言の葉のかけら

歌川ピロシキ

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獣の時間

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 気付いた時には何もかもが赤かった。
 赤、朱、紅、緋、赫……
 あらゆる「あか」が視界を埋め尽くしている。
 ぱちぱちと燃え盛る炎から立ち上る煙は硫黄臭い。辺りを覆う、生臭く、鉄臭く、それでいて甘い香り。

 ああ、まただ。またやってしまった。

『獣の時間』

 何も見えず、何も聞こえず、ただ手当たり次第に周囲を引き裂き破壊を尽す。
 私には、なぜソレが起きるのかさっぱりわからない。
 ただ、いつだってあの人が……

「あぁ、また派手にやったねぇ」

 苦笑混じりの声。『お父様』だ。
 彼はいつも私に優しい。色々な事を教えてくれる。読み書き、計算、歴史に地理に博物学……
 いつ何があっても困らないよう、あらゆる知識を与えてくれる。

 でも、私は知っている。
 彼が私を見る眼差しは、できの良い猟犬や伝書鳩を見る時と同じ。『お父様』にとって私は犬や鳩と変わらないなのだ。役には立つがいくらでも替えのきく、便利な道具でしかない。

 そして、『獣の時間』が始まるのは、必ず『お父様』と一緒の時。彼が私を連れ出すと、決まって『獣の時間』が始まって、前後の記憶が消えている。
 そしてまた閉じ込められる。次の『獣の時間』まで。
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