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16話

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「アサド様」

そこに立っていたのは、先日寝台を貸したアサドだった。

「遅くなった」
「いえ、どうぞ」

俺は一歩引いて相手を迎え入れる。
背が高く騎士の中でもがっちりとした体格に見えたアサドは、梁に頭をぶつけないように少し身体を屈めて部屋に入ってくる。
自分の父親と同じくらいの年齢に見えたアサドに、これから抱かれるのかと思うと少し気恥ずかしい。

「今日はありがとうございます、よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げてちらりと時計を見た。
まだまだ宵の口。

「悪いがお茶をいれてくれ、急いできたから喉が乾いた」
「はい、少しお待ちくださいお湯を頂いて参ります」

流石に自分の飲みかけでは不味いだろうと、お湯を貰いに許可を得て部屋を出た。
部屋から出た瞬間、心臓が何故かドキドキと早鐘を打つ。
まだ、発情には早いが似たような症状を感じ取る。

「何で……」

動けない程では無いのだが、少しだけ眩暈のようなふらふらと揺れるような感覚がして、その場にへたりこんでしまいそうになる。

「……ヒート?」

定期的に訪れる発情は、薬を飲むことで抑えていたし、そもそもがあまり重くない。
だが、このままだと、アサド様に迷惑を掛けてしまう。

「……は、薬を……」

医務室に薬を貰いに行こうと、そのまま歩き出す。
壁づたいに何とか医務室に入ると、中に居た年配の男性が慌てて椅子から立ち上がる。

「すみません、薬を」

何とか声を絞り出してそう伝えると、医者はテーブルの上にある小さな引き出しの一つから、錠剤を取り出した。

「発情だな……とりあえずこれを飲んで休んでいくか?」
「いえ、お客様が……」
「楼主には話しておくが、辛いなら相談してみなさい」
「はい」

グラスに注がれた水と一緒に薬を飲み干すと、少しだけ落ち着いたような気がした。
無意識に、首に付けたベルトに触れる。

「戻り……ます」

俺は作り笑いをすると、医務室を後にした。
廊下の左右にある部屋からは甘い香りがしているのに、少しだけ吐き気を覚える。

「お茶をいれるのに、お湯を」

何のために部屋を出てきたのかを思い出して、俺は厨房へと向かう。
アサド様を待たせてしまっているのだから。
その事を叱責されたらどうしようかと不安にはなるし、体調が悪いから仕事ができないという言い訳はできない。
発情は病気ではないのだから。
厨房でお湯を貰うと部屋に向かう。
扉を開けてアサドの顔を見た瞬間、俺は意識を失った。
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