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はじまりの灰かぶり

皇太子殿下との出逢い3/3

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「殿下に靴を投げるとは!何者だ!!直ぐに名乗り出よ!!!」

一瞬のうちに泣き止んだアドがジークの前に立つ。主を庇うようにして身を捧げ、広間の招待客へ鋭い眼光を向ける。

「…あのう…ここです~…」

前方ばかりに気を取られていたアドは、その頭上から女性の弱々しい声が降って来て驚いた。
頭を上げると、ジークたちがいるメイン席の上の階にぶら下がっている女性の姿が見えて更に驚く。

「んなっ!お前、そこで何をしているんだ!!」
「それが…私にも分からないんです~…」
「分からない訳がないだろうが!!わざわざジーク殿下が座る席の上にぶら下がっておいて!!!…良いから降りてこい!!」
「…えーと…どうやって降りればよろしいでしょう?」
「おっまえ!ふざけているのか!!!今すぐ降りて…」
「待て。慌てさせると大惨事につながる。落ち着けアド」
「しかし殿下!」
「…もう、手が限界なんです~…」

そう言うが早いか、その身が落ちるのが早いか、青いドレスに身を包んだその女性はジークの腕の中に落ちて来た。広がったドレスのスカートの光沢が綺麗で、まるで妖精が降ってきたようだった。

「申し訳ございません…。受け止めてくださってありがとうございます。えーと…どちら様でしょうか…?」

先ほどまで上階にぶら下がっていた女性ーーーーミカエラは自分を抱き上げる人物を認識できずにいる。
なぜならば、あのビン底眼鏡を今の彼女は掛けていないからだ!

話は10分ほど前に遡る…ーーーー。



「あ~らぁ、誰かと思ったらミカエラ様じゃございませんの!公爵家のご息女でいらっしゃるのに随分とご到着だこと~」

宮殿の玄関前で出逢ったティノーデアルはニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら手にした扇を自分の手の平に叩きつける。彼女がなにか悪だくみをしているときの仕草だ。

「……ミカエラ様にしては素敵なお召し物じゃな~い?やっぱり貴女も殿下に見初められたくて必死でいらっしゃるのねぇ!灰かぶりのくせして!!!」

ぱしんっ!と乾いた音がして、ミカエラの頬に痛みが走る。自分の眼鏡がティノーデアルの扇で叩き落されたと気付くのに一拍子流れた。眼鏡を外したミカエラの視界は無いも同然である。直ぐに地べたに這いつくばって眼鏡を探し始めるが、ティノーデアルたちがやすやすと返してくれるはずがない。取り巻きの一人がミカエラの眼鏡を拾い上げ、ティノーデアルにそれを手渡す。ティノーデアルは腹の底から愉快そうな顔をして、ミカエラを立ち上がらせた。

「私の言うことをお聞きなさい。そしたらこの眼鏡を返して差し上げますわ」

ティノーデアルがミカエラの先頭に立ち、左右と後方をそれぞれ取り巻きが囲んだ。
そのまま会場に入ると、広間には向かわず3階へと昇る。メイン席の真上に到着すると、ティノーデアルは後ろを振り返りミカエラにこう命じた。

「ここからぶら下がって、無事に2階席に降りることが出来たらそこで眼鏡をお渡ししますわ。…では、下の階で待っておりますわね」

クスクスと笑い声を上げながらティノーデアルたちがその場を離れる。ミカエラは必死で考えたが、打開策が見つからない。それならばいっそのこと彼女たちの言いなりになってみようと思い、踊り場から柵の外へその身を投げ出したのだった。



ーーーー時は戻って現在。

「…ふん。俺を知らないだと?」

僅かに怒気を含んだその声は、耳当たりの良い低音だ。そう言えば先ほど『ジーク殿下が座る席の上』と聞こえた気がする…。

(いや、まさか。……まさか…)

ミカエラの顔色が一気に青ざめる。

(自分を抱き上げているこの人は、いや、このお方は…)

パニック状態に陥ったミカエラの顔をジークはまじまじと見ていた。見事なプラチナブロンドは上品に結い上げられ、肌には香油が塗られているのか良い香りがする。その過度ではない薄付きの化粧に好感を持った。ジークは厚化粧が好きではなかったからだ。何より、ミカエラの瞳に吸い寄せられた。その瞳は虹色に輝いており、そんな色の瞳をジークは初めて見た。

「あ…あのっ!」

いつの間にかジークはミカエラの瞳を覗き込むように顔面を近付けていて、鼻先が触れ合う程の距離となっている。いくら視力が悪いと言っても、そこまで近付かれたら感覚で分かる。ミカエラは眼前の相手に声を掛けた。しかし、一向に距離は変わらず、むしろもっと近くなった気がする。

(どう言う状況なの?あぁ、この目がしっかりと見えれば良いのに…!!)

これまでミカエラは自分の視力の悪さを不便に思ったことは無かった。不明瞭な視界は眼鏡を掛ければ問題がなかったし、そのビン底眼鏡を外して容姿を飾る必要もなかったのだ。

更に距離が狭まったとき、ミカエラの脳裏に古い、古い記憶が蘇った。

『君が本当に見たいものを見付けたら、見たいと強く願ってごらん。魔法の力が目覚めるよ』

その刹那、ミカエラの目に痛みが走る。思わず目を瞑って痛みに耐えた。
次に目を開いたとき、ミカエラは自分の顔を至近距離で覗き込む端正な男性の顔を正確に捉える。突然のことに驚いてしまって、目の前の男性の頬を容赦なく打ってしまった。

気付いた時にはもう手遅れ。
ミカエラは次期皇帝陛下に手をあげてしまったのだ。
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