竜王の番は竜王嫌い

白雪の雫

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⑭フィンスの森

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フィクスに存在する世界各国の宿屋では、主人が宿泊客の朝食と夕食の提供および希望する客に弁当を作るという事はしません。というより、そういうサービスがない。
但し、デゼールシュメイラ帝国には現代のホテルのように風呂とトイレが完備している料理を出してくれる宿屋があります。
その宿屋を利用できるのは商人だけです。旅人や冒険者は利用出来ません。
旅の途中で立ち寄った街や町村で酒を飲んだり料理を食べたい場合はバルに行くか、不味い携帯食や自分で用意した料理を宿屋で食べるという形です。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










「ここがフィンスの森。同じ森でもルミエルの森とは随分と印象が違うのね・・・」
多種多様で美味な異世界の料理とマイホームでの快適な暮らしを知ってしまったからなのか、途中で立ち寄った村のバルが出す食事の不味さと、自分達が泊まった宿屋の狭さとベッドの寝心地の悪さに不満を漏らすワタガシを宥めながら王都から歩く事十日
サファイアローズを採取する為、フィンスの森にやって来たシェリアザード。
ワタガシことハイリゲスエールングの棲み処とでもいうべきルミエルの森は清浄な気に覆われているという印象があるのに対し、フィンスの森は陽の光が差し込まぬ程に木々が鬱蒼と生い茂っているからなのか、或いは魔素の影響なのか、童話に出てきそうな悪い魔女が住んでいたり、志半ばで死んでしまった者達が幽霊となって彷徨っているというイメージが強い。
「フィンスの森には、魔素対策をしないで足を踏み入れた冒険者の死体が放置されていたりして・・・」
ここは日本ではないし、自殺の名所でもないからそんなはずないわよね~
何とかという樹海を思い浮かべてしまったのか、シェリアザードの声が僅かに震えている。
『確かにこの森には幾つもの死体が転がっているし、成仏出来ぬ死者の霊・・・ゴーストが彷徨っておるな』
「!!」





──・・・真夜中に目を覚ましてしまった僕の耳に足音が聞こえてきました
──・・・数分前にすれ違ったはずの二人が自分の前を歩いていたのです





ワタガシの一言に、自分が園宮 真珠だった時にTVやネットで目にした心霊関係の怖い話を思い出してしまったシェリアザードの顔から血の気が引いていく。
『まぁ、息をするように気功術を使っているそなたであればゴーストに取り憑かれる事はあるまい』
「・・・そ、そうなの?!気功術って体内に流れる気を自由自在に操る事で身体能力や自己治癒能力を高めるだけではなく、五十代の人が二十代にしか見えないという風にアンチエイジング効果があるだけじゃなかったの?」
園宮 真珠がシェリアザードとして転生するまでの百年の間にヴェルバルトから気功術を教わったが、どちらかといえば自衛の為であった。
気功術の思わぬ副産物を知ったシェリアザードは声を上げて驚く。
『確かに、気功術についてはシェリアザード、そなたの言う通りだ。だが、達人と言われるレベルになるとアンデット系に有効な光魔法で防御しなくても、常に己の身を護る為に纏っている気がゴーストやレイスを弾き返してしまうのだよ』
但し、気功術の達人が心霊スポットと言われる場所にいるだけで無自覚にゴーストやレイスといった実体を持たないアンデット系に喧嘩を売っていると同時に取り憑かれないように身を護る事が出来るだけであって、火魔法や光魔法の使い手のように倒す事は出来ないのだ。
シェリアザードが気功術について知らなかった点をワタガシが教える。
自分がフィンスの森を彷徨っている霊に取り憑かれる心配はないとワタガシに保障されて安堵したシェリアザードは、サファイアローズが咲く奥へと進む。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










