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本編
C20 茶番劇
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夫人に指示された通りの道を通って孤児院へと向かうと、あまり人通りのないあたりで細い横道から急に荷馬車が走り出て、僕たちの馬車の横腹に体当たりして横転させた。荷馬車に乗っていた連中は、実に手際よく荷物も馬車も置いたまま逃走する。
夫人はもう一人の護衛にさっさと馬車を何とかしろと喚くと、どこかに向かって一人でずんずん早足で歩きだした。
引き留めても聞く耳持たずに小走りに逃げていくのを侍女と二人で仕方なく追いかけ、とある細い路地に入り込むと……案の定、道の前後をふさぐように覆面の人物が現れ、夫人が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
僕たちの前方に三人、後方に二人。やっぱりわかりやすく罠だ。これで鬱陶しい連中を引きずり出す事ができるだろう。
子爵とはいえ貴族の僕を襲えばれっきとした殺人未遂事件だ。令状なしでも関係者全員しょっ引くことができるだろう。
「きゃあぁ~~~、くせものですわぁ!!わたくし怖ぁい!!」
夫人がものすごくわざとらしく悲鳴をあげてみせる。怯えた表情の演技をしているつもりらしいが、愉悦に歪んだ笑顔は隠しようがない。
夫人がどこまで知っていて加担しているのかは不明だが、少なくとも僕を誘き出す役目を自ら買って出たのは間違いないだろう。後ろに控える侍女も、一瞬呆れた表情を隠し切れなかった。
とはいえ、放っておけば僕を始末した後に口封じされる可能性が高い。忌々しい限りだが、全く庇わないわけにもいかないか。
「パトリツァ夫人、絶対に僕の後ろから出ないで下さいね」
彼女と侍女を背後に庇い、襲撃者たちに対峙する。彼らの獲物は大ぶりのナイフ。
対する僕は猫闘刃しか持っていない。
せめてソードブレイカーだけでも持ってくるんだった。
愛用の槍斧はパトリツァ夫人が「これから神聖な教会に行くのにふさわしくない」とすさまじい勢いで泣きわめくので、持ち歩くのを断念せざるを得なかった。
刺突用の猫闘刃は用途のバリエーションが狭く、リーチが長くて手数の多い槍斧と使い分けてはじめて役に立つ。小柄な僕はいつも槍斧で敵を引っかけて手元に引き寄せ、猫闘刃で防具の隙間からとどめをさすような使い方をしている。
単体で使うなら、刺す、斬る、受ける……と手数の多いソードブレイカーの方がはるかに使い勝手が良いのだ。
今考えればあれも罠のうち。面倒がらずに武器を持ち換えるのだった。
ということは敵はよほど僕の事をよく調べているのだろう。とは言え相手はたかだか五人だ。足さばきから見ても大した技量ではないし、適当にあしらって一人でも生け捕りにすれば色々と吐いてくれるだろう。
芸もなく突っ込んできた一人を軽く身をひねって躱しつつ足を払い、バランスを崩した首筋に肘を上から叩きこむ。そのまま白目をむいて倒れたそいつを蹴とばして次に突っ込んできた奴の足元に転がした。
案の定、もろにぶつかって倒れ込んだそいつの頭に踵を落とす。
せっかく5人かき集めたというのに全く連携もとれていないこの連中は冒険者ですらないだろう。街のゴロツキ……いやむしろ貧民街で適当に通りすがりの人に声をかけて連れてきた感じ。
ほんの数秒で2人が戦闘不能になったのを見て残った襲撃者もやや怯んだ様子。僕の背後の夫人もね。
自分より下に見ている僕がここまで強いと思っていなかったみたい。呆然として蒼ざめた顔をしている。まったくもってわかりやすい人だ。
彼女もエリィにとことん嫌われているのは気の毒に思わなくもないのだけど、やはりこれだけ言動が厭らしいと嫌がられても仕方のない部分もあると思う。癇癪起こして泣きわめき始めると手が付けられないし。一歳になりたてのトリオの方がよほど聞き分けが良いくらい……っと、今は気を散らしている場合ではないね。
「あなた方では力不足のようですよ。早々に引き揚げては?」
僕も本調子と言うには程遠いし、できるだけ穏便に済ませたいので、にっこり微笑んでさっさとお引き取りいただくようお願いしてみる。
いかにも素人然とした二人は頬を赤らめ目を逸らし、露骨に動揺しているが、リーダー格とおぼしき一人はむしろ激昂して突っ込んできた。
全く何の工夫もない感情的な突貫に若干呆れつつも躱そうとすると、背後からすさまじい力でしがみつかれて動きが止まる。
「奥様っ!?いったい何を……っ!?」
