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ただの紙屑となった婚約証書。
切られた事によってそれは無効となった。
それと同時に私の左手の小指に違和感ができた。
何かがぷつりと切れた感覚。
それを確認するように視線を下げると、小指にできていた。赤い糸状のリングが薄くなって消えた。
ルピナスでは、婚約をするときに証書に名前を書き、それが神殿で受理されれば互いの小指には赤い糸を巻いたような痣が浮き上がるのだ。
そのため、その人の小指を見れば婚約者がいるかどうかがわかり、その痣が黒く変化していれば結婚していることを表す。
結婚も婚約も破棄をされれば痣が消えるが、事実上独り身になっても神殿に預けた証書をそのままにすればその痣は消えない。
配偶者を戦場に送り出して未亡人になってもそのまま痣を残す人も多かった。
それをこんなにも簡単に消されてしまった。
ざわざわと周囲のざわめきが大きくなる。
「わかりました、フェルディナンド様ごきげんよう。お幸せに」
私の声は届いただろうか。
静かに淑女の礼をとると、私は来た方向に戻るべく踵を返す。
見世物になるつもりは毛頭ない。
明日を乗り切れば、この学院からも卒業となる。
お父様とお義母様には申し訳ないが、少しの間傷物になってしまった娘の相手をしてもらわなければならない。
5歳になった異母弟のアルフレッドの面倒をみたっていい。
「そんな性格だから愛されないんだ」
後ろから投げつけられた言葉にふと振り向いてしまって、しまったと唇を引き結んだ。
フェルディナンド様のイライラした顔。
マリア令嬢の勝ち誇った顔。
だが、そのふたりの表情にも特に何かの感情が込み上げてくる事は無かった。
「馬鹿らしい」
ざわめく広間に小さな呟きが漏れた。
呟くには少し大きな声だったが、一気に会場は水を打ったように静かになった。
「フェンリエッタ嬢、この場で貴方に結婚を申し込みたい」
私を取り巻いていた、生徒の中から歩み出てきたのはこの学園で入学から首席を譲らなかった男。
ベルナルド・リコリス。
他国からの留学生であり、今回の卒業で自国に帰ると聞いていた。
どうしても私が評価を抜くことのできなかった唯一の好敵手。
「何を仰っているのか、わかりませんわリコリス様」
私は顔を上げた。
こんなことで泣いてはおりませんし、もう既に終わっていること。
「貴女が他人のもの……でしたので、この想いを告げることなく卒業するつもりでしたが、状況が変わりましたので……」
射抜かれるような鋭い眼差し。
この広間でする話ではありませんねと、笑みを浮かべて手を差し出す。
普通ならばその手を取って広間から連れ出すだろうと思っていたが、リコリス様は私の手の甲にそっと口吻けた。
しっかりと触れた唇。
失礼だと、頬を叩こうとした瞬間、私の手の甲に紋様が浮かび上がる。
……え?
それは聖女に浮かび上がる紋様だった。
切られた事によってそれは無効となった。
それと同時に私の左手の小指に違和感ができた。
何かがぷつりと切れた感覚。
それを確認するように視線を下げると、小指にできていた。赤い糸状のリングが薄くなって消えた。
ルピナスでは、婚約をするときに証書に名前を書き、それが神殿で受理されれば互いの小指には赤い糸を巻いたような痣が浮き上がるのだ。
そのため、その人の小指を見れば婚約者がいるかどうかがわかり、その痣が黒く変化していれば結婚していることを表す。
結婚も婚約も破棄をされれば痣が消えるが、事実上独り身になっても神殿に預けた証書をそのままにすればその痣は消えない。
配偶者を戦場に送り出して未亡人になってもそのまま痣を残す人も多かった。
それをこんなにも簡単に消されてしまった。
ざわざわと周囲のざわめきが大きくなる。
「わかりました、フェルディナンド様ごきげんよう。お幸せに」
私の声は届いただろうか。
静かに淑女の礼をとると、私は来た方向に戻るべく踵を返す。
見世物になるつもりは毛頭ない。
明日を乗り切れば、この学院からも卒業となる。
お父様とお義母様には申し訳ないが、少しの間傷物になってしまった娘の相手をしてもらわなければならない。
5歳になった異母弟のアルフレッドの面倒をみたっていい。
「そんな性格だから愛されないんだ」
後ろから投げつけられた言葉にふと振り向いてしまって、しまったと唇を引き結んだ。
フェルディナンド様のイライラした顔。
マリア令嬢の勝ち誇った顔。
だが、そのふたりの表情にも特に何かの感情が込み上げてくる事は無かった。
「馬鹿らしい」
ざわめく広間に小さな呟きが漏れた。
呟くには少し大きな声だったが、一気に会場は水を打ったように静かになった。
「フェンリエッタ嬢、この場で貴方に結婚を申し込みたい」
私を取り巻いていた、生徒の中から歩み出てきたのはこの学園で入学から首席を譲らなかった男。
ベルナルド・リコリス。
他国からの留学生であり、今回の卒業で自国に帰ると聞いていた。
どうしても私が評価を抜くことのできなかった唯一の好敵手。
「何を仰っているのか、わかりませんわリコリス様」
私は顔を上げた。
こんなことで泣いてはおりませんし、もう既に終わっていること。
「貴女が他人のもの……でしたので、この想いを告げることなく卒業するつもりでしたが、状況が変わりましたので……」
射抜かれるような鋭い眼差し。
この広間でする話ではありませんねと、笑みを浮かべて手を差し出す。
普通ならばその手を取って広間から連れ出すだろうと思っていたが、リコリス様は私の手の甲にそっと口吻けた。
しっかりと触れた唇。
失礼だと、頬を叩こうとした瞬間、私の手の甲に紋様が浮かび上がる。
……え?
それは聖女に浮かび上がる紋様だった。
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