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赤を纏う少女
まるで赤い頭巾3/3
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部屋に入ると武装した人間が何人か待機していた。その内の一人がブラッシュの傍に駆け寄る。
「ブラッシュ!おい、こいつ等はなんだ?どうして部外者をいれるんだ?」
「おばあちゃんの知り合いなんだって。…良いじゃん、人間なんだし」
大柄な男性はミカエラたちに不躾な視線を投げつけ、何か言いたげな顔をしたがそのまま引き下がった。室内の他の人間からも無遠慮な視線を送られる。ミカエラは、どうにも居心地が悪かった。
「おばあちゃんは攫われたんだ…」
豪華な作りの一人がけソファーに座ると、ブラッシュは静かに口を開く。ミカエラとジークは大柄な男性に促されてブラッシュの目の前の席に腰かけた。アドは二人の後方に立って控える。
「アタシはあの日も母さんの言いつけを守らずアイツと一緒に寄り道して、おばあちゃんの家に行くのが遅くなっちまった…。アタシがおばあちゃんの家に着いたときには、もう攫われたあとだった…」
「…攫われたと言う根拠は?」
ジークが言葉を返すと、それに答えたのは大柄な男だった。
「部屋が荒らされて、狼の爪痕まで残ってやがったんだぞ!!狼に…ウルフ族に攫われたと考えるのが妥当だろうが!!」
獰猛な熊を思わせる荒々しい口調だ。ミカエラは自分の鼓膜がビリビリと振動するのを感じた。それともう一つ、大柄な男に纏わりつく黒い靄のようなものに気付く。目を凝らしてもチェルシャーの気配は感じない。知れずこめかみに一筋の汗を流していると、隣に座ったジークがミカエラの手を取った。ジークはそのままミカエラの手の甲を優しく撫でる。そうされただけで、ミカエラは不安が解消される心地だった。
「なるほど。つまり、誘拐現場を見た者は居ないんだな?」
「…!見なくても分かる!!婆さんはそこいらの男よりも腕っぷしが強い!そんな婆さんを攫えるのは力が強いウルフ族くらいだ!!!あいつらが犯人なんだ!きっと実行犯はビートとその兄貴のヴォークだぞ!!」
「厭に言い切るんだな?それこそ根拠でもあるのか?」
「ヴォークがブラッシュを寄り道に誘い花畑で足止めして、その間にビートが婆さんを連れ出したに決まってる!」
大柄の男の周りの靄がどんどん濃くなっていく。ミカエラは思わず顔を顰めてしまった。
「確かに、あの日アタシと一緒に居たのはアイツ……ヴォークなんだ……信じてたのに…アタシは裏切られちまった…」
「そう言うヤツらなんですよ、ウルフ族と言うのは。僕も散々な目に遭いましたからね、良く分かりますよ」
涙ぐむブラッシュにミカエラが声を掛けようと口を開いたのと同時に、部屋の奥から野太い男性の声が響く。
「やぁやぁやぁ、僕はポークス商会のジンジャー・ポークスです。こちらのホテルに出資をしております」
「わたくしはメェーベルホテルの支配人、ゴアト・セブンスと申します。わたくしもウルフ族に兄弟を奪われた過去がございます。本当に恐ろしい種族ですよ」
まるまると太った男がジンジャー、ヒョロヒョロで白髪な男がゴアトと名乗った。
「僕は我が家を二回も壊されたんですよ。まったく、ウルフ族なんて滅びてしまえば良いんだ!」
ジンジャーが吐き捨てるように言うと、ブラッシュの顔が悲痛な色に染まる。室内の人間たちがジンジャーに賛同するように唸り声をあげた。
「ヴォークと言うのはウルフ族の統領なのですが、所謂半グレと言う奴でね。幼馴染の彼女まで非行の道に引きずり込んだんですよ!そんなの許されますか?とんでもない!そんなの許されるべきじゃあないんです!!」
鼻息をブヒーッと噴き出して、ジンジャーが言葉尻強く言い切る。それに合わせて室内の唸り声も声量を増した。
「…しかし、ここはウルフ族が拓いた街です。あとから移住しておいて、彼らを責めるのはおかしな話だと思いますが?」
