上 下
8 / 21
はじまりの灰かぶり

偽りの灰かぶり2/3

しおりを挟む
「ジークシュトルヴィウス・エッセ・トール・ディバリオーセン殿下の御前みまえであるぞ!」

従者の一人がそう声をあげると、その場に居た全員が一斉に頭を下げる。義姉たちもミカエラを解放し、その一同に加わった。

「良い、楽にせよ」

良く通る低音で短く指示をして、ジークは群衆からミカエラを素早く見つける。ミカエラを探すのは簡単だった。一際目を惹くプラチナブロンド。まるでミカエラが立つ場所だけ輝いているかのようだった。ジークはミカエラと目を合わせると、その片方の口角を吊り上げて『ニヤリ』と笑う。

「突然で申し訳ないが、今からこのアカデミーに通う令嬢方に余の結婚相手を見つける手助けをして欲しいと思っている」

ジークが朗々と言い上げると、エントランス前に集まった群衆から騒めきが起こった。令嬢たちが一気に気色ばむ。ジークの目視によりアドが何かを取り出した。

靴だ。片方だけの。銀刺繍と宝石がその全面に散りばめられた、美しい、靴。

「今からここに居る令嬢全員、この靴を履いてみよ。余はこの靴がピタリと合う者と結婚する」

ミカエラは眩暈がした。あの皇帝陛下は一体何を口走っているんだろうと思った。そしてこれは夢だ、と現実逃避した。

「ミカ?顔が真っ青よ?……まさか…あの靴は貴女の……?」
「……そのまさかです、お義姉ねえ様」
「なんですって……なら、私が身代わりになってあげるわ!」

太っちょの義姉が一番手に名乗りをあげる。ズイズイっと群衆をかき分けて、ちんまりと可愛らしい靴の前に立つ。

「……………無理ですね」

アドが思わず言葉に出して、慌ててその口を閉じた。皇帝陛下の側近としては失言だが、その気持ちは分からなくもない。その靴と太っちょの義姉の足のサイズは、一見しただけで小魚とクジラ程も違うように見えたからだ。

「ごめんね、ミカ…。なんの力にもなれなくて…」

どよーんとした空気を纏って太っちょの義姉がミカエラの元に戻って来る。続いて痩せぎすの義姉も挑戦したが入らない。それもそのはず、ミカエラの足は普通のご令嬢のサイズよりも小さいのである。アカデミー内のご令嬢が次々に挑戦し、次々に散っていった。

「こんな靴を履ける人間が居るものですか!!!」

無理矢理に足を収めていることをアドに指摘され、逆上したティノーデアルが轟々と叫ぶ。その後に続いたご令嬢たちも皆同様に履きこなせなかった。ついに挑戦する者が誰も居なくなり、残りの一人であるミカエラに一同の視線が集まる。

「ミカエラ・エーデルワイス、前へ。君が最後の一人だ」

再び『ニヤリ』と笑って、ジークがミカエラを靴の前へ促した。ミカエラは意を決して靴の前に立つ。すると、ジークがミカエラの前に跪き、次期皇帝陛下直々に彼女の足へ靴を履かせたではないか!
その場に居た者は皆、驚き声も出なかった。
それはミカエラも一緒である。
しかもその靴がミカエラの足にピタリと合っているのだから、更に驚きである。

「ちょっと!こんなことあり得ませんわ!」
「そ、そうですわ。ミス・エーデルワイスが次期皇后陛下だなんて…、そんなこと……」

こんな場で意を唱えることが出来る人物なんて、もちろん決まっている。ティノーデアルとミセス・イャミンだ。

「ほう?余の決定が間違いだと申すか?ならばその理由を述べよ」

ジークは黄金の瞳を鋭く研ぐと、二人を真っ直ぐに見据えた。
二人は体を強張らせ、呼吸が浅く荒くなる。

「答えられんか?お前たちが彼女にした仕打ちの報復が怖いと何故言わん?」
「!?」
「ヒッ…」

『ニッコリ』と微笑むジークはアドから眼鏡を受け取った。ーーーー今はティノーデアルが持っているのミカエラのビン底眼鏡だ。

「それ…!」

ミカエラが思わず身を乗り出すと、ジークの愉快気な瞳とぶつかる。

「こちらの眼鏡は随分と度がキツいのに、今掛けている眼鏡は度無しだな?」

昨夜、ティノーデアルに取り上げられたままの眼鏡の代わりに、家中を捜索して同じような眼鏡を探し出した。家族にいらぬ心配をかけないためだ。新しい眼鏡には度が入ってなかったが、今のミカエラには関係なかった。
なぜなら、彼女の視力はどう言うわけか完全に回復していたからだ。

「どうして殿下がその眼鏡を…!」

ミカエラが答えを考えている間に、ティノーデアルが上擦った声をあげる。

「王宮での悪事を見過ごすような者は余の臣下には居らん。…面白そうだとわざと泳がせる者は一人だけ居るがな」

ジークはそう言いながら誰も居ない木陰に視線を送った。

「この眼鏡はお前の部屋から押収した。ついでにお前やその後ろの教師がミカエラ・エーデルワイスに陰険なイジメを行なっていたことも調べがついている」
「!?」
「未来の皇后陛下の周辺を調べるのは当然のことでございますからね」

ジークに続けてアドが言葉を足す。

「公爵家のご令嬢であるミカエラ・エーデルワイス様は元よりジーク殿下の妃候補筆頭でございます。故にここ数ヶ月は色々と調べておりました。………まさか、あのようなご登場をなさるとは思わず、声を荒げましたことをお詫び申し上げます」

アドはミカエラに向けて恭しく頭を下げた。突然の展開にミカエラ本人はついていけない。

「ミカが妃候補筆頭?そんなのダメよ!ミカは私たちとずっと暮らすのよ!!」
「どう言うこと、お母さん!私たち何も聞いてないわ!!」

ミカエラの義姉たちが喚き始める。
それを諌めたのはミカエラの継母だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...