上 下
20 / 143

三夜目 過去話②

しおりを挟む
ま、眩しい…。
ここまで来ると、もう、美しさの暴力だ。

「アナタのは、身体の反応に釣られてるだけだって…」

そう。彼が私が好きだなんて妄言だ。
童貞を切った相手への憧憬だ。幻想だ。
私なんて、こんな美青年に好かれる要素は一つもない。
あ、お口上手?…なんて、やっぱり身体に釣られてるって証拠じゃないか。

掴まれた右手を解放させるため、プルプルと振ってみる。
スプーンを持ったままの私の哀れな右手は、逆に更に強く握られて、彼の口元に運ばれる。
そのまま彼に唇を落とされた。

「身体の反応?…そうかもね」

伏せた目をゆっくりとこちらへ向ける仕草が、まるで美術館に飾られた絵画のワンシーンのようで、呼吸が止まってしまいそうになる。

「ほら!自分でも分かってるじゃないか!手を放し給え!!」

わざとらしくおどけた言い方をしながら、頭が冷え冷えとして、泣きたい気持ちになってしまう。
自分自身で考えていたことじゃないか。
なんで傷ついちゃうんだ、自分…!
頭が冷えたように感じるのは、きっと乾かさないままで居る髪の毛のせいだ!!
前の男の趣味で、伸ばしたままになっているこの髪を、今度思いっきり切ってしまおう。
そしたら、こんな無意味な胸のモヤモヤも取れるはずだ。
うん。そうしよう。出来るだけ早く。切ってしまおう。全部。

「…一番上の兄が言ったんだよ、俺が5人目の彼女に振られた時に」

う…ぉぉおおおいぃぃぃ!!
なんか、色々と繋がってませんよ~
もしもぉ~し?ここ、ちゃんとWi-Fi飛んでるぅ?
てか、モテるのは分かるんだけど、何人元カノ居るんだよ…

「好きな相手には体が勝手に動くもんだ、って。自分の体が『何かしてやりたい』って反応するんだ、って。俺、その話を聞いた時、兄は欲情を指してるんだと思った」
「欲情て……」
「だってさ、お前もちゃんと好きな人が出来たら、俺みたいに世話焼きになるぞ、絶対!って言われても、分かんなかったんだもん。これまでの彼女に自分から『何かしてやりたい』って思ったことない。女の子が喜びそうなことを義務的にしてた…と、思う」
「うわ~…、ギルティ~…」
「うん…。言ってて申し訳なくなってきた…。けど、事実だもん。俺、女の子に料理作ったの、希帆さんが初めてだよ」
「…ふぉん?」

やっと自由になった右手で、いそいそとスプーンを口に咥えた私は、意外な一言に間抜けな相槌を返す。

「ぶくくく…ご…ごめ…、タイミング…悪く…て……くくくくく」

自分の二の腕で顔面を覆いながら、声を殺して爆笑している彼。
この子、めっちゃ笑うやん。
私のこと、めっちゃめっちゃ笑うやん。
笑いの沸点低過ぎない?ツボが分かんないなぁ…

「はー、本当、希帆さんは俺のツボだなぁ♡」
「ひょぐっ!?」

充分に噛み砕せていないオムライスが、私の喉を詰まらせる。
だって仕方がないじゃないか!
こんな美青年が、まるで宝物を見つけたと言う様な、眩しいほどの笑顔を浮かべているのだ。
そんな美しい顔を目前で見せられて、見惚れるなと言う方が難しい。
私の忍耐力はそんなに達観していない。
どちらかと言うと5歳児に負けている程度だ。

「あぁ、希帆さん、お茶飲んで。ほら、飲める?」
「…んっ……」

グラスをその手に持ったまま、私の口に寄せてゆっくりと飲ませてくれる。
つっかえたオムライスの塊をゴクッ、ゴクッと飲みしだいて、ほぅっと息を吐く。
彼は私の背中を優しくさすりながら、頭に額を寄せてきた。

「俺の家族は俺以外みんな恋愛体質って言うか、両親を筆頭にパートナーと仲が良いんだけどさ。その一番上の兄は彼女と高校から今でも付き合ってて、俺の理想なんだよね。兄は彼女の世話を全部見てて、食べるものも生活用品も全部用意してる」
「…あ~…。お風呂に入る前に言ってたのって、お兄さんを参考にした理想?ってこと…?」
「うん。それを実践すれば、俺にも家族みたいに理想のパートナーに出逢えるのかな、って」

じゅ、純粋で素直なひねくれものだぁぁぁぁぁ
ピュア?過ぎる思考で、ここまで超絶理論を打ち立てるなんて…。
頭の良いバカなんだな、たぶん。

「…生理日を把握したいのも、そのお兄さんなの?」
「ん?あぁ、それは二番目の兄。なんか、女性ホルモンの変化を知っていれば対処しやすい事もある、って言ってた」
「…まぁ、そうね……」

よそ様のご家庭事情に口を挟む気はござんせんが…
くせがすごい!
超絶理論のぶつかり稽古だよ、もう。

「希帆さん、さっき俺に『お世話し慣れてる』って言ったでしょ?そんな事言われたの初めてだよ」

そう言いながら彼は、私の頭に寄せた額をスリスリと擦り付けて来る。

「多分、自分が理解するより先に希帆さんに対して身体が反応してるんだ。希帆さんに『何かしてやりたい』って」

背中をさすっていた手が、私の肩を抱く。

「きっとこの気持ちが好きってことだ」

私の全身の意識が、彼の触れたところに集まる。
心臓がバクバクとうるさい。

「…私が言った身体の反応って言うのは、そうじゃなくて…」

年甲斐もなく狼狽えてしまう。
久しぶりの色恋に心がついていかない。

「ベッドで言ってた、初めての相手だからって特別視するな、ってやつ?」

先程から耳元に心地良いバリトンボイスがかかって堪らない。
この人は声まで美しい。

「…そう。アナタは初体験を共にした私に情が沸いただけ。じゃないと、こんな年上で平凡な私の事を好きになるはずないよ」
「なんで勝手に決めるの、希帆さん」
「分かるから!…今までの経験上、分かるから。エッチして数日は優しいけど、すぐに浮気する男とか沢山いたもの。それにアナタは私より随分若い。すぐに目が覚めちゃうよ…」

その時に傷つくのは私だ。

「…アナタは、『好きだ』って言えば誰でも手に入れてしまえる程の美しい人よ?私よりお似合いの人がいるよ、きっと」

彼からそっと身体を離し、無理やり笑って彼の顔を見る。
怜悧な顔が痛いくらいの眼差しをこちらに向けていた。
私もその射る様な瞳から逃げずに、しっかりと瞳を見開く。

「俺は、希帆さんが好きだ。誰でも手に入れてしまえるなら、希帆さんも俺の事好きって事だよね?」

真剣な顔を崩さないまま、そんな言葉を紡ぐ彼を私は、まるで映画のワンシーンを鑑賞する気持ちで見つめるしかなかった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...