動揺しきった侍女の声。どうやら後ろからパトリツァ夫人が僕の腰にしゃにむにしがみついてきたらしい。
明らかに共犯者……いや実行犯の一人になることも厭わないのか。そこまでして僕を亡き者にしたいとは……彼女の執念はたいしたものだ。
夫人はもう一人の護衛にさっさと馬車を何とかしろと喚くと、どこかに向かって一人でずんずん早足で歩きだした。
引き留めても聞く耳持たずに小走りに逃げていくのを侍女と二人で仕方なく追いかけ、とある細い路地に入り込むと……案の定、道の前後をふさぐように覆面の人物が現れ、夫人が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
僕たちの前方に三人、後方に二人。やっぱりわかりやすく罠だ。これで鬱陶しい連中を引きずり出す事ができるだろう。
子爵とはいえ貴族の僕を襲えばれっきとした殺人未遂事件だ。令状なしでも関係者全員しょっ引くことができるだろう。
「きゃあぁ~~~、くせものですわぁ!!わたくし怖ぁい!!」
夫人がものすごくわざとらしく悲鳴をあげてみせる。怯えた表情の演技をしているつもりらしいが、愉悦に歪んだ笑顔は隠しようがない。
夫人がどこまで知っていて加担しているのかは不明だが、少なくとも僕を誘き出す役目を自ら買って出たのは間違いないだろう。後ろに控える侍女も、一瞬呆れた表情を隠し切れなかった。
とはいえ、放っておけば僕を始末した後に口封じされる可能性が高い。忌々しい限りだが、全く庇わないわけにもいかないか。
「パトリツァ夫人、絶対に僕の後ろから出ないで下さいね」
彼女と侍女を背後に庇い、襲撃者たちに対峙する。彼らの獲物は大ぶりのナイフ。
対する僕は猫闘刃しか持っていない。
せめてソードブレイカーだけでも持ってくるんだった。
愛用の槍斧はパトリツァ夫人が「これから神聖な教会に行くのにふさわしくない」とすさまじい勢いで泣きわめくので、持ち歩くのを断念せざるを得なかった。
刺突用の猫闘刃は用途のバリエーションが狭く、リーチが長くて手数の多い槍斧と使い分けてはじめて役に立つ。小柄な僕はいつも槍斧で敵を引っかけて手元に引き寄せ、猫闘刃で防具の隙間からとどめをさすような使い方をしている。
単体で使うなら、刺す、斬る、受ける……と手数の多いソードブレイカーの方がはるかに使い勝手が良いのだ。
今考えればあれも罠のうち。面倒がらずに武器を持ち換えるのだった。
ということは敵はよほど僕の事をよく調べているのだろう。とは言え相手はたかだか五人だ。足さばきから見ても大した技量ではないし、適当にあしらって一人でも生け捕りにすれば色々と吐いてくれるだろう。
芸もなく突っ込んできた一人を軽く身をひねって躱しつつ足を払い、バランスを崩した首筋に肘を上から叩きこむ。そのまま白目をむいて倒れたそいつを蹴とばして次に突っ込んできた奴の足元に転がした。
案の定、もろにぶつかって倒れ込んだそいつの頭に踵を落とす。
せっかく5人かき集めたというのに全く連携もとれていないこの連中は冒険者ですらないだろう。街のゴロツキ……いやむしろ貧民街で適当に通りすがりの人に声をかけて連れてきた感じ。
ほんの数秒で2人が戦闘不能になったのを見て残った襲撃者もやや怯んだ様子。僕の背後の夫人もね。
自分より下に見ている僕がここまで強いと思っていなかったみたい。呆然として蒼ざめた顔をしている。まったくもってわかりやすい人だ。
彼女もエリィにとことん嫌われているのは気の毒に思わなくもないのだけど、やはりこれだけ言動が厭らしいと嫌がられても仕方のない部分もあると思う。癇癪起こして泣きわめき始めると手が付けられないし。一歳になりたてのトリオの方がよほど聞き分けが良いくらい……っと、今は気を散らしている場合ではないね。
「あなた方では力不足のようですよ。早々に引き揚げては?」
僕も本調子と言うには程遠いし、できるだけ穏便に済ませたいので、にっこり微笑んでさっさとお引き取りいただくようお願いしてみる。
いかにも素人然とした二人は頬を赤らめ目を逸らし、露骨に動揺しているが、リーダー格とおぼしき一人はむしろ激昂して突っ込んできた。
全く何の工夫もない感情的な突貫に若干呆れつつも躱そうとすると、背後からすさまじい力でしがみつかれて動きが止まる。
「奥様っ!?いったい何を……っ!?」
動揺しきった侍女の声。どうやら後ろからパトリツァ夫人が僕の腰にしゃにむにしがみついてきたらしい。
明らかに共犯者……いや実行犯の一人になることも厭わないのか。そこまでして僕を亡き者にしたいとは……彼女の執念はたいしたものだ。
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