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石造りの町ラピス
24話【ほら、大丈夫】
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町の門が見えてきたところで、甲高い鳴き声が上空から響き渡る。
見上げると――横に広く伸びた翼を羽ばたかせ、細長い嘴のシルエットを持った何かが浮いている。
「翼竜……!? 何であんな飛び方してんだ」
ドゥラヤさんが目を見開きながら声を上げた。
「いつもは違うんですか?」
「何体か相手したことあるが……滑空ぐらいで、羽ばたいてるのは見たことない」
次に翼竜の嘴が開かれ、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「もう撃てるのか……!? まずい」
門の方へ再び駆け出す――が、魔法の発動の方が早かった。あちこちからまた石が突き出てくる。
強い振動とともに崩れ落ちる防壁、門――多くの人の悲鳴が、一帯に響く。
この恐怖、死にかけたあのとき以来だ……寧ろそれよりもずっと強い、畏怖。めまいが、する……あしもとが、ふらつく。
「しっかりしろ。何とかするから」
肩を強く掴まれ、遠退きかけた意識が戻ってくる。
大丈夫、まだ、大丈夫……。
「……はい」
「あいつが、もう少し降りてくれば……」
上空を睨みながら彼は、投擲によく使う柄の短い斧に手を添える。
すると今度は、空間がわずかに光った。
空を仰ぐと、翼竜の目前に雷撃が落ちる。
「アレインのも届かないのか」
今の雷は、アレインさんの魔法なのか。
翼竜は怒っているのか、先程よりも甲高い鳴き声を上げ、開かれた嘴から魔法陣が再び展開される。
「この速度……おかしいだろ」
ドゥラヤさんが辺りを警戒する。
逃げ場はない。広範囲をどこからでも攻撃してくる。
この町から離れられても、翼竜が追ってきたら意味がない。プレリー村へ連れてってしまうリスクもある。
次の攻撃が来る――と構えていたら、一帯が強い光に照らされた。
それが落ち着いてきたところでもう一度見上げると、翼竜の嘴の前に灰色がかった球のようなモノが形成されていた。
その球から射出された線状の光が地上へ散り、内ひとつが、凄まじいスピードでこちらへ向かってくる。
――反射的に、私はドゥラヤさんを突き飛ばしていた。
「リツ!」
「……あれ」
前方に倒れ込んだ私の身体は、なぜか倒れた際の衝撃以外、痛みを感じなかった。
おかしい。光が当たったと思うんだけど……不思議に思いながら顔を上げる。
私の頭上で青ざめた顔のドゥラヤさんが、ある一点を見ていた。
「お前、それ……」
震えながら彼が指差す先を、上半身を起こして見ると――左足のふくらはぎが、石化しはじめていた。
彼は膝をついて、小刻みに震えながら私を強く抱き締める。
「バカ! 何でかばったんだッ!!」
攻撃を受けたのは、私なのに。どうしてドゥラヤさんの方が錯乱しているんだろう。
さっきまで怖くて仕方なかったのに、いつの間にか抱いていた恐怖心は薄まっていた。一度攻撃に当たってしまうと、こうも振り切れるものなのか。
微笑みながら、彼の背中をトントンとたたく。
「大丈夫、ですから。痛くないし……ここにいたら危ないので、ドゥラヤさんは避難してください」
「……っ、なんでいつも、そうなんだよ」
「ほら、早く」
背中から手を離して、置いていくように促した。
だけど彼は、そのまま私を抱えて立ち上がってしまう。
「ドゥラヤさん! 私に構ってる場合じゃないでしょう!」
「うるさいッ!!」
彼は首を思いっきり横に振って、門があった場所とは逆方向へ走り出す。
私を抱えていたら、間違いなく速度が落ちる。
またあの光が降り注いだら……石が突き出てくる場合にしても、避けにくいはずだ。
私の存在で、足を引っ張ってはいけない。まして彼が死んでしまったら耐えられない。
