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第五章 Till Death Do Us Part ~死がふたりを分かつまで~
第五章 Till Death Do Us Part ~死がふたりを分かつまで~
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「ドゥカートはまだ見つからないのか!」
新国王がヤギを連れて帰ってきた副長を怒鳴りつけた。
「アタシだって、全国津々浦々、30の街全部、ヤギさんに連れられて探したんですよぅ。いろんなものが1シリングで売ってたり、宿屋とか辻馬車とかもすっごい安くなってて、道もきれいになってぇ。すごいんですよぅ、女の人が男みたいにズボンはいて馬にこうやってまたがって」
「そんなことはどうでもいい! なんだこれは」
「国王陛下に1シリングショップのおみやげっです!」
新国王が雑貨の入った袋を副長の顔めがけて投げつけた。
「せっかく王様のために買ってきたのにぃ」
副長が床に散らばった雑貨を拾う。
新国王は爪を噛んだ。兄の心を狂わす毒を盛った侍医が、行方不明になったのだ。
現場には大量の狼の足跡が残されていた。
数日後、地方を統治する30の貴族から連名で、新国王の侍医が兄王が狂った原因について証言した。ついては説明を求めるとよこしたのだ。
さらに、全国の徴税人が、新国王の正当性について重大な疑義があると税を納めることを停止すると通告してきていた。
ドゥカートが恋しかった。ドゥカートに抱かれたかった。
こんな時にドゥカートがいたら、絶対なんとかしてくれるのに。
「国王陛下、お耳に入れたき議が」
侍従長が新国王に耳打ちした。
「本当に、それは、右目に眼帯の色男と美少年だったんだな?」
謁見の間に通された太った男が汗びっしょりに証言した。
ドゥカートと逃げた狂王の子に違いない。
「きゃつめらは、おそれおおくも国王陛下直属の特別監察だと騙り、私の財産も部下も全て接収したうえに、他の徴税人も告発しろと」
ドゥカートたちが最初に襲った徴税人だ。
新国王が人差し指を立てた。
「徴税人たちの詰問士が来る予定だったな? いつだ」
「今日の午後すぎに聖堂で狂王の病について国王陛下直々に説明をして欲しいと」
新国王が指を振る。それだ! それが狂王の子とドゥカートに違いない。
「よく話してくれた。追って勲章をさずけよう。さがれ」
新国王が小躍りした。
「あのぅ、アタシはまた隊長探しですか」
「いや! 見つけた! ドゥカートが帰ってくるぞ!」
「嘘! 本当ですか! 隊長が! やったぁ」
「近衛隊! 聖堂へ向かうぞ! ついて来い!」
新国王に王子たちの行方を告発した元徴税人が王宮の階段をとぼとぼと降りてゆく。
「王子、ご武運を」
元徴税人がつぶやき、指をクロスさせて祈りをささげた。
新国王は、狂王の大理石の棺に腰掛けて、足をぶらぶらさせていた。
新しい国王の新しい近衛隊が、銀のスプーンやカトラリーを溶かして、銀の弾丸を作っている。
「どうして銀の弾なんて作っているんです?」
副長が不思議そうにたずねた。
「狼男を仕留めるには、それ相応の準備がいる」
「え、もしかしてこれで隊長を撃つんですか? そんなことしたら隊長が死んじゃう」
「用心に越したことはないからな」
「あ、ヤギさん待って!」
副長は、逃げ出したヤギを追って聖堂の外へ出た。
「隊長に知らせないと」
めえええ。副長は馬に飛び乗った。ヤギが先導するほうに走り始めた。
護衛の騎兵に先導され、六頭立ての馬車が進む。徴税人の紋章をつけた馬車だ。
