上 下
21 / 21
赤を纏う少女

決着の時1/3

しおりを挟む
ミカエラたちはあれから直ぐにアジトから追い出されてしまった。ゴアトと睨み合いを続けるアドを外敵とみなした室内の人間の気が立ってしまい、急かされるようにして部屋を後にしたのだ。
仕方がないので一行はベルボーイたちに教えてもらったウルフ族の本拠地に向かう。
一度統領であるヴォークに会っておく方が得策だと考えたのだ。

しかし、本拠地はもぬけの殻になっていて、ヴォークはおろか人間軍の攻撃を毎日受けているはずの戦闘員の姿も見えなかった。もちろん、争いの痕跡すら見つからない。

「……ジーク様、これは一体どう言うことなのでしょうか?」

ミカエラは呆然としてジークに尋ねる。紛争が起こっていないことは何よりだが、これではベルボーイたちが嘘をついていることになってしまう。

「彼らが嘘をついている気配はありませんでしたよね?」

続いてアドがジークに問いかける。ジークは黙って首を縦に振ると、眉間に皺を寄せているミカエラに向き合った。

「先ほどの大柄の男が話しているとき、そなたの目には何が映った?」
「え…?」

ミカエラは心臓を鷲掴みにされた心地になる。ジークは自分の目が異質なものを捕らえたことを知っているのだと思った。

「黒いもやが彼の体に纏わりついているのを見ました」
「そうか…。やはりそなたの魔力は視界に宿ったか」
「…?」

ジークは少し逡巡してからミカエラに静かに語り出す。

「魔力を持つ者は真実を見極める能力が宿る。俺は真実を『聞く』、そなたは真実を『見る』、それが魔法だ。あの大柄の男は嘘を付いていた。俺の耳にもそう『聞こえた』。おそらく黒いもやは嘘を表す現象だろう」
「………真実を『見る』のが私の魔力…、魔法………」

ミカエラはジークの言葉を繰り返すと、グッと口をつぐんだ。ジークは静かにミカエラの虹色の瞳を覗き込んでいる。まるで、その煌めきを目に焼き付けようとするように。

「…人の嘘を目にするのだ、そなたにとっては辛い能力となるだろう」
「いえ…」

ミカエラの口元が僅かに震えている。呼吸も少し荒い。暗い顔をしたミカエラが、ジークを真っ直ぐに見据えて思い詰めたように口を開いた。

「…………では…っ」

ジークもアドも固唾を呑んでミカエラの言葉を待つ。

「…………魔法の力とは、金銀財宝を創り出すようなものではないのですね?」

悲しみを顔面全体に貼り付けたミカエラは、くぅぅぅっと顔を伏せた。ジークもアドも拍子抜けしてしまって、一瞬のが空いてしまう。

「クフフフフ♡おきさきちゃん、今気にするのはそこじゃないでしょぉ~!!」

チェルシャーがいつも通り突然の登場をして大きな笑い声をあげた。アドは頭を抱えている。

「ミカエラ様、念のため申し上げますが、偽造通貨の使用は死罪になる場合もございます。魔法の力で作り出せたとしても私の目の黒いうちは赦しませんよ」
「べ、別に、何も偽造通貨を作ろうとかそう言う話じゃないですよ。ただ、えっと…そう!ロマン!ロマンの話ですよ!」
「おきさきちゃんの言うロマンってお金儲けの話だけでしょぉ~?」
「失礼ね、チェルったら!空を飛ぶとか、そう言うロマンも知っているわ!…そうよ、魔法って言ったら空を飛ぶとか、念じるだけで物を動かすとか、火をつけるとか、風を起こすとか…そう言うものじゃないの?」
「そう言う力は獣人じゅうじんしか使えないねぇぇ。人間の使える魔法は真実を見抜くことだけだよぉ~♡しかも、その力も国を治める皇族にしか流れないはずなのにぃ…。おきさきちゃんってば、何者なのぉ~?」

糸目をしっかりと見開いて、チェルシャーが興味津々にミカエラを覗き込んだ。ミカエラはその爛々とした瞳の輝きから何とか逃げようと、傍らに立つジークへ視線を向けた。

「そなたの魔力は俺たち皇族に比べると弱いものだ。注視しないともやに気付くこともないだろう。…しかし俺の魔力は歴代の皇族一。遮断を意識しないと勝手に人の心の声が聞こえてくる始末だ」
「…えっ!?」

(…と、言うことは今の私の心の声も聞こえているということ…?)

「そうだ」
「!?」

ジークはミカエラの心の声に言葉を返す。ミカエラは大きく目を見開いた。アドもチェルシャーも黙って二人の様子を見守っている。

「…すまない。気味が悪いだろう?」

固まってしまったミカエラに、ジークがばつの悪そうな顔をして謝った。そのまま顔を伏せたジークは、いつものような傲慢な態度と真逆の顔色だ。

「いえ…気味が悪いなんて…」

ミカエラは言葉の途中で口をつぐむ。その瞳には涙が滲んでいるようだった。彼女の虹色のそれはユラユラと蜃気楼のように揺れている。

「……あ…」

先に沈黙に耐えかねたのはジークだ。彼はミカエラに『勝手に心の中を覗くようなことはしないから安心しなさい』と伝えようと口を開いた。しかし、ジークがその先の言葉を発するより先に、ミカエラの感情が彼の思考を埋め尽くす。

(すごい!!人の心の中が分かるなら、街中の購買欲求を探るのに最適じゃない!!!羨ましいなぁ…。なんてビジネス向きの魔法なんだろう…。あぁ、羨まし過ぎて涙が出そうだわ)

「……」

ジークはミカエラの顔を見つめたまましばらく呆然と立ち尽くしてしまった。彼は自分の能力のせいで疎まれることはあっても、羨ましがられたことなど一度もない。初めての反応にどう対応したら良いか分からなかった。

「…はっ!?…あ、あの…ジーク様…もしかして、今の心の声も聞こえてしまいましたか…?」
「あぁ、遮断するのを忘れてしまって…。……すまない」
「い、いいえ!私こそ羨ましいなんて思って申し訳ございません。商売の為に利用したいと言う私の不埒な考えではジーク様の魔法の力が魅力的に思えますが、意識をしないと勝手に人の心が分かってしまうなんて、きっと疲れてしまいますよね…」

ミカエラは眉根を寄せてジークに頭を下げる。ジークはそれを片手で制してミカエラの頭を撫でた。

「……どうやら、そなたの商魂たくましい心根に救われたようだ。ありがとう」

柔らかな笑みを浮かべるジークを、ミカエラは不思議な気持ちで見上げた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...