26 / 70
均衡者見習いと鈍赤甲冑の道化話
しおりを挟む
彼も気が付いたのか、先ほどまでの村娘にうつつを抜かしていた顔をやめ、口をしっかりと結ぶ。
「カラドボルグ所属の訓練生——し、失礼いたしました!」
「いえ、気にしないでください」
そう、聖剣育成組織『カラドボルグ』は聖剣についてきた剣士より位が高い。私自身は普通に振舞ってほしいのだが、将来の聖剣と考えられているせいか、皆、年下の娘に対してもこのようにふるまう。
「私が不用意に飛び出したことにより、訓練生様をこんなお姿に——大変申し訳ございません。実はまだ少々二日酔いが」
「気にしないで欲しい。私自身も不注意がありました」
「よければ兵舎にお越しください。タオルをお渡しさせてください」
「大丈夫ですよ。気にしないで——」
言いかけ、兵舎ならば、剣士たちがより重要な情報を得ているかもしれない。
「そうですね。お言葉に甘えさせていただきましょう」
私はさりげなく髪を軽く絞る動作をして、剣士についていくことを示す。剣士は恐縮した様子で村の入り口まで私を案内してくれた。
村の入り口には簡易的なテントが三つ張られていた。
二つは剣士用でもう一つの大きめのテントはガドウ様用だろう。
私はタオルを受け取り、髪や服の水気を取りながら耳を澄ます。しかし剣士たちから聞こえてくる言葉はどれも私と同じだった。
唯一まともな手掛かりと言えるのは、情報提供者はレイスという中年の男性だったらしいが、この村にいなかったらしい。どうやら剣士たちも見えないグロウスに手を焼いているようだった。
仕方ない。これでは潜入した意味もない。私は剣士にお礼と共にタオルを渡し、テントを出ようとする。
「ん——」
「ガ、ガドウ様」
集合場所へ向かおうとしたとき、戻ってきた第三聖剣のガドウ様と目が合ってしまった。手に持った斬馬刀から湯気が立ち上っているところを見ると、どこかで剣を抜いてきたようだ。
ガドウ様は私を一瞥しただけで、剣士たちに激を飛ばす。
「探せ、ガキだ。礼服を着た女のガキがグロウスだ、生死は問わん」
ガドウ様の激に剣士たちは慌ただしく武器を持ってその場を後にする。テント前に残ったのは私とガドウ様だけだった。
「貴様は行かんのか」
どかっと木彫りの椅子に腰かけて、テーブルの上に出されている酒瓶をそのまま口にする。
「私は聖剣育成組織『カラドボルグ』所属、ミセリア=スペルビアです。初めまして第三聖剣ガドウ様。ただいま訓練の儀の最中でございます」
本来ならば胸に剣を当て挨拶するのだが、剣も代わりの棒すらない私は拳を胸にあてた。
「ふん、剣すら持たん聖剣見習いか。随分と質が落ちたな」
「返す言葉もございません」
私自身のミスで失ったものだ、それに反論する言葉を私は持たない。
「聖剣たるもの剣は命より守るべきものだ。それを失ったものを見ると滑稽でかなわん。貴様そのなりでグロウス討伐に参加する気か?」
「はい、聖剣見習いたるもの、グロウスに悩んでいる村があれば手を差し伸べたいと考えております」
「ほお……その見た目が女子供でもか」
暇を潰す様に、それとも酒のつまみなのか、ガドウ様は私に問いかける。
「——それは、」
「昔のグロウスは襲ってこなかったが、グロウス狩りが始まったと同時期にグロウス達も人々を襲い始めている。見た目が女子供であろうが中身は化け物だ。逃せば、次は貴様の友人か家族が死ぬ」
私は何故かシエロの姿を思い出した。シエロはグロウスではないが、もし彼女がグロウスになってしまったら、私は彼女を殺せるのだろうか。
「ふん——回答を持ちえぬか。それでは剣も響かんだろうな」
いや、魔術様の素材を集めている俺も響かんか——と小声で呟いた。
けど私は呟いた言葉よりも、第三聖剣と話している事の方が重要だと気が付いていた。
総司郎とシエロには可能な時に第三聖剣に相談するとは言ったが、本来ならば聖剣と会話するだけでも難しい。今話せているのはガドウ様の気まぐれで、奇跡の一つだ。
