鳥籠姫

白雪の雫

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⑥白き翼を持つ者(後編)

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「ヴァルドさん」
「こんな時間に呼び出して済まない」
ミステルの丘にやって来たブリュンビルデの姿が入ったヴァルドは隣に座る事を勧める。
「星が綺麗・・・」
「ああ、そうだな」
ヴァルド自身は天文学に疎く星を読む事は出来ないが、昔と比べたら明るく賑やかになったように感じる。
(だからこそ、星と星を繋げて色々な星座を思い浮かべたり、それにまつわる物語が作られたのだろうな・・・・・・)
「ヴァルドさん、大事な話とは一体──・・・?」
「君に好きな人がいるのかどうかを聞きたくて、ここまで来て貰ったんだ」
あのように大勢の目がある前では、本音を知る事が出来ないからな
「好きな人、ですか・・・?」
ヴァルドの問いにブリュンビルデは言葉に詰まる。
ブリュンビルデの好きな人は、王命で顔だけが取り柄の王太子と婚約していた幼い自分を雪だるまとオーロラで慰めてくれた【天使様】だ。
その【天使様】が人間の女を選ぶなど有り得ないと分かっている。
だから、王太子妃になった暁には【天使様】だけを心の支えにして生きていこうと決意していた。
しかし、婚約者がいると知った上で高位貴族の子息達に女王様のように傅かれていた恋愛スイーツ脳のピンク頭が、王族としての権力だけは行使する癖に責務というものを理解していない王太子に言い寄ってくれた事で自由の身になったからなのかも知れない。
ブリュンビルデにとって初恋の人である【天使様】にそっくりな彼───ヴァルドに心惹かれてしまったのは。
王太子妃になる為に、愚かな暴君であった王太子に狙いを定めながらも、同時に何人もの男に粉をかけていたというピンク頭の手練手管は素直に見習いたいと感心していたりもするが、だからといって初恋の人を忘れられない状態で自分からヴァルドに告白しようとは思っていない。
ブリュンビルデの中で、それはヴァルドに対して不誠実であるような気がするからだ。
「実は・・・好きな人がいるの」
と言っても、私はその方の名前も知らないし、二度と会えないと分かっているから、完全に一方的な片想いですけどね
両親と兄弟だけではなく侍女達にも打ち明けていない自分だけの秘密───泣いていた幼い自分を慰めてくれた【天使様】が好きなのだという事を初めて他人に打ち明ける。
「ブリュンビルデ。君が言う天使様とやらは、このような感じで泣いていた君を慰めたのではないのか?」
そう言ったヴァルドは小さな雪だるまを草の上に、紫や緑の色鮮やかなオーロラを上空に出現させる。
「な、何故、ヴァルドさんが・・・?」
(あっ・・・!)
ヴァルドの背中にあるのは、三対の巨大な白い翼───。
「そ、その翼・・・。もしかして、ヴァルドさんはあの時の【天使様】・・・?」
「ああ。しかも──」
そう言ったヴァルドは手刀で自身の胸を貫く。
「ヴァルドさん!!?」
まさか、自分の目の前で命を絶つ行為をするなど夢にも思っていなかったブリュンビルデは、恐怖で顔を歪ませながら悲鳴を上げる。
「ヴァルドさん!ヴァルドさん!」
「今のように心臓を刺されたり、喉笛を突かれても、首を切り落されても・・・・・・俺は死なないんだ」
「!!?」
服の一部が血に染まっているものの、傷ついた部分が修復しているのを見て驚きを隠せないでいるブリュンビルデにヴァルドは話す。
原初の頃から存在している自分達を人間達が【神】や【天使】、エルフは【悪魔】と称しているだけであって、実際に神話や伝説として語られているように意図的に地震や津波を起こしたり、日照りに苦しむ地域に雨を降らすという風に天候を操るといった能力も有しているし、何より決して死ぬ事はない。
考えようによっては、人間達による自分達に対する呼称は当たっているとも言える。
だが、伝承で語られているような神様とやらのように高尚な存在ではないのだ。
「親しくしていた者が死ねば嘆き悲しみ死を悼むし、嫌な事があれば怒りもする。その結果が【世界崩壊の日】になってしまう場合もあるがな」
それに、綺麗なものを目にしたら綺麗だと感動するし──・・・こうやって誰かを好きになったり、愛するという事だってある
死なないという点を除けば、俺達も人間達と何ら変わりのない生物だ
(!#%?&☆♪△$□)
ヴァルドが初恋の人であっただけではなく、嘗ては世界を崩壊へと導いた【天使様】だという事実にただでさえ混乱しているというのに、その男からいきなり抱きしめられたものだから、ブリュンビルデは心の中で言葉にならない悲鳴を上げてしまう。
ゲームではヒロインに嫉妬して殺人未遂を犯す気位が高くて高慢な令嬢、現実では自分に言い寄って来る男共を軽く躱しているだけではなく、悪役令嬢の定番とでもいうべき美人でナイスバディのブリュンビルデであるが、恋愛方面に関しては初心なのだ。
「ブリュンビルデ・・・・・・俺が怖いか?」
「ヴァルドさん、どういう事ですか?」
「幼い頃ならともかく、今のブリュンビルデであれば【俺】という存在がどういうものなのか、理解しているはずだ」
自分を抱いている腕が僅かに震えているヴァルドが何を言いたいのかを察したブリュンビルデは言葉に詰まる。
男の色気がダダ漏れな、凄腕のイケメン薬剤師。
だが、その正体は太古の昔から存在していた、【神】や【天使】と称されている生物だった。
自分の事を打ち明けるのに、どれ程の勇気が要しただろうか?
(もし、私がヴァルドさん・・・天使様と同じような存在だったら、例えそれが好きな人であっても絶対に打ち明けられないわ)
う~ん・・・
「私は【世界崩壊の日】を目撃した訳でもないから、ヴァルドさん・・・天使様がそれを実行したと言ってもピンとこないし、傷ついてもすぐに回復する人というのが正直な意見です。それに───」
ヴァルドさんはヴァルドさんです
それでいいじゃないですか
自分の中でまだ心の整理は出来ていないものの、それがヴァルドという男なのだという事実を受け入れ笑みを浮かべて言い切ったブリュンビルデは、ヴァルドの背中に腕を回す。
「エルドヴァルド」
「えっ?」
「俺の本当の名前」
「私に・・・人間に教えてもよろしいのですか?」
「ああ。自分から名前を教えたのはブリュンビルデが初めてであり・・・そして、自分から名前を教えるのもブリュンビルデが最後だ」
自分の本当の名前を知る人間はブリュンビルデだけでいいのだというエルドヴァルドの言葉に嬉しいと思ったのか、あの時泣いていた少女は大好きな天使様を強く抱きしめる。






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