でもそれ以上は、言えなかった。ドゥラヤさんが――泣いているから。
***
町から少し離れた所に位置する、丘の上の教会へ着いた。アレインさんが誘導していた場所だ。
教会の中には、すでに町の人たちがいた。みんな、疲れきっていて表情は暗い。
私の身体は……胸部まで、石化が進んでいる。
固まっていて椅子に座る姿勢をとれない私は、上半身を壁にもたれるように床の上へ下ろされた。
ドゥラヤさんは膝をつき、顔をうつむけている。そこからぽつぽつと、泪がこぼれ落ちていく。
「置いていくな、って……言った、のに」
「……黙っていなくなったり、してないですよ」
「屁理屈だ、そんなの……」
そうだよね。もしこれが石化の異常をきたす攻撃じゃなかったら、私はもう死んでいたはず。
こうして話すことは、できなかった。
いつも自分のことでいっぱいで、自分のことばかり考えて生きてきたのに。
彼を守れて、言葉を交わす時間までもらえたのは救いだったかもしれない。
手も動かなく、なってきた。
彼の泪を拭いたくても、できない。背中を撫でてあげたくても、もうできない。
せめて……最後まで、笑っていよう。笑顔を作るのは、得意だから。
「泣き虫、ですね」
「うるさい……」
「言い返せる元気があるなら、大丈夫ですよ」
きっと、大丈夫。彼は私が思っているよりも、ずっと強い。ちゃんと生き残れる。
これでよかったんだ……戦えない私が、無事でいたって仕方ない。
すべてを得ようなんて、贅沢だから。これで……間違ってない、はず。
石化が、首元まで侵食してくる。彼はまだ、泣いている。
……私はまだ、笑えているだろうか。
「ドゥラヤさん」
「……リ、ツ」
わずかに、ドゥラヤさんが顔を上げてくれた。
最後に私は精一杯の、笑みを浮かべる。
「ほら、大丈夫」
うまく、わらえて……いるかな……――。
■■■
リツが、石化した。完全に……動かなく、なった。
どうしよう、どうしよう。リツが、リツも――
――また、置いていかれる。
頭が痛い。吐き気が、する。気持ち悪い、きもちわるい……。
あの瞳が、睨んでくる……俺のせいだと、訴えて。
見上げると――横に広く伸びた翼を羽ばたかせ、細長い嘴のシルエットを持った何かが浮いている。
「翼竜……!? 何であんな飛び方してんだ」
ドゥラヤさんが目を見開きながら声を上げた。
「いつもは違うんですか?」
「何体か相手したことあるが……滑空ぐらいで、羽ばたいてるのは見たことない」
次に翼竜の嘴が開かれ、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「もう撃てるのか……!? まずい」
門の方へ再び駆け出す――が、魔法の発動の方が早かった。あちこちからまた石が突き出てくる。
強い振動とともに崩れ落ちる防壁、門――多くの人の悲鳴が、一帯に響く。
この恐怖、死にかけたあのとき以来だ……寧ろそれよりもずっと強い、畏怖。めまいが、する……あしもとが、ふらつく。
「しっかりしろ。何とかするから」
肩を強く掴まれ、遠退きかけた意識が戻ってくる。
大丈夫、まだ、大丈夫……。
「……はい」
「あいつが、もう少し降りてくれば……」
上空を睨みながら彼は、投擲によく使う柄の短い斧に手を添える。
すると今度は、空間がわずかに光った。
空を仰ぐと、翼竜の目前に雷撃が落ちる。
「アレインのも届かないのか」
今の雷は、アレインさんの魔法なのか。
翼竜は怒っているのか、先程よりも甲高い鳴き声を上げ、開かれた嘴から魔法陣が再び展開される。
「この速度……おかしいだろ」
ドゥラヤさんが辺りを警戒する。
逃げ場はない。広範囲をどこからでも攻撃してくる。
この町から離れられても、翼竜が追ってきたら意味がない。プレリー村へ連れてってしまうリスクもある。
次の攻撃が来る――と構えていたら、一帯が強い光に照らされた。
それが落ち着いてきたところでもう一度見上げると、翼竜の嘴の前に灰色がかった球のようなモノが形成されていた。