それまで黙って居たアドが怒気を含んだ声を発する。ミカエラは、アドの言葉を聞いたゴアトが一瞬だけ無機質な目をしたのを見逃さなかった。
「やぁやぁやぁ…。これは、これは、暴論と言わざるを得ませんな!移住した者は先住民に虐げられるべきだと?」
「いいえ。ただ、彼らは理由もなく他者を傷付ける種族ではありません。彼らが行うことには必ず理由があるはずです」
「…わたくしたちが彼らに何かしたとでも仰りたいのでしょうか?」
アドを見据えるゴアトの目がキュル、キュルと動いているように見える。彼の瞳孔は四角く切り取られ不気味な雰囲気を醸し出していた。
「ご気分を害してしまったのであれば申し訳ございません。私は獣人も人間も垣根なく仲良く出来ると良いと思っているだけですよ」
しばしアドとゴアトが睨み合う。まるで肉食獣と草食獣の牽制のし合いに思えた。
「……アタシだって仲良くしてぇよ。でも、アイツ…アタシに会ってくれねぇんだよ!おばあちゃんが居なくなってから、毎日アイツの家に行ってるのに、何度呼び鈴を鳴らしてもアイツもビートも出てこねぇ…!!あの日から一度も二人に会えねぇって、そんなの…やっぱり疑っちまうだろ?」
今度こそブラッシュの瞳に光るものが見える。それを流してしまわないように、彼女は必死に耐えているようだった。
ミカエラはブラッシュの言葉に違和感を覚えた。
「…一度も会っていないのですか?」
「あ?」
「……ビートにも一度も会っていない?」
「なんだよ、アンタ…。ビートのこと知ってんのかよ?」
「…いえ。少し気になったものですから」
ビートがピンクパールホテルに匿われていることを思い出し、どうにか言葉を濁す。ミカエラは冷や汗を搔きながらも、自分の違和感の正体を突き止めようと言葉を続けた。
「……ブラッシュさんは剣を嗜まれますか?」
「はぁ?アタシは拳一本だよ!おばあちゃんに鍛えられたから、武器がなくても人間の男には絶対負けねぇよ!!アタシを負かすことが出来んのは、……後にも先にもヴォークだけだ…」
ブラッシュの切なげな言葉は、ジンジャーが扇動した室内の人間の怒号で直ぐに掻き消された。
「ブラッシュ!おい、こいつ等はなんだ?どうして部外者をいれるんだ?」
「おばあちゃんの知り合いなんだって。…良いじゃん、人間なんだし」
大柄な男性はミカエラたちに不躾な視線を投げつけ、何か言いたげな顔をしたがそのまま引き下がった。室内の他の人間からも無遠慮な視線を送られる。ミカエラは、どうにも居心地が悪かった。
「おばあちゃんは攫われたんだ…」
豪華な作りの一人がけソファーに座ると、ブラッシュは静かに口を開く。ミカエラとジークは大柄な男性に促されてブラッシュの目の前の席に腰かけた。アドは二人の後方に立って控える。
「アタシはあの日も母さんの言いつけを守らずアイツと一緒に寄り道して、おばあちゃんの家に行くのが遅くなっちまった…。アタシがおばあちゃんの家に着いたときには、もう攫われたあとだった…」
「…攫われたと言う根拠は?」
ジークが言葉を返すと、それに答えたのは大柄な男だった。
「部屋が荒らされて、狼の爪痕まで残ってやがったんだぞ!!狼に…ウルフ族に攫われたと考えるのが妥当だろうが!!」
獰猛な熊を思わせる荒々しい口調だ。ミカエラは自分の鼓膜がビリビリと振動するのを感じた。それともう一つ、大柄な男に纏わりつく黒い靄のようなものに気付く。目を凝らしてもチェルシャーの気配は感じない。知れずこめかみに一筋の汗を流していると、隣に座ったジークがミカエラの手を取った。ジークはそのままミカエラの手の甲を優しく撫でる。そうされただけで、ミカエラは不安が解消される心地だった。
「なるほど。つまり、誘拐現場を見た者は居ないんだな?」
「…!見なくても分かる!!婆さんはそこいらの男よりも腕っぷしが強い!そんな婆さんを攫えるのは力が強いウルフ族くらいだ!!!あいつらが犯人なんだ!きっと実行犯はビートとその兄貴のヴォークだぞ!!」
「厭に言い切るんだな?それこそ根拠でもあるのか?」