見覚えのあるヤギを見かけて、ドゥカートは馬車を止めさせた。
「ジョセフィーヌじゃないか! どうしたんだ、こんなところに」
馬車からおりたドゥカートに、ヤギがうれしそうにじゃれついた。
「隊長! さがしたんですよ! アタシ、ヤギさんに連れられて隊長探して30の街、全部まわったんですよ! どこにいたんですか」
「すごいな、ジョセフィーヌ! よく俺の場所がわかったな」
ジョセフィーヌが頭をなでられ、うれしそうに目を細めた。
「たぶん、全部の街にいた。すれ違ったんだな」
「ええ~! 隊長もいらしたんですか? そうならそうと言ってくださればよかったのにぃ。 あ、そうだ! 隊長、聖堂には行っちゃダメです! 近衛隊、アタシたちのじゃない、王弟殿下の私兵あがりの新しい近衛隊が、銀の弾丸作って隊長のこと待ち構えてます」
馬車から王子が降りてきた。狂王の制服、かつてドゥカートが父である狂王にゆずった制服を身に着けていた。
「副長、王家の宮殿の絨毯がなにゆえに紅いか知っているか?」
「王子! 生きてらしたのですね!」
副長が息をのんだ。
「絨毯を紅く染める覚悟のある者だけが、王となるからだ。行くぞ」
「おまえは連れては行けない。待機してろ」
「そんなアタシも行きます! 隊長は、アタシをかばって王殺しの罪を」
ドゥカートが副長の髪の毛をくしゃくしゃにした。
「いつものように、待ってろ。俺はいつも必ず帰ってきたろ」
副長が涙ぐんだ。馬車が遠ざかってゆく。
「あ、ヤギさん! 待って!」
副長は、ヤギを追って駆け出した。
「ドゥカート! 探したんだぞ」
新国王がドゥカートを見て、身を起こした。聖堂の狂王の大理石の石棺の上に肘をついて横になっていたのだ。浮き彫りにされた狂王のデスマスクの鼻に花を差し込もうと遊んでいた。新国王が足をぶらぶらさせている、石棺がおかれた聖堂のひな壇に前列が片膝をつき、後列が立ち姿で近衛隊が歯輪銃を構えている。その数二十。
「叔父上、あなたが父を狂わせたのですね」
「ふふ、どうかな~。どうだったかな~。忘れちゃったな~。ドゥカートが帰ってきてくれたから、どうでもいいや。さみしかったんだよ、ドゥカート。早く、僕を抱きしめてよ」
「叔父上、父を狂わせた罪であなたを告発します」
「うるさいガキだな。おまえの死罪は決まってるんだよ。そのガキを撃て」
近衛隊の一人が王子に狙いを定める。
ドゥカートが剣を抜いた。
「二発目が装填できるとは思うなよ」
ドゥカートの眼光に気圧されて、近衛隊が顔を見合わせる。
「陛下、おそれながら申し上げます。我々は陛下の長い手です。聖堂を罪人の血で汚さずに、陛下に仇なす者を誅してごらんにみせます」
ジェサップだった。手にクッションを持っている。黒ずくめの傷病兵たちが、大勢出てきた。
「いいね! 一度、見たかったんだ。長い手。それにおまえたちユンカースはドゥカートと士官学校で一緒だったろ? ドゥカートは優しいからおまえたちを殺せないよね。仕方ないなぁ、残念だけどおまえたちに任せるよ。やれ」
新国王は手を叩いて喜んだ。
「ジェサップ」
「ドゥカート! おまえは、俺たちのあこがれだった。王都の戦いで、王子を守り、右目に皇太子の矢を受けた。おまえは、剣をかかげ、我と共に死ねやと叫んだ。シビレたよ」
「よせよ、照れるじゃないか」
傷病兵たちが近衛兵とドゥカートの間に割って入った。ずらっと並ぶ。片足のない者、腕のないもの。ささえあい、よろけながらゆっくりと整列してゆく。
