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6話

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早朝、屋敷の中の馬車を1台と御者を借りて家を出た。
肩幅くらいの小さなトランクには最低限の下着。
少しのドライフルーツ。
数日間の旅費。
自分は良いが御者や馬が休めるところは必要だし、もし余れば御者に謝礼として渡せばいい。
もちろん、御者の帰りの旅費も必要なのだから。

「お父様、お兄様行って参ります」

もう、この屋敷に戻ることは無いだろうけれど。
笑顔で旅立とうと決めている。
ギュッギュッとふたりにハグをしてから離れた。

「では」

見送りは要らないと伝えてあるため、門の前には馬車と御者、父と兄と自分だけ。
幼い弟たちはまだ眠っているだろう。
きっと行かないでと泣かれてしまうと後ろ髪を引かれてしまうから。

「気をつけてな」
「手紙を書いて……」

ふたりの言葉にこくりと頷いてから馬車に乗り込む。
パタンと扉が閉まると、窓から外を見た。
手を振るふたりに手を振り返すとガタンと音がして馬車が動き出す。
石畳がやがて土に変わる。
城壁が見えなくなった頃に漸く息を吐き出すと涙が零れ落ちた。
泣くもんかと、唇を噛み締めていたが、緊張の糸が切れたのだろうか。
涙を止めようと目頭を押さえたが涙は止まることがなく、手にしていたハンカチがしっとりと濡れてしまった。
暫くして馬車が木々の間を抜けていく。
道は人が通るため石畳のように整備はされていないが、馬車が通るには問題ない広さでありガタガタと揺れるのは借りた馬車だからだろう。
時折身体が左右へ振られ、慌てて壁へ身体を預ける。
馬車で郊外へ出掛けるなどという経験もあまり無かったため、目に映る景色が珍しいなと馬車の窓から外を見ていた。
御者は慣れているのだろう、時折休憩をとりながら街を目指す。
陽が傾き始める前には小さな宿に泊まり、食事と寝室を借りた。
身の回りの事はすべて自分でしなければならないが、修道院へ行けばそれが当然な事だろう。
まだ、温かい食事に柔らかい寝台があるだけいいのだと思わなくてはならない。

三日め、狭い道を向かいから来た馬車とすれ違う事が難しいから、1度馬車を降りて欲しいと御者に言われた。
確かに反対側からも馬車が来る。
しかも、2頭引きだ。

「構わない、こちらはできるだけ端へ寄ろうか」

開かれた扉から外へ出て、御者の指示に従おうと馬車から離れた瞬間、何かがドサッと落ちた音がした。

「どうした?」

声を掛けたが御者の姿がない。
辺りを見回した瞬間、後ろから押さえられ、何か鼻と口を布で塞がれて俺の意識は暗転した。
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