「ヴォークがブラッシュを寄り道に誘い花畑で足止めして、その間にビートが婆さんを連れ出したに決まってる!」
大柄の男の周りの靄がどんどん濃くなっていく。ミカエラは思わず顔を顰めてしまった。
「確かに、あの日アタシと一緒に居たのはアイツ……ヴォークなんだ……信じてたのに…アタシは裏切られちまった…」
「そう言うヤツらなんですよ、ウルフ族と言うのは。僕も散々な目に遭いましたからね、良く分かりますよ」
涙ぐむブラッシュにミカエラが声を掛けようと口を開いたのと同時に、部屋の奥から野太い男性の声が響く。
「やぁやぁやぁ、僕はポークス商会のジンジャー・ポークスです。こちらのホテルに出資をしております」
「わたくしはメェーベルホテルの支配人、ゴアト・セブンスと申します。わたくしもウルフ族に兄弟を奪われた過去がございます。本当に恐ろしい種族ですよ」
まるまると太った男がジンジャー、ヒョロヒョロで白髪な男がゴアトと名乗った。
「僕は我が家を二回も壊されたんですよ。まったく、ウルフ族なんて滅びてしまえば良いんだ!」
ジンジャーが吐き捨てるように言うと、ブラッシュの顔が悲痛な色に染まる。室内の人間たちがジンジャーに賛同するように唸り声をあげた。
「ヴォークと言うのはウルフ族の統領なのですが、所謂半グレと言う奴でね。幼馴染の彼女まで非行の道に引きずり込んだんですよ!そんなの許されますか?とんでもない!そんなの許されるべきじゃあないんです!!」
鼻息をブヒーッと噴き出して、ジンジャーが言葉尻強く言い切る。それに合わせて室内の唸り声も声量を増した。
「…しかし、ここはウルフ族が拓いた街です。あとから移住しておいて、彼らを責めるのはおかしな話だと思いますが?」
それまで黙って居たアドが怒気を含んだ声を発する。ミカエラは、アドの言葉を聞いたゴアトが一瞬だけ無機質な目をしたのを見逃さなかった。
「やぁやぁやぁ…。これは、これは、暴論と言わざるを得ませんな!移住した者は先住民に虐げられるべきだと?」
「いいえ。ただ、彼らは理由もなく他者を傷付ける種族ではありません。彼らが行うことには必ず理由があるはずです」
「…わたくしたちが彼らに何かしたとでも仰りたいのでしょうか?」
アドを見据えるゴアトの目がキュル、キュルと動いているように見える。彼の瞳孔は四角く切り取られ不気味な雰囲気を醸し出していた。
「ご気分を害してしまったのであれば申し訳ございません。私は獣人も人間も垣根なく仲良く出来ると良いと思っているだけですよ」
しばしアドとゴアトが睨み合う。まるで肉食獣と草食獣の牽制のし合いに思えた。
「……アタシだって仲良くしてぇよ。でも、アイツ…アタシに会ってくれねぇんだよ!おばあちゃんが居なくなってから、毎日アイツの家に行ってるのに、何度呼び鈴を鳴らしてもアイツもビートも出てこねぇ…!!あの日から一度も二人に会えねぇって、そんなの…やっぱり疑っちまうだろ?」
今度こそブラッシュの瞳に光るものが見える。それを流してしまわないように、彼女は必死に耐えているようだった。
ミカエラはブラッシュの言葉に違和感を覚えた。
「…一度も会っていないのですか?」
「あ?」
「……ビートにも一度も会っていない?」
「なんだよ、アンタ…。ビートのこと知ってんのかよ?」
「…いえ。少し気になったものですから」
ビートがピンクパールホテルに匿われていることを思い出し、どうにか言葉を濁す。ミカエラは冷や汗を搔きながらも、自分の違和感の正体を突き止めようと言葉を続けた。
「……ブラッシュさんは剣を嗜まれますか?」
「はぁ?アタシは拳一本だよ!おばあちゃんに鍛えられたから、武器がなくても人間の男には絶対負けねぇよ!!アタシを負かすことが出来んのは、……後にも先にもヴォークだけだ…」
ブラッシュの切なげな言葉は、ジンジャーが扇動した室内の人間の怒号で直ぐに掻き消された。
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