(Dランクに位置づけられている魔物達が怯えているわ。流石、ハイリゲスエールング様・・・)
フィンスの森を彷徨っている低級のゴーストだけではなく、魔素に対する耐性を持った事で魔法を使えるまでに進化したアラクネーの上位種であるウイッチアラクネー、毒で弱らせた生物を糧とするポイズンキャタピラーに幼虫の餌として脊椎動物を襲うイビルキラービーといった虫系の魔物、鋭い牙と爪だけではなく火魔法を武器とする真紅色の毛並みが禍々しくも美しいと感じてしまうブラッディーウルフといった普段から森を徘徊している魔物が蜘蛛の子を散らしたように逃げて行く様に、胞子で精神を混乱させるデビルマッシュルームに種族としての特性であるが故に自由に動く事が出来ない人型の魔物である食人花アルラウネは自分より遥かに格上の存在に対する恐怖で身体を震わせている様に、シェリアザードはちょっとした感動を覚えていた。
(こういうのって人間やエルフより怪物や魔物の方が鋭く感じ取るのよね)
自分と一緒にサファイアローズが咲いている森の奥へと向かっている仔犬姿のワタガシは、神々の母にして冥界の女王であるエル、そして兄弟であるクレスメーアと同じく世界創造に関わり様々な種族を生み出した原初神だ。
当然、その力と神格は三柱から見て子供・孫・曾孫に当たる他の神々を圧倒するほど強大で比べ物にならない。
そのような存在を相手にタイマンを張ろうとする奴が存在するだろうか?
いや、いない。
(・・・グリフォンが棲んでいるターニス洞窟、キマイラが棲んでいるパラディースの樹海を徘徊している魔物達もワタガシに怯えるのでしょうね、きっと──・・・)
ワタガシをどこにでもワンちゃんとしか思っていない者、魔素の濃度が高い場所を棲み処にした事でラスボスクラスに進化してしまった魔物であれば喧嘩を売ってくるであろうが、圧倒的強者や相手が自分より格上の存在であるという事を本能で見抜くという点に関しては、人間・エルフ・ドワーフ・魔族と比べたら動物・怪物・魔物の方が確かである。
『シェリアザード、今回の依頼が終わったらターニス洞窟とパラディースの樹海に行きたいのか?』
「まさか!今の私はFランクよ。最低でもBランクにならないと行けない危険な場所に行けると思う?」
『我と一緒であれば行けぬ事はないぞ。それに、そなたは冒険者としてはFランクであるが、純粋に体術だけで見ればB若しくはAランク、魔法だけで見ればSランク冒険者と言っても差し支えがないぞ』
それだけの実力を持っていながら、何故、己のランクより高位のランクに位置づけられている依頼を受けなかったのだ?
今回の依頼は若者らしくはっちゃけたいと理由で納得したが、自分と出会う前の彼女がそれをしなかった理由を尋ねる。
「女は嫉妬深い。だけど、男は女より嫉妬深い生き物であるというのが大きな理由だといえば、ワタガシは納得してくれるかしら?」
『・・・・・・言われてみればそうだな。全ての種族の男と女がそうであるとは言わぬが、そなたの言うように己の卑小さを棚に上げて実力のある者に対して嫉妬を抱き陥れる者が存在しているのは確かだ』
ラノベでは、冒険者になって日の浅いチートな主人公が俺tueeeや私tueeeをやっちまった結果、ギルドマスターの権限でAランクやSランク冒険者にするというのを目にするが、幾ら主人公が規格外に強いとはいえ、人生の甘いと酸いも経験し人の上に立つに相応しい清濁併せ呑む器を持っているかどうかを知らないのに、そのような処置を取るのは個人的にどうかと思う。
目立たぬよう、だが、色々な経験を積んでいく形でランクアップしていくという地味で堅実な方法をシェリアザードは選んだだけだ。
『一つ聞いてもよいか?本領発揮して短期間で高ランク冒険者になったそなたを不信に思った冒険者共が因縁をつけてきたら、どうするつもりでいる?』
「その時はそいつ等を精神的に再起不能にするか、廃人にする」
『見事なまでの恐怖政治だな』
「そこは降りかかった火の粉を払うと言って欲しいわ」
そのような会話をしつつ薄暗い森を歩いて、どれくらいの時間が経ったであろうか。
「これが、本物の青い薔薇──・・・」





紺碧の海を思わせる鮮やかな青色
澄んだ湖を思わせる水面の色
月の光を思わせる白みを帯びている青色
星が輝く夜空を思わせる深みのある青色





春の柔らかく暖かな光が差し込む拓けたフィンスの森の奥には、今の地球では作り出せない多種多様の青い薔薇が咲いていた。
「ねぇ、ワタガシ。どれくらい摘めばいいかしら?」
森林の木を伐採し過ぎたら温暖化・生態系の破壊・砂漠化が進むように、依頼を受けたからといって摘み過ぎたらフィンスの森に棲む虫にどのような影響が出るのか見当がつかないシェリアザードはワタガシに尋ねる。
『サファイアローズやアクアマリンローズは魔素を糧にしているが故に生長が早い。・・・そうだな、そなたが金銭に困らぬ程度でよかろう』
「じゃあ──・・・」










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










シェリアザードがサファイアローズを摘んだのは百本。
銀貨五千枚───つまり金貨五十枚分だ。
「王都の冒険者ギルドで換金したら、ルミエルの森に行ってマイホームで大人用のお子様ランチ・・・夕食になるかも知れないからお子様プレートになるのかしら?を食べましょうね」
『大人用のお子様ランチ!?』
レッドシュリンプのフライにブラックカウとブラックピックの肉を使ったハンバーグ、油で揚げた皮付きのホワイトポテトにホワイトチキンの唐揚げ、とろとろの卵で包んだオムライス、グリーンレタスとイエローコーンのサラダ、イエローコーンで作った甘いスープ。そして、何と言ってもプリンをホイップクリームと果物で飾っているプリンアラモードという、見ているだけで楽しくなってしまう豪華なデザート──・・・。
( ̄¬ ̄*)
たった一度しか作ってくれなかった贅沢な料理を思い出してしまったワタガシの口から涎が垂れる。
「そう。今回の依頼で大金が入ってくるし、それにワタガシにはいつも助けて貰っているもの。そのお礼と日頃の感謝の意味も込め『シェリアザード、早く我の背に乗らぬか!!!』
「・・・・・・・・・・・・」
仔犬サイズから人一人を乗せる事が出来るサラブレッドくらいの大きさになって今すぐにでも王都に戻ろうとするワタガシを見たシェリアザードは思った。











神様って何だろう──・・・?





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