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転生編

2話【薬師ヴァルター】

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 疲労からかぐっすりと眠っていた私は、翌日お昼近くになってようやく目を覚ました。

 先程「あんまり寝てるとかえって具合悪くなるぞ」とヴァルターさんに起こしてもらえなかったら、いまだに寝ていたかもしれない。

 窓がないので外の光は入らない。だから今が日中だということは、部屋の中だとわからない。
 居間の壁には振り子時計が掛けられているけど、部屋にはそういった時間を確認できるものがなかった。

 ベッドからゆっくりと身を起こし、両腕を思いっきり上へ伸ばす。

 この部屋は、私が自由に使っていいと言われた。
 とはいえ私物は持っていないのだけど……とりあえず先に、身なりを整えよう。

 部屋の隅に置かれている姿見すがたみの前へ移動して、直面する現実に目を見張る。

 前と同じ、黒い髪に、黒い瞳。
 違うのはかつてショートヘアだったそれが、背中まで伸びていて、サラサラふわふわな髪になっていること。
 瞳も子供らしく、くりくりとしている。

 ――本当に、10歳ぐらいの子、なんだ。
 聞いていたとはいえ、実際に見てみると……信じられない出来事の、連続だ。

 この世のものとは思えない痛みを、確かに覚えている。
 あれは実際にあったはずだ。気持ちが落ち着けば落ち着くほど、鮮明に思い出せる。

 私はあのとき、死んだ。
 その際にこの子へ憑依してしまったのか、あるいはエレノアとしても実際に生きていて、その記憶だけがないのか――でもそこだけすっぽり抜け落ちて、前世の記憶だけが蘇るなんてこと、あるの……?

 普段と違う身体だと、違和感があったりするはず。
 鏡の前で全身を動かしたり、部屋の中をぐるっと歩きまわったりしてみる。

 ……何も感じないな。違和感が、ない。
 どうにかエレノアとしての記憶を取り戻したいけれど、そのことを考えると頭痛が……。

 ダメだ、全然わからない。
 溜息をついていると、トントンと洞穴の内壁ないへきをノックする音が聞こえた。

「エレノア、起きたか? 飯できたぞ」
「あ、はい。行きます」

 小走りに出入り口へ向かい、間仕切まじきりのカーテンを開ける。
 そこにダークグレーのシャツに群青ぐんじょう色のエプロンを掛けた、ヴァルターさんが立っていた。

 カフェの店員さんみたいで、似合ってるなぁ……ちょっと髪が跳ねすぎだけど。直らないのかな、あれ。

 隣の居間へ移動して、彼はかまどの上に置かれている鍋から汁物をすくいながら、私に尋ねる。

「調子どうだ?」

「昨日よりは、大丈夫です」と伝えると、私の前にそれが入った器を置いてくれた。

 飴色あめいろ。みじん切りにされた具材も入っている。タマネギスープかな。
 その隣には、香ばしい匂いを漂わせたパンが先に置かれていた。

「食い終わったら、城下の様子を見てくる。騒ぎになってる可能性も高いし、お前はここでじっとしてろ。ヤーデの森一帯は迷宮結界を張ってるから、この洞穴まで入ってこれる奴はほぼいない」
「……もし、誰かがきたら」
「オレの部屋に空箱がある。内側に文字がびっしり描かれてあるやつ。その中にこもってれば気配も消せる」

 スープを一口飲んでから、私は目を少し輝かせる。

「そんなにすごいものが、あるんですね」
「どっちかっつーと対ファントムの待ち伏せ用だから、生命体相手には普段使わないけどな」

 ファントムって何……生命体には使わないってことは、まさか死霊ってこと?
 ごくり、と固唾かたずむ。

「あの、いったい何を生業なりわいに……?」
薬師くすりし。あとは村人の手伝いとか。その中に、たまにファントム処理がある」

 なるほど、と頷く。
 結界についてはわからないけど……これから城下に行くって言うし、あまり聞いてばかりで時間を取ってしまうのも悪い。

◆◆◆

 森を出て坂を下り、街道沿いを1時間ほど歩くと、アロガズ城下町に到着した。
 検問が随分と並んでる……これは中に入るまで時間かかるな。

 ちらっと奥の方を覗くと、慌ただしく兵士が走りまわっている様子がうかがえた。
 どこかにオレの思い違いもあるかと思ったが、普段と異なる様子からして、あの子供は聖女で間違いなさそうだ。

 気は進まないが、ここを通ったら教会の方も覗いておくか。
 手持ちの本を読みながら順番を待った。

 ――それにしても、エレノアの薬指の呪紋。
 オレのと、同じだ。何であいつにあるんだ? 偶然、なのか。
 それとも……

 ……そんなこと、あるわけがない。
 ただのまじない、子供の遊びみたいなものだったんだ。オレのとは無関係なはず――


 思索にふけっていると、すぐ前方から低い声が耳に入る。
 いつの間にか列が進んでいたみたいだ。

「次――おお、ヴァルター殿」

 オレの顔を確認した途端、門番の顔がほころびる。
 それと同時にオレも――とびきりの笑顔を作った。

「こんにちは。お疲れ様です」

 声の調子も普段より、幾分いくぶんか上げる。

「お疲れ様です。今日も教会に薬を?」
「ええ」

 笑顔のまま頷くと、兵士は「どうぞ」とあっさりこの場を通してくれた。

 ――この程度を作るだけで済むんだから、ちょろいもんだ。
 王宮にいた頃はもっと色々メンドウだったが、庶民しょみんはそこまで神経使わなくていいから楽だな。
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