「俺たちは家に帰っても、かかあは口もきかねえ。作ったおぼえのないガキは、昔の俺そっくりで見るのも嫌になる。なあ、ドゥカート。スティレットのチーズ食べたか。あれを喰って寝るとな。あの戦いで死んだ連中が出てくるんだ。みんな若くてな、女の手も握ったことのない童貞で、いつもシコッてばかりの猿で、どうしようもなくて。一歩もひかずに前を向いたまま最後の血の一滴まで戦って死んでいったあいつらがあのころのまま迎えにきてくれるんだ」
「よせ、やめろ」
「今日こそは、おまえにはかっこつけさせねえ。ユンカース!」
「Whoa!!」
ユンカース達が気合を入れた。
「ユンカースに!」
「二発目の弾は撃てない!」
ユンカース達が声を張り上げた。
「なぜなら」
「ユンカースの突撃は、再装填を許さないから!!」
「おまえら、やめろぉぉ」
黒ずくめの傷病兵たちが後を向いた。
「我と共に死ねや!」
クッションをかかげて、よろよろと進んでくる黒ずくめの傷病兵に恐怖して近衛隊が発砲した。柔らかい銀の弾丸が傷病兵の骨に当たってひろがり、内臓をぶちまけた。
狼が吠えた。再装填どころか、剣をぬくことすら許さなかった。新近衛隊は、血のり屑と成り果てた。血煙に狼男が立つ。
新国王がだが、薄笑いを浮かべるのを王子は見た。
視線の先、聖堂の二階の回廊に狙撃用の長銃を構える人影を見た。
「ドゥカート! 後!」
振り返ったドゥカートの目に、自分をかばって銀の弾丸を喰らった王子が映る。
一息に回廊に飛ぶ。狙撃手に悲鳴もあげさせなかった。首をくわえ、背骨を引き抜いた。
頭蓋を噛み砕く。
ドゥカートは王子をかかえあげた。腹を撃たれている。
「王子、王子。そうだ、針と糸、針と糸、俺がおれがいますぐ傷口をぬいつくろってあげますから」
針と糸を取り出す。狼男の鉤爪の指先では針をもてない。王子から血がながれてゆく。
ドゥカートは、腕を振り回した。
「隊長! 私にまかせて!」
副長がかけよってきた。ドゥカートから針を受取り、糸を通す。ヤギが心配そうに泣いた。
「ドゥカート、急いで僕から銀の弾丸を取り出せ。今すぐにだ」
ドゥカートは、おそるおそる自分の鉤爪をみた。
「早く!」
王子の傷口に鉤爪をさしこむ。王子が悲鳴を噛み殺す。
「やめるな。何があっても絶対に弾をぬけ」
鉤爪の先に玉が当たった。銀の弾丸がドゥカートの鉤爪を焼いた。
不死身の身体に久しく感じたことのない肉を焦がす痛みだ。
「国王陛下、僕を陛下の臣下にしてください。忠誠を誓わせて下さい。父のそばに僕を埋葬してください。王家の人間として葬って下さい」
王子の泣き叫ぶ声を、ほほに指を当て、新国王はうれしそうに笑みを浮かべた。
「どうしようかなぁ、ドゥカートが僕のものになるなら、許してあげなくもないけど、ああ、お腹の中身見えちゃってるねぇ。これは助からないなぁ」
「陛下。俺、陛下のものになります。だから、王子を王子を許してあげてください」
ドゥカートはやっとのことで王子から銀の弾丸を抜いた。
王子に見せる。
「ああ、ぬいちゃった。もう血がとまらないね。死んじゃうね。生意気な子だったけど認めてあげるよ。忠誠を誓うのを」
「ありがとうございます、叔父上。性格ワルのあんた絶対、僕の泣く顔見に来るって信じてたよ」
王子の袖から、仕掛けがはじけ、小さな銃が飛び出す。
王子の傷口をのぞきこんでいた新国王によけるひまはなかった。
喉に二発小さな弾丸がうちこまれる。
弾丸に仕込まれていた水銀がはじけ、新国王は喉から血をふきあげ、へたりこんだ。
「なにも、そんなに、怒らなくても、いい、だろ」
王子は、うすれゆく意識を必死に戻そうとした。
「神様、お願い、死がふたりを分かつまで」
王子の瞳から色が消えた。
「王子、王子」
ドゥカートが王子をかかえ、叫ぶ。
「王子」
「隊長。王子の傷が」
副長が王子の傷がふさがっていくのに気づいた。
