7 / 7
過去との和解
しおりを挟む
「美香、今までごめんね」
私を守ってくれたであろう兄の魂に思いを馳せていると、母が居ずまいを正して詫びてきた。
「やだ、どうしたの? 急に改まっちゃって」
「聡の事故はあんたにかまけて目が届かなかったせいだって、心のどこかで思い込んでた」
「そうね。はっきり言われたわけじゃないけど、お兄ちゃんの事故は私のせいって責められてる気がしてた」
「だから帰って来るのを嫌がってたのよね?」
悲し気な顔の母に、私はかぶりを振った。
「それだけじゃなくて、桜が怖かったの。記憶はなくても、無意識に事件を連想させるものを避けてたのね」
「そう……そんなことにも気が付かなかった。私はあなたの何を見ていたのかしら」
自嘲気味に笑う母を哀れに思えるようになったのは、全てを思い出したからだろうか?
……いいえ、私が大人になったから。自分の感情だけでなく、相手の感情も理解できる、一人の自立した大人に。
「仕方ないわ。あの頃はみんな自分の悲しみを抱えることでいっぱいいっぱいだったもの」
「でも……もし本当に事故だったとしても、あんたのせいじゃない。分っていたのに、聡の死をどうしても受け容れられなくて……八つ当たりしてた」
人は弱い生き物だ。
理不尽な悲劇を受け容れられない時、それを誰かのせいだと思い込んで恨むことで、心を守ろうとする。
……周囲の大人たちのひそひそ声に惑わされて、両親に心を閉ざしていた私のように。
「私はなんてことをしてしまってたんだろう。美香だってまだ幼い子供だったのに」
「うん、辛かったよ。なんで死んだのがお前じゃなかったんだ? って言われてるみたいで」
気にしてないよ、と気休めを言う事は簡単だ。でも、それは母の罪の意識を軽くするどころか、かえって自責の念を強めるだけだろう。
だから、私は率直にぶつけることにした。幼かったころの私の辛さや悲しみを。
「そう、そんな風に思いつめさせてたのね。母親失格だわ」
俯き、力なくつぶやく母の姿はとても小さく、頼りない。
「すぐ許せる訳じゃないけど、母さんたちの気持ちもわかる。私も、もう子供じゃないから」
「美香……」
母の手を取り、しっかりと目を合わせて微笑みかける。
そう、私はいつまでも子供ではない。自分を見てくれない両親を恨んでいじけているばかりの子供では。
「ゆっくり親子になっていこうよ。一人の大人と大人として」
今さら子供時代には戻れない。だから、大人になった今だからこそできる形で、もう一度親子の絆を作っていこう。
「本当に、いい大人になったね」
「ええ、この春から先生ですから」
泣き笑いの母に、にっこり笑って胸を叩いて見せる。
「あいたたた」
「もう、何やってんの」
「はぁい、反省してます」
顔を見合わせて噴きだした母と、これからは笑いあえる日も増えていくのだと思う。
それが、私を見守ってきてくれた、兄の魂に報いる道だ。
私を守ってくれたであろう兄の魂に思いを馳せていると、母が居ずまいを正して詫びてきた。
「やだ、どうしたの? 急に改まっちゃって」
「聡の事故はあんたにかまけて目が届かなかったせいだって、心のどこかで思い込んでた」
「そうね。はっきり言われたわけじゃないけど、お兄ちゃんの事故は私のせいって責められてる気がしてた」
「だから帰って来るのを嫌がってたのよね?」
悲し気な顔の母に、私はかぶりを振った。
「それだけじゃなくて、桜が怖かったの。記憶はなくても、無意識に事件を連想させるものを避けてたのね」
「そう……そんなことにも気が付かなかった。私はあなたの何を見ていたのかしら」
自嘲気味に笑う母を哀れに思えるようになったのは、全てを思い出したからだろうか?
……いいえ、私が大人になったから。自分の感情だけでなく、相手の感情も理解できる、一人の自立した大人に。
「仕方ないわ。あの頃はみんな自分の悲しみを抱えることでいっぱいいっぱいだったもの」
「でも……もし本当に事故だったとしても、あんたのせいじゃない。分っていたのに、聡の死をどうしても受け容れられなくて……八つ当たりしてた」
人は弱い生き物だ。
理不尽な悲劇を受け容れられない時、それを誰かのせいだと思い込んで恨むことで、心を守ろうとする。
……周囲の大人たちのひそひそ声に惑わされて、両親に心を閉ざしていた私のように。
「私はなんてことをしてしまってたんだろう。美香だってまだ幼い子供だったのに」
「うん、辛かったよ。なんで死んだのがお前じゃなかったんだ? って言われてるみたいで」
気にしてないよ、と気休めを言う事は簡単だ。でも、それは母の罪の意識を軽くするどころか、かえって自責の念を強めるだけだろう。
だから、私は率直にぶつけることにした。幼かったころの私の辛さや悲しみを。
「そう、そんな風に思いつめさせてたのね。母親失格だわ」
俯き、力なくつぶやく母の姿はとても小さく、頼りない。
「すぐ許せる訳じゃないけど、母さんたちの気持ちもわかる。私も、もう子供じゃないから」
「美香……」
母の手を取り、しっかりと目を合わせて微笑みかける。
そう、私はいつまでも子供ではない。自分を見てくれない両親を恨んでいじけているばかりの子供では。
「ゆっくり親子になっていこうよ。一人の大人と大人として」
今さら子供時代には戻れない。だから、大人になった今だからこそできる形で、もう一度親子の絆を作っていこう。
「本当に、いい大人になったね」
「ええ、この春から先生ですから」
泣き笑いの母に、にっこり笑って胸を叩いて見せる。
「あいたたた」
「もう、何やってんの」
「はぁい、反省してます」
顔を見合わせて噴きだした母と、これからは笑いあえる日も増えていくのだと思う。
それが、私を見守ってきてくれた、兄の魂に報いる道だ。
1
お気に入りに追加
6
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

