと、りんご飴を持っていない方の手をおねぇに差し出した。
おねぇは、へにゃり、と頼りないけど優しい笑顔を浮かべて、柔らかな手を重ねてくれる。
「よ~し、二人とも手を放さないで私たちについて来るんだよ」
「こっからもっと人が増えるからな、由香里、よそ見してはぐれるなよ」
にぃにぃとねぇねぇが先頭に立ち、いっくんが後ろをついて来てくれることになった。
茜色に染まっていた空に、だんだんと夜の帳がおりて一番星が輝いている。
むわんと漂う夏の夜の香りに、屋台の色々な食べ物の匂いが混ざって心が躍った。
金魚すくいやスーパーボールすくいのキラキラした装飾に目移りして、ついつい足元がおろそかになる。
そんな時は、おねぇが力強く手を引いてくれて転ばずに進めた。
「おねぇ!金魚さん、ほしい!!」
「うーん…。金魚さんを飼うには、色々必要なんだよ?」
「たいへん?」
「大変。それに、他の金魚さんと離れ離れにするの、可哀そうじゃない?」
「金魚さんも、おねぇちゃん、いるのかな~?」
「うん。金魚さんも家族がいるから、連れて帰るのはやめよう?家族とは一緒に居なきゃ」
「おねぇと、ゆっかみたいに~?」
「そうだよ。由香里とお姉ちゃんはずっと一緒だよ」
「うん!ゆっか、おねぇとずっと一緒いる!!やくそく!!!」
アタシが柔らかい手を強く掴むと、おねぇは繋いだ手をギュッと握り返してくれた。
おねぇとの約束が嬉しくて、出来損ないのスキップをしながらアスファルトを蹴り上げる。
アタシのおねぇは優しくて、温かくて、柔らかくて、強い人。
おねぇと一緒に居たら怖いものなんてなにもない。
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