「王を守ると誓い、王を殺したキングスレイヤーの呪い」
王子の身体がみるみる獣毛に包まれる。
狼たちの遠吠えがきこえてくる。
ドゥカートの腕の中で、新しい狼が産声をあげた。
完
新国王がヤギを連れて帰ってきた副長を怒鳴りつけた。
「アタシだって、全国津々浦々、30の街全部、ヤギさんに連れられて探したんですよぅ。いろんなものが1シリングで売ってたり、宿屋とか辻馬車とかもすっごい安くなってて、道もきれいになってぇ。すごいんですよぅ、女の人が男みたいにズボンはいて馬にこうやってまたがって」
「そんなことはどうでもいい! なんだこれは」
「国王陛下に1シリングショップのおみやげっです!」
新国王が雑貨の入った袋を副長の顔めがけて投げつけた。
「せっかく王様のために買ってきたのにぃ」
副長が床に散らばった雑貨を拾う。
新国王は爪を噛んだ。兄の心を狂わす毒を盛った侍医が、行方不明になったのだ。
現場には大量の狼の足跡が残されていた。
数日後、地方を統治する30の貴族から連名で、新国王の侍医が兄王が狂った原因について証言した。ついては説明を求めるとよこしたのだ。
さらに、全国の徴税人が、新国王の正当性について重大な疑義があると税を納めることを停止すると通告してきていた。
ドゥカートが恋しかった。ドゥカートに抱かれたかった。
こんな時にドゥカートがいたら、絶対なんとかしてくれるのに。
「国王陛下、お耳に入れたき議が」
侍従長が新国王に耳打ちした。
「本当に、それは、右目に眼帯の色男と美少年だったんだな?」
謁見の間に通された太った男が汗びっしょりに証言した。
ドゥカートと逃げた狂王の子に違いない。
「きゃつめらは、おそれおおくも国王陛下直属の特別監察だと騙り、私の財産も部下も全て接収したうえに、他の徴税人も告発しろと」
ドゥカートたちが最初に襲った徴税人だ。
新国王が人差し指を立てた。
「徴税人たちの詰問士が来る予定だったな? いつだ」
「今日の午後すぎに聖堂で狂王の病について国王陛下直々に説明をして欲しいと」
新国王が指を振る。それだ! それが狂王の子とドゥカートに違いない。
「よく話してくれた。追って勲章をさずけよう。さがれ」
新国王が小躍りした。
「あのぅ、アタシはまた隊長探しですか」
「いや! 見つけた! ドゥカートが帰ってくるぞ!」
「嘘! 本当ですか! 隊長が! やったぁ」
「近衛隊! 聖堂へ向かうぞ! ついて来い!」
新国王に王子たちの行方を告発した元徴税人が王宮の階段をとぼとぼと降りてゆく。
「王子、ご武運を」
元徴税人がつぶやき、指をクロスさせて祈りをささげた。
新国王は、狂王の大理石の棺に腰掛けて、足をぶらぶらさせていた。
新しい国王の新しい近衛隊が、銀のスプーンやカトラリーを溶かして、銀の弾丸を作っている。
「どうして銀の弾なんて作っているんです?」
副長が不思議そうにたずねた。
「狼男を仕留めるには、それ相応の準備がいる」
「え、もしかしてこれで隊長を撃つんですか? そんなことしたら隊長が死んじゃう」
「用心に越したことはないからな」
「あ、ヤギさん待って!」
副長は、逃げ出したヤギを追って聖堂の外へ出た。
「隊長に知らせないと」
めえええ。副長は馬に飛び乗った。ヤギが先導するほうに走り始めた。
護衛の騎兵に先導され、六頭立ての馬車が進む。徴税人の紋章をつけた馬車だ。
見覚えのあるヤギを見かけて、ドゥカートは馬車を止めさせた。
「ジョセフィーヌじゃないか! どうしたんだ、こんなところに」
馬車からおりたドゥカートに、ヤギがうれしそうにじゃれついた。
「隊長! さがしたんですよ! アタシ、ヤギさんに連れられて隊長探して30の街、全部まわったんですよ! どこにいたんですか」