教師(今日、死)
ワカメガメ
ホラー
中学2年生の時、6月6日にクラスの担任が死んだ。
そしてしばらくして不思議な「ユメ」の体験をした。
その「ユメ」はある工場みたいなところ。そしてクラス全員がそこにいた。その「ユメ」に招待した人物は...
密かに隠れたその恨みが自分に死を植え付けられるなんてこの時は夢にも思わなかった。

悪魔様との契約
夢幻成人
ホラー
【宣伝】
執筆中の「赤箱」の宣伝を兼ねて、ショートショートを書きました。ホラー、ミステリー好きの方にはお勧めしてもらいたいくらい内容を濃くしたいと思っています。作品が気に入って頂けたら、お気に入り、感想などを書いて頂けると今後の執筆の励みになります。まだ、書き始めたばかりですがよろしくお願いします。後、「悪魔様との契約」は完結しました。思ったより長くなってしまった。。。
【本編内容】
あなたの望みを何でも叶えてくれるとしたら、あなたは何を望みますか?
そして望みを叶える為に何を差し出しますか?

とある奇談蒐集家の手稿
赤村雨享
ホラー
怪奇談を蒐集していた男──。
集めた話で後に怪談本を出そうとしていた男が行方不明になった。その友人である私が入手したのは一冊の手稿だった。
集めていた話に興味を持った私は、友人が書き記した手稿をゆっくりと捲り始める。
手稿の中身は、創作とも怪談とも取れる不思議な話の数々だった……。
※なろうから転載しました。
二人称・短編ホラー小説集 『あなた』
シルヴァ・レイシオン
ホラー
普通の小説に読み飽きたそこの『あなた』
そんな『あなた』にオススメします、二人称と言う「没入感」+ホラーの旋律にて、是非、戦慄してみて下さい・・・・・・
※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな"視点"のホラーを書きます。
様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。
小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意、願います。
枯れ桜
時谷 創
ホラー
身近でこんな事が起きるとは思わなかった。
突然ふってわいた事件、事故に皆、口に揃えてそう言うが、
俺、遠野樹もずっとそう思っていた。
朝起きてご飯を食べ、学校に行き勉強する。
学食で席を奪い合い、また勉強し家に帰る。
微妙に違えどほぼ同じ事の繰り返し。
人はそれを退屈と言うが今はその日常がいとおしい。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる