上 下
15 / 21
赤を纏う少女

ウルフ族の街1/3

しおりを挟む
チェルシャーの意味深な言葉に憂鬱さを感じながらも、しばらくして三人はヴォルターフに辿り着いた。首都と違って舗装された道の少ない郊外は、馬車に乗り続けるのに苦労する。

「っ~~~~!!…はぁ、やっと手足を伸ばせますね」

ミカエラは手をめいいっぱい伸ばしながら深呼吸をした。ドケチなミカエラは普段から馬車に揺られることがない。基本的に徒歩で済ませる。よってこの旅が人生最長の馬車の旅である。体に負担がかかるのは必然だ。

「ミカエラ様、まずは今夜の宿をとりましょう」

アドがミカエラの荷物を運びながらそう声を掛ける。弾かれたように身を翻して、ミカエラはアドの後を追った。

「ま、待ってください!宿って…」
「幸いヴォルターフには三ツ星ホテルが2軒ほどございます。首都に近いので観光地として人気なんですよね。そうだ!女性に人気のピンクパールホテルに致しましょうか?新婚旅行で宿泊する方も多いと聞きますよ」

『にたぁぁ』とした笑顔のアドに、ジークが眉間を寄せる。それ以上に顔を顰めたのはミカエラだ。

「宿なんて!そんなものは必要ありません!!私は野宿をする予定で旅に出ましたから!!!」

しばしの。…。そして……

「………ミ、ミカエラ様…?の…野宿と…は……?なぜに…?」

カタカタと体を震わせながら、何とか言葉を絞ってアドが尋ねる。公爵家のご令嬢であるミカエラが、ホテルではなく野宿を選ぶ理由が彼にはさっぱり分からなかった。

「もちろん、宿代が勿体ないからに決まっています!!野宿をすればタダですよ!!!」

ミカエラはフンス!と鼻息を荒くして得意げに答える。ミカエラにとって倹約とは生活であり、生活とは倹約なのだ。我慢を積み重ねた分だけお金が貯まる。ミカエラの趣味は夜な夜な自分の貯蓄を数えることなのだ。使うことに興味はない。ミカエラは稼ぐこと、お金を貯めること、この二点に己の才能を集中させていた。

「いや…。…、…慣れない馬車移動で疲れた体を癒さねば、これからの予定に支障をきたしますし……」

アドは言葉を選びながら、ミカエラの説得を試みる。皇族の親戚筋である彼は、宿代の数百ディーラをケチる気持ちが分からない。分からないからこそ、自分の不用意な言葉でミカエラの矜持を手折ってしまわないか心配だったのだ。

「たかだか数百ディーラをケチったところで何になる。部屋はおさえた、早く入るぞ」

アドとは別の従者からホテルの鍵を受け取りながら、ジークが淡々と口を開く。

(こいつ…、人の気持ちを考える能力が欠落してんのか……)

アドはジークの口振りに心の中で悪態を吐いた。

「そんっ…!…たかが数百ディーラ、されど数百ディーラですっ!!!私は泊まりませんよ!!!」
「ふん。ではそなたのためにとった部屋はキャンセルしよう。しかし、リザーブしたのがたった数分でもキャンセル料は発生するだろうな」
「えぇぇぇ!!!!ど、どうしてですか?そんなの…そんなの……」
「勿体ない、だろう?」
「…っ!?」
「そなたもホテルに泊まる。……それで良いな?」
「…」
「適宜身なりを整えること、身を休めること、そのために必要な金額を払うのはある意味マナーだ。自分に対してのな」

ジークの言葉にミカエラがキュッと口をつぐむ。

「贅沢しろとは言わん。ただ、無理な倹約をすることでそなたの家族まで揶揄の対象になったであろう?己のことに使っているようなことが、周りの人間を護る抑止にもなる。稼ぐだけではなく、使うこともゆっくり覚えると良い」
「……畏まりました」
「分かったなら良い」

『にっこり』とも『ニヤリ』とも違うふんわり柔らかい笑みを浮かべたジークは、少しだけシュンとしてしまったミカエラの頭を優しく撫でた。

(おぉ!前言撤回。こいつ、なかなかやるじゃん!!)

「アド、お前さっきから俺のことこいつ呼ばわりしてるだろう?」
「…ひゅっ!?め、め、め、滅相もございません!!!!さぁ今すぐ部屋に向かいましょう!!今すぐに!!さぁさぁさぁ!!!!」

脱兎の如くその場を断ち去る自分の側近に、ジークは盛大な舌打ちを贈るのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...