竜王の番は竜王嫌い

白雪の雫

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㉘人魚(前編)

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(そういえば、どこの海だったか忘れたけど、海の底に建つ宮殿に人魚が住んでいるとか、人魚の肉を食べたら不老不死になるといった言い伝えがあるのよね)
海の底には、聞く者を魅了せずにはいられない美しい歌声で人々を惑わして襲う、上半身は美しい女性で下半身は魚の尾を持つ人魚と呼ばれる、漁師や船乗りにとって非常に厄介な怪物が住んでいる。
特に【ローレライ】と呼ばれる人魚の長は女神を思わせる美貌を持つという伝説があるからなのか、【人魚捕獲】を冒険者ギルドに出す一部の好色な権力者や好事家が存在するくらいだ。
収納ボックスからマイホームで作り置きしていた、鯖サンド・ミネストローネ・ミルクレープを取り出したシェリアザードは、自分が幼い頃に読んだ本の話とラクシャーサから聞いた話を思い出す。





『先生は人魚を見た事があるのですか?』
前日の夜に父親のラウロから【マーメイド姫】という、人間と人魚の悲恋を描いた物語を読んで貰ったからなのか、シェリアザードはラクシャーサに尋ねる。
『俺はトレジャーハンターだったんだ。人魚くらい見た事があるさ。ただ、これだけは言っておく』
人魚はシェリーが想像しているような生き物じゃないからな・・・
あれをどう表現すればいいのか、俺には分からねぇよ!
そう答えたラクシャーサの顔が非常に蒼褪めていたのが印象的だった事は今でも覚えている。





(あれ、どういう意味だったのかしら?)
『シェリアザード、何やら物思いに耽っているようだが?』
(物思いっていう程大げさなものじゃないわ。ただ、人魚ってどんな姿をしているのかって想像していたの。地球では想像上の生き物だったけど、フィクスでは存在しているから見てみたいし、肉を食べたら本当に不老不死になるのかどうか知りたかっただけなのよ)
『・・・・・・・・・・・・』
レモン果汁がさっぱりとした味付けにしている鯖サンドを食べていたワタガシは、何か微妙な顔つきになっていた。
(ワタガシ・・・?私、何か変な事を言ったかしら?)
リューヴェリオンであれば人魚を見た事があるのかも知れないと思ったシェリアザードは、野菜をふんだんに使って作ったミネストローネを食べている先輩冒険者に聞いてみた。
「人魚・・・か。シェリアザード、お前は人魚に対してどんなイメージを抱いているか、聞いてもいいか?」
「えっ?・・・子供の頃に読んだ本の挿絵のように、魚の尾を持つ綺麗なお姉さんですけど──・・・?」
まさか、人魚の正体は綺麗なお姉さんではなく、お兄さん?!それとも、お婆さん?!
シェリアザードは、ベーコンなレタスで右側になりそうな華奢なお兄さんの人魚姿を想像してみる。
(・・・・・・案外いいかも知れない。人魚なお婆さんは──・・・。うん、己の精神衛生上の為にも想像しない方がいいわね)
「シ、シェリアザード?」
『・・・・・・・・・・・・』
顔をニヤつかせていたのかと思えば、顔から血の気が引いていったシェリアザードの姿に、ワタガシとリューヴェリオンも思わず得体の知れない何かと言えばいいのか、何か可哀想な子を見るような目つきになってしまっていた。
あ~っ・・・
「に、人魚についてだけど・・・話してもいいか?」
「よ、よろしくお願いします」
リューヴェリオンに声をかけられた事で我に返ったシェリアザードは続きを促す。
「まず、人魚というのは下半身が魚であるのは確かだが、上半身は美しい女性ではない。動物を噛み切る事が出来る鋭い歯を持つ雌の半魚人と言えばいいのか──・・・。上手く言い表せないが、怪物だと思ってくれればいい」
「そんな怪物がどうして美しい女性だと言われるようになったのでしょうか?」
「おそらくは歌声が原因の一つだ。あと、ローレライに限って言えば伝説通りに上半身は美しい女性の姿をしている事と、人魚の雄の上半身が美しい男性の姿をしているから、人魚の雌も美しい女性なのだという昔の人間達が抱いていた幻想が修正される事なく現代まで伝わってしまったのかもな」
(フィクスの人魚は、日本の人魚のように妖怪の一種だと思えばいいのかしら?)
シェリアザードは自分の中にあった人魚のイメージを修正していく。
「では、人魚の肉を食べたら不老不死になるというのは本当なのですか?」
「それが本当かどうか分からねぇな。ただ、これも人魚の雌が綺麗な乙女の姿をしていると言われているように、不老不死を願った古代の王に吹き込んだ誰かのホラが現代に間違った形で伝わってしまった可能性がある」
シェリアザードに人魚の事を教えながらミネストローネを食べ終えたリューヴェリオンがデザートのミルクレープに手を付けようとしたその時、キャラック船が大きく揺れだした。
「「!!」」
「ご、ご免なさい!!」
「大丈夫か?怪我は・・・ないみたいだな」
突然の揺れにバランスを崩してしまい倒れてしまったシェリアザードとワタガシを受け止めたリューヴェリオンは、彼女が無事である事に安堵の息を漏らす。
航路から外れて座礁してしまったのか
或いはリヴァイアサンやクラーケンのような海に棲む魔物に襲われているのか
前者であれば門外漢なので何も出来ないが、後者であれば倒すしかあるまい。
「何があったのかを確かめる!シェリアザード、俺を助けて欲しいからついて来てくれ!」
「わ、分かりました!」
外で何が起こっているのか分からないが、海の魔物が襲ってきたとしたら、リューヴェリオンが戦う事になるだろう。
ソロでドラゴンを倒せる実力者であっても、リューヴェリオンが無傷では済まないのは確かだ。
シェリアザードとワタガシは舵がある船尾へと向かうリューヴェリオンの後に続く。







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