「すごいな、ジョセフィーヌ! よく俺の場所がわかったな」
ジョセフィーヌが頭をなでられ、うれしそうに目を細めた。
「たぶん、全部の街にいた。すれ違ったんだな」
「ええ~! 隊長もいらしたんですか? そうならそうと言ってくださればよかったのにぃ。 あ、そうだ! 隊長、聖堂には行っちゃダメです! 近衛隊、アタシたちのじゃない、王弟殿下の私兵あがりの新しい近衛隊が、銀の弾丸作って隊長のこと待ち構えてます」
馬車から王子が降りてきた。狂王の制服、かつてドゥカートが父である狂王にゆずった制服を身に着けていた。
「副長、王家の宮殿の絨毯がなにゆえに紅いか知っているか?」
「王子! 生きてらしたのですね!」
副長が息をのんだ。
「絨毯を紅く染める覚悟のある者だけが、王となるからだ。行くぞ」
「おまえは連れては行けない。待機してろ」
「そんなアタシも行きます! 隊長は、アタシをかばって王殺しの罪を」
ドゥカートが副長の髪の毛をくしゃくしゃにした。
「いつものように、待ってろ。俺はいつも必ず帰ってきたろ」
副長が涙ぐんだ。馬車が遠ざかってゆく。
「あ、ヤギさん! 待って!」
副長は、ヤギを追って駆け出した。
「ドゥカート! 探したんだぞ」
新国王がドゥカートを見て、身を起こした。聖堂の狂王の大理石の石棺の上に肘をついて横になっていたのだ。浮き彫りにされた狂王のデスマスクの鼻に花を差し込もうと遊んでいた。新国王が足をぶらぶらさせている、石棺がおかれた聖堂のひな壇に前列が片膝をつき、後列が立ち姿で近衛隊が歯輪銃を構えている。その数二十。
「叔父上、あなたが父を狂わせたのですね」
「ふふ、どうかな~。どうだったかな~。忘れちゃったな~。ドゥカートが帰ってきてくれたから、どうでもいいや。さみしかったんだよ、ドゥカート。早く、僕を抱きしめてよ」
「叔父上、父を狂わせた罪であなたを告発します」
「うるさいガキだな。おまえの死罪は決まってるんだよ。そのガキを撃て」
近衛隊の一人が王子に狙いを定める。
ドゥカートが剣を抜いた。
「二発目が装填できるとは思うなよ」
ドゥカートの眼光に気圧されて、近衛隊が顔を見合わせる。
「陛下、おそれながら申し上げます。我々は陛下の長い手です。聖堂を罪人の血で汚さずに、陛下に仇なす者を誅してごらんにみせます」
ジェサップだった。手にクッションを持っている。黒ずくめの傷病兵たちが、大勢出てきた。
「いいね! 一度、見たかったんだ。長い手。それにおまえたちユンカースはドゥカートと士官学校で一緒だったろ? ドゥカートは優しいからおまえたちを殺せないよね。仕方ないなぁ、残念だけどおまえたちに任せるよ。やれ」
新国王は手を叩いて喜んだ。
「ジェサップ」
「ドゥカート! おまえは、俺たちのあこがれだった。王都の戦いで、王子を守り、右目に皇太子の矢を受けた。おまえは、剣をかかげ、我と共に死ねやと叫んだ。シビレたよ」
「よせよ、照れるじゃないか」
傷病兵たちが近衛兵とドゥカートの間に割って入った。ずらっと並ぶ。片足のない者、腕のないもの。ささえあい、よろけながらゆっくりと整列してゆく。
「俺たちは家に帰っても、かかあは口もきかねえ。作ったおぼえのないガキは、昔の俺そっくりで見るのも嫌になる。なあ、ドゥカート。スティレットのチーズ食べたか。あれを喰って寝るとな。あの戦いで死んだ連中が出てくるんだ。みんな若くてな、女の手も握ったことのない童貞で、いつもシコッてばかりの猿で、どうしようもなくて。一歩もひかずに前を向いたまま最後の血の一滴まで戦って死んでいったあいつらがあのころのまま迎えにきてくれるんだ」
「よせ、やめろ」
