竜王の番は竜王嫌い

白雪の雫

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㊱サナトスからの試練(後編)

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 シェリアザードの前にあるのは、果てしなく広がる闇と静寂だけだった。
 何も聞こえていないはずなのに耳が痛くて堪らない。方向感覚が失っていくのが、はっきりと分かる。
 「今になってワタガシが言っていた意味が理解出来たわ・・・」
 ヴェルバルトとラクシャーサに師事していたシェリアザードは、視覚と聴覚のどれかを閉ざした状態で過ごした事がある。だが、あくまでもそれは修行の一環でしかなかった。
 その時も目が見えない、音が聞こえない事に対する不安と恐怖はあったが、今のシェリアザードが感じているそれはあの時の比ではない。
 「早くアンフェール洞窟を抜け出さないと、私が私でなくなってしまう」
 手探りで出口を目指しているシェリアザードは正気を保つ為に言葉を発するのだが、音と光のない世界に対する原始的な恐怖は拭えないでいる。
 「弱気になっちゃ駄目よ!エル様の試練を乗り越えないと・・・」
 私を待っているのは、顔しか取り柄がない爬虫類共のサンドバックになるという最低で最悪の未来!!
 己を奮い立たせたシェリアザードは先へと進む。





 アンフェール洞窟に来てから、どれくらいの時間が経ったのだろうか?
 時間にしてまだ数分なのかも知れない。
 或いは、何日もの時間が流れているのかも知れない。
 (こ、怖い!助けて!)
 出口が見えないだけではなく光がないという事実、そして孤独に押し潰されそうになり泣きじゃくっているシェリアザードの心に過ったのはそれだった。
 (このまま・・・精神が壊れて死んでしまった方が私にとって一番の幸せなのではないかしら?)
 死んだらどうなるのだろう?
 シェリアザードはワタガシが言っていた言葉を思い出す。





 竜王の番としての運命を抱えたまま、何度も生まれ変わって、そして──・・・





 (!!)
 「冗談じゃないわ!私は『試練を乗り越えて見せる』ってサナトス様に誓ったじゃない!!」
 ユースティアを克服して、クソッタレ野郎に死を宣告するという目的を思い出した事で正気を取り戻したシェリアザードは、己の両頬を叩いて気合を入れると、ワタガシに言われた『自分を見失うな』という言葉を心の中で何度も繰り返しながら再び歩き始める。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










 「・・・・・・アンフェール洞窟を通り抜ける事が出来た人間はいるのか?」
 夜が明けるまで一時間余りであろうか。
 時が流れている事を告げるかのように、砂時計の砂は無情に落ちていく。
 それまでにシェリアザードが目を覚まさなければ死んでしまう事を聞かされているリューヴェリオンとラクシャーサは、一番の気掛かりを二柱に尋ねる。
 『下級とはいえ神の精神を狂わせる場所だ。人間・エルフ・ドワーフ・獣人・魔族・・・全ての種族を含めてアンフェール洞窟を摂り抜けた者は居ないとだけ言っておこう』
 「今回の試練は、光も音もない世界で如何にシェリアザード君が己の心の弱さを克服出来るかどうかが鍵となっている」
 「シェリーが鍵というのが分からないのだが、あの男とやらを倒す為だけに、そこまでしないといけないのか?」
 「そうだよ。シェリアザード君があの男に対する恐怖を取り除かない限り、不倶戴天の敵であるあの男を倒す事はおろか、まともに向き合う事さえ彼女は出来ないんだ」
 (それに・・・全てが自分達より劣っている種族によって滅ぼされるというのが、あの男の一族にとって何よりの屈辱だからね)
 己の半身とでもいうべき存在であるシェリアザードの口から拒絶された時、白竜族の竜王が味わう絶望はどのようなものであろうか?
 ラクシャーサの問いにそう答えながら、その時が来るのが待ち遠しいと言わんばかりにサナトスが意地の悪さを含んだ笑みを浮かべる。
 「それだけの為だけに、精神に異常をきたす場所にシェリアザードを送るとは・・・」
 「荒療治だけど、それしか方法がなかったんだよ」
 『サナトス。母上とお前は今のシェリアザードであれば試練を乗り越えられると思い、アンフェール洞窟に送ったのだろうが、お前自身はどう思っている?』
 「分からない。ただ・・・彼女が『生きたい』と強く願えば、それも可能だろうね」
 良くも悪くも【欲望】は人を生かし動かす原動力になるのだと、その思いがあればシェリアザードは一皮剥けるのだと、サナトスはそう言っているのだ。
 『珍しいな。個人に興味を持たないお前がシェリアザードに肩入れするのは』
 「僕だけではなく、長い時間をかけてシェリアザード君の魂魄を修復したお祖母様も彼女には同情しているんだ」
 それはお祖父様にも言える事でしょ?
 『否定はせぬ』
 ワタガシが砂時計に目を向けると、天に残っている砂は僅かだった。
 (シェリアザード・・・)
 やはり人間の、しかも顔だけが取り柄のトカゲ男に対する心の傷が拭えないでいるシェリアザードに、アンフェール洞窟を通り抜けるのは無理だったのだろうか?
 「・・・っ」
 『シェリアザード?』
 彼女の瞼が動いた事を感じ取ったワタガシが顔を覗き込む。
 「シェリアザード」
 「シェリー」
 「シェリアザード君」
 二柱と二人が見守る中、ゆっくりとシェリアザードの瞳が開いていく。
 「生きてる・・・」
 こうして再び皆と会えた喜びにシェリアザードは涙を流す───。










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