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01. プロローグ:散らばる果実

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 無情にも地べたを転がっていく沢山の林檎。そんな信じられない光景を、セシリアはぼんやり眺めていた。

「籠に入れただけの林檎だと? 農夫でもあるまいし、こんなみすぼらしい物、喜ぶわけがないだろう! お前、婚約者である僕を、どれだけ蔑ろにすれば気が済むんだ!」

 婚約者のサイラスが、剣呑に捲し立てている。乱暴に叩き落とされた籠が、二人の足元に転がっていた。

 贈り物を飾ろうと、取っ手に巻いたリボンがヒラヒラと風に揺れている。それがあまりに滑稽で、虚しすぎたせいなのか、却って涙は出なかった。

「せっかくの聖レオーナの日が、お前のせいで台無しだ。僕を苦しめて、さぞかしご満足だろうよ」


 聖レオーナの日とは、愛の女神レオーナファウラへ感謝を捧げる祭日である。

 恋人たちの日とも呼ばれており、家族や恋人へ林檎料理の贈り物をして、日頃の感謝や愛情を伝える風習だ。

 この国において、林檎は愛や献身の象徴。女神レオーナファウラの絵画や彫刻は、必ず林檎を持った美しい女性の姿で表現される。

「ちょっと、あれ見て……」
「かわいそうに」
「だけど、公衆の面前で、あれだけ激昂するからには、それなりの理由があるんじゃないのかな」
「不貞でもバレたとか?」

 周囲から同情と好奇の視線が集中した。ヒソヒソと囁かれているのは、セシリアとサイラスの話題だろう。

 そもそも場所が不味かった。どちらかの屋敷ではなく、ここは自然公園である。
 普段はそこまで混み合ってはいない。けれど今日は特別な祭日であり、秋晴れの良い天気だった。贈り物を交換した家族や恋人たちが、和気あいあいと散策する最中に起きた惨事である。

 無様に転がる愛の象徴、わめき散らすサイラス、茫然自失のセシリア。場違いなのは、二人のほうだ。注目するな、邪推するなというのは、無理がある。


 シンと冷たく凍りついた心で、セシリアは考えていた。

 サイラスと婚約して、五年が経つ。聖レオーナの日は、悲惨な思い出しかなかった。
 けれど、今年こそは、なんとか関係を改善しようと決意していた。親友に手伝ってもらい、話し合うきっかけになればと、特別な意味をこめて準備した贈り物だった。


 ばらばらに散らばった赤い実を、ぼんやり見つめて、セシリアはこの五年の歳月を振り返っていた。
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