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1章 見習い

9話

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「んっ」
ニコルは口に入れたマドレーヌの甘さが口いっぱいに広がるのを感じた。
ふわりと鼻に抜ける蜂蜜の甘さ。
騎士団見習いになって、初めて甘い物を口にし、こんなに美味しいものがあるのかと感動した。
「どう?美味しい?」
レイモンドは、テーブルに肘をついてこちらを見ている。
組んだ足がスラリと長く格好いい。
「はい」
一瞬、子供のようにはしゃいでしまった自分が恥ずかしい。
「いいのよ、今日はニコルの好みを知りに来たのだもの」
ぱくりと手にしていたマドレーヌを食べたレイモンドは、あら美味しいと笑う。
「次はどうする?それとも紅茶?この茶葉も美味しいわね……買っていこうかしら 」
ティーカップに口を付けて香りを楽しみながらマドレーヌの乗った皿をニコルの前に差し出した。
「何の味かしらね?これはプレーンかしら」
選びなさいとばかりに促してくるレイモンドに、こんなには食べられないとばかりにニコルは頭を振る。
「あら、口に合わない?合わないならお店を変える?」
ひそひそと囁くように言うレイモンドに、違うとニコルは目を伏せた。
「あまり、美味しいものを知ってしまうと……後が辛くなりますから」
それは食べ物だけでは無い。
他人に優しくされることもだ。虐げられることが普通であったのはほんの少し前まで。
騎士になろうと決めてから、騎士見習いになった今ですら一部の騎士や騎士見習いから虐げられることもある。
いくらシュテルンハイムで奴隷制度が無いとしても、自分は元々隣国の奴隷だったのだ。
先の戦争で命を何とか拾ったけれど、待遇は格段に良くなった。
こんなにも違うものかと思ったが、それでも元奴隷という過去は消えない。
この国でも口にはしないが避けられていると感じる時もある。でも、目の前の優しい上司は知っている筈なのにそう言う目で見ることはなかった。
「ふふ、たくさん食べなさい。アタシが許すわ。でも、食べたい時はちゃんと食べたいと言いなさい。兄弟なら家族だもの遠慮は無しよ?」
クスクス笑いながらレイモンドは紅茶を口にする。
「ほら、選ばなきゃアタシが選んじゃうわよ?これ、レモンかしら」
半分に割るマドレーヌ。
その半分を食べなさいと差し出され、受け取ろうと手を出すと違うわよ口を開けなさいと言われ、ニコルは口を開くと口の中に半分にしたマドレーヌを入れられた。
鳥のヒナみたいだなとニコルは思いながら口を動かす。ふわりと口の中に優しい酸味が広がった。
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