普段、不幸な私ならば分かる。
これはシエロから聞いた話を伝えるべきではないだろうか。
聖剣使いは世界の調停者であり、均衡者。国に配属されている以前に人類を守る守護者。総司郎に信じてほしいといった手前、ここで私が躊躇する理由はない。
理由はないのだが、ガドウ様という男を信用できるのだろうか。
いや、と私は頭を左右に振る。聖剣見習いが聖剣使いを信じなくてどうする。
彼らこそ力を持つ者。正しい判断を行うはずだ。
「ガ、ガドウ様」
聖剣使いこそ、私が目指すべき場所。人々を守る正しき組織。
「実は、グロウスを狩る以外に、このような話があるのです」
グロウス狩りをすることで国へ利益を還元し、己の私利私欲に走る事はない。信じて欲しい総司郎。世界はまだ、正しく動いているということを。
「グロウスは殺さずに鎮魂するべきです。私の友人のみがその方法を——」
鎮魂歌を歌うことで、正しい輪廻の輪へとグロウスが還れる事を説明し、ガドウ様は静かに聞いていた。
そしてテーブルに酒瓶を置いて、ゆっくりと目を開ける。
「——悪くない話だ」
ニヤリと鬼のような牙を見せて、ガドウは勢いよく立ち上がった。
ほら、総司郎、世界は正しく回っています。
聖剣は必ず、私たちの力になってくれると。
『均衡者見習いと鈍赤甲冑の道化話』
「カラドボルグ所属の訓練生——し、失礼いたしました!」
「いえ、気にしないでください」
そう、聖剣育成組織『カラドボルグ』は聖剣についてきた剣士より位が高い。私自身は普通に振舞ってほしいのだが、将来の聖剣と考えられているせいか、皆、年下の娘に対してもこのようにふるまう。
「私が不用意に飛び出したことにより、訓練生様をこんなお姿に——大変申し訳ございません。実はまだ少々二日酔いが」
「気にしないで欲しい。私自身も不注意がありました」
「よければ兵舎にお越しください。タオルをお渡しさせてください」
「大丈夫ですよ。気にしないで——」
言いかけ、兵舎ならば、剣士たちがより重要な情報を得ているかもしれない。
「そうですね。お言葉に甘えさせていただきましょう」
私はさりげなく髪を軽く絞る動作をして、剣士についていくことを示す。剣士は恐縮した様子で村の入り口まで私を案内してくれた。
村の入り口には簡易的なテントが三つ張られていた。
二つは剣士用でもう一つの大きめのテントはガドウ様用だろう。
私はタオルを受け取り、髪や服の水気を取りながら耳を澄ます。しかし剣士たちから聞こえてくる言葉はどれも私と同じだった。
唯一まともな手掛かりと言えるのは、情報提供者はレイスという中年の男性だったらしいが、この村にいなかったらしい。どうやら剣士たちも見えないグロウスに手を焼いているようだった。
仕方ない。これでは潜入した意味もない。私は剣士にお礼と共にタオルを渡し、テントを出ようとする。
「ん——」
「ガ、ガドウ様」
集合場所へ向かおうとしたとき、戻ってきた第三聖剣のガドウ様と目が合ってしまった。手に持った斬馬刀から湯気が立ち上っているところを見ると、どこかで剣を抜いてきたようだ。
ガドウ様は私を一瞥しただけで、剣士たちに激を飛ばす。
「探せ、ガキだ。礼服を着た女のガキがグロウスだ、生死は問わん」
ガドウ様の激に剣士たちは慌ただしく武器を持ってその場を後にする。テント前に残ったのは私とガドウ様だけだった。
「貴様は行かんのか」
どかっと木彫りの椅子に腰かけて、テーブルの上に出されている酒瓶をそのまま口にする。
「私は聖剣育成組織『カラドボルグ』所属、ミセリア=スペルビアです。初めまして第三聖剣ガドウ様。ただいま訓練の儀の最中でございます」
本来ならば胸に剣を当て挨拶するのだが、剣も代わりの棒すらない私は拳を胸にあてた。
「ふん、剣すら持たん聖剣見習いか。随分と質が落ちたな」
「返す言葉もございません」
私自身のミスで失ったものだ、それに反論する言葉を私は持たない。