「今日こそは、おまえにはかっこつけさせねえ。ユンカース!」
「Whoa!!」
ユンカース達が気合を入れた。
「ユンカースに!」
「二発目の弾は撃てない!」
ユンカース達が声を張り上げた。
「なぜなら」
「ユンカースの突撃は、再装填を許さないから!!」
「おまえら、やめろぉぉ」
黒ずくめの傷病兵たちが後を向いた。
「我と共に死ねや!」
クッションをかかげて、よろよろと進んでくる黒ずくめの傷病兵に恐怖して近衛隊が発砲した。柔らかい銀の弾丸が傷病兵の骨に当たってひろがり、内臓をぶちまけた。
狼が吠えた。再装填どころか、剣をぬくことすら許さなかった。新近衛隊は、血のり屑と成り果てた。血煙に狼男が立つ。
新国王がだが、薄笑いを浮かべるのを王子は見た。
視線の先、聖堂の二階の回廊に狙撃用の長銃を構える人影を見た。
「ドゥカート! 後!」
振り返ったドゥカートの目に、自分をかばって銀の弾丸を喰らった王子が映る。
一息に回廊に飛ぶ。狙撃手に悲鳴もあげさせなかった。首をくわえ、背骨を引き抜いた。
頭蓋を噛み砕く。
ドゥカートは王子をかかえあげた。腹を撃たれている。
「王子、王子。そうだ、針と糸、針と糸、俺がおれがいますぐ傷口をぬいつくろってあげますから」
針と糸を取り出す。狼男の鉤爪の指先では針をもてない。王子から血がながれてゆく。
ドゥカートは、腕を振り回した。
「隊長! 私にまかせて!」
副長がかけよってきた。ドゥカートから針を受取り、糸を通す。ヤギが心配そうに泣いた。
「ドゥカート、急いで僕から銀の弾丸を取り出せ。今すぐにだ」
ドゥカートは、おそるおそる自分の鉤爪をみた。
「早く!」
王子の傷口に鉤爪をさしこむ。王子が悲鳴を噛み殺す。
「やめるな。何があっても絶対に弾をぬけ」
鉤爪の先に玉が当たった。銀の弾丸がドゥカートの鉤爪を焼いた。
不死身の身体に久しく感じたことのない肉を焦がす痛みだ。
「国王陛下、僕を陛下の臣下にしてください。忠誠を誓わせて下さい。父のそばに僕を埋葬してください。王家の人間として葬って下さい」
王子の泣き叫ぶ声を、ほほに指を当て、新国王はうれしそうに笑みを浮かべた。
「どうしようかなぁ、ドゥカートが僕のものになるなら、許してあげなくもないけど、ああ、お腹の中身見えちゃってるねぇ。これは助からないなぁ」
「陛下。俺、陛下のものになります。だから、王子を王子を許してあげてください」
ドゥカートはやっとのことで王子から銀の弾丸を抜いた。
王子に見せる。
「ああ、ぬいちゃった。もう血がとまらないね。死んじゃうね。生意気な子だったけど認めてあげるよ。忠誠を誓うのを」
「ありがとうございます、叔父上。性格ワルのあんた絶対、僕の泣く顔見に来るって信じてたよ」
王子の袖から、仕掛けがはじけ、小さな銃が飛び出す。
王子の傷口をのぞきこんでいた新国王によけるひまはなかった。
喉に二発小さな弾丸がうちこまれる。
弾丸に仕込まれていた水銀がはじけ、新国王は喉から血をふきあげ、へたりこんだ。
「なにも、そんなに、怒らなくても、いい、だろ」
王子は、うすれゆく意識を必死に戻そうとした。
「神様、お願い、死がふたりを分かつまで」
王子の瞳から色が消えた。
「王子、王子」
ドゥカートが王子をかかえ、叫ぶ。
「王子」
「隊長。王子の傷が」
副長が王子の傷がふさがっていくのに気づいた。
「王を守ると誓い、王を殺したキングスレイヤーの呪い」
王子の身体がみるみる獣毛に包まれる。
狼たちの遠吠えがきこえてくる。
ドゥカートの腕の中で、新しい狼が産声をあげた。
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