その球から射出された線状の光が地上へ散り、内ひとつが、凄まじいスピードでこちらへ向かってくる。
――反射的に、私はドゥラヤさんを突き飛ばしていた。
「リツ!」
「……あれ」
前方に倒れ込んだ私の身体は、なぜか倒れた際の衝撃以外、痛みを感じなかった。
おかしい。光が当たったと思うんだけど……不思議に思いながら顔を上げる。
私の頭上で青ざめた顔のドゥラヤさんが、ある一点を見ていた。
「お前、それ……」
震えながら彼が指差す先を、上半身を起こして見ると――左足のふくらはぎが、石化しはじめていた。
彼は膝をついて、小刻みに震えながら私を強く抱き締める。
「バカ! 何でかばったんだッ!!」
攻撃を受けたのは、私なのに。どうしてドゥラヤさんの方が錯乱しているんだろう。
さっきまで怖くて仕方なかったのに、いつの間にか抱いていた恐怖心は薄まっていた。一度攻撃に当たってしまうと、こうも振り切れるものなのか。
微笑みながら、彼の背中をトントンとたたく。
「大丈夫、ですから。痛くないし……ここにいたら危ないので、ドゥラヤさんは避難してください」
「……っ、なんでいつも、そうなんだよ」
「ほら、早く」
背中から手を離して、置いていくように促した。
だけど彼は、そのまま私を抱えて立ち上がってしまう。
「ドゥラヤさん! 私に構ってる場合じゃないでしょう!」
「うるさいッ!!」
彼は首を思いっきり横に振って、門があった場所とは逆方向へ走り出す。
私を抱えていたら、間違いなく速度が落ちる。
またあの光が降り注いだら……石が突き出てくる場合にしても、避けにくいはずだ。
私の存在で、足を引っ張ってはいけない。まして彼が死んでしまったら耐えられない。
でもそれ以上は、言えなかった。ドゥラヤさんが――泣いているから。
***
町から少し離れた所に位置する、丘の上の教会へ着いた。アレインさんが誘導していた場所だ。
教会の中には、すでに町の人たちがいた。みんな、疲れきっていて表情は暗い。
私の身体は……胸部まで、石化が進んでいる。
固まっていて椅子に座る姿勢をとれない私は、上半身を壁にもたれるように床の上へ下ろされた。
ドゥラヤさんは膝をつき、顔をうつむけている。そこからぽつぽつと、泪がこぼれ落ちていく。
「置いていくな、って……言った、のに」
「……黙っていなくなったり、してないですよ」
「屁理屈だ、そんなの……」
そうだよね。もしこれが石化の異常をきたす攻撃じゃなかったら、私はもう死んでいたはず。
こうして話すことは、できなかった。
いつも自分のことでいっぱいで、自分のことばかり考えて生きてきたのに。
彼を守れて、言葉を交わす時間までもらえたのは救いだったかもしれない。
手も動かなく、なってきた。
彼の泪を拭いたくても、できない。背中を撫でてあげたくても、もうできない。
せめて……最後まで、笑っていよう。笑顔を作るのは、得意だから。
「泣き虫、ですね」
「うるさい……」
「言い返せる元気があるなら、大丈夫ですよ」
きっと、大丈夫。彼は私が思っているよりも、ずっと強い。ちゃんと生き残れる。
これでよかったんだ……戦えない私が、無事でいたって仕方ない。
すべてを得ようなんて、贅沢だから。これで……間違ってない、はず。
石化が、首元まで侵食してくる。彼はまだ、泣いている。
……私はまだ、笑えているだろうか。
「ドゥラヤさん」
「……リ、ツ」
わずかに、ドゥラヤさんが顔を上げてくれた。
最後に私は精一杯の、笑みを浮かべる。
「ほら、大丈夫」
うまく、わらえて……いるかな……――。
■■■
リツが、石化した。完全に……動かなく、なった。
どうしよう、どうしよう。リツが、リツも――
――また、置いていかれる。
頭が痛い。吐き気が、する。気持ち悪い、きもちわるい……。
あの瞳が、睨んでくる……俺のせいだと、訴えて。
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