「聖剣たるもの剣は命より守るべきものだ。それを失ったものを見ると滑稽でかなわん。貴様そのなりでグロウス討伐に参加する気か?」
「はい、聖剣見習いたるもの、グロウスに悩んでいる村があれば手を差し伸べたいと考えております」
「ほお……その見た目が女子供でもか」
暇を潰す様に、それとも酒のつまみなのか、ガドウ様は私に問いかける。
「——それは、」
「昔のグロウスは襲ってこなかったが、グロウス狩りが始まったと同時期にグロウス達も人々を襲い始めている。見た目が女子供であろうが中身は化け物だ。逃せば、次は貴様の友人か家族が死ぬ」
私は何故かシエロの姿を思い出した。シエロはグロウスではないが、もし彼女がグロウスになってしまったら、私は彼女を殺せるのだろうか。
「ふん——回答を持ちえぬか。それでは剣も響かんだろうな」
いや、魔術様の素材を集めている俺も響かんか——と小声で呟いた。
けど私は呟いた言葉よりも、第三聖剣と話している事の方が重要だと気が付いていた。
総司郎とシエロには可能な時に第三聖剣に相談するとは言ったが、本来ならば聖剣と会話するだけでも難しい。今話せているのはガドウ様の気まぐれで、奇跡の一つだ。
普段、不幸な私ならば分かる。
これはシエロから聞いた話を伝えるべきではないだろうか。
聖剣使いは世界の調停者であり、均衡者。国に配属されている以前に人類を守る守護者。総司郎に信じてほしいといった手前、ここで私が躊躇する理由はない。
理由はないのだが、ガドウ様という男を信用できるのだろうか。
いや、と私は頭を左右に振る。聖剣見習いが聖剣使いを信じなくてどうする。
彼らこそ力を持つ者。正しい判断を行うはずだ。
「ガ、ガドウ様」
聖剣使いこそ、私が目指すべき場所。人々を守る正しき組織。
「実は、グロウスを狩る以外に、このような話があるのです」
グロウス狩りをすることで国へ利益を還元し、己の私利私欲に走る事はない。信じて欲しい総司郎。世界はまだ、正しく動いているということを。
「グロウスは殺さずに鎮魂するべきです。私の友人のみがその方法を——」
鎮魂歌を歌うことで、正しい輪廻の輪へとグロウスが還れる事を説明し、ガドウ様は静かに聞いていた。
そしてテーブルに酒瓶を置いて、ゆっくりと目を開ける。
「——悪くない話だ」
ニヤリと鬼のような牙を見せて、ガドウは勢いよく立ち上がった。
ほら、総司郎、世界は正しく回っています。
聖剣は必ず、私たちの力になってくれると。
『均衡者見習いと鈍赤甲冑の道化話』
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
半分異世界
月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。
ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。
いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。
そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。
「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
婚約破棄は誰が為の
瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。
宣言した王太子は気付いていなかった。
この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを……
10話程度の予定。1話約千文字です
10/9日HOTランキング5位
10/10HOTランキング1位になりました!
ありがとうございます!!
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる