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転生編

1話【聖女エレノア】

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 青々とした緑から、鬱蒼うっそうとした日の差さない空間へと変わる。
 同じ場所でもこんなに変わるものなのかと、恐怖を抱かずにはいられなかった。

 ほの暗い森をその人がずっと進んでいくと、また陽が射し込まれてくる。

 それに安心感を覚えながら前方を見ると、その先は洞穴ほらあなだった。
 大人が3人くらいは同時に入れそうなほどの入り口の広さ。
 そこにつり下げられた布は、仕切り用のカーテンだろうか。

 すごい場所に住んでいるんだな――と思いながら入った中は意外と変哲へんてつもなく、変わっていることと言ったら窓がほとんどないことだけだ。
 唯一、かまどらしきものが配置されている上方じょうほうに、格子こうし窓がある。

 生活感にあふれているというか、何に使うのかよくわからない小物が、木製の大きな丸テーブルの上に散乱している。
 他の場所へ目を向けると、カゴからはみ出た衣服や大きな布が床に散らばっていた。

 ……片づけが苦手なんだろうか。

 空いている木の椅子に私を下ろした彼は、壁にいくつか掛けられているランタンのうち1つを手に取る。
 それから棚の中を探り始め、ガタガタと音を立て続けた。

 何か落としたのか「いてっ」と小さな悲鳴も併せて聞こえてくる。
 さっきまではしっかりしている印象があったけれど、そうでもないような、なんだか危なっかしくも見える。

 ようやく目当てのものが見つかったのか、黒い容器と生成きなり色のタオルを手に持った彼は、かまどの隣にある洗い場でタオルを濡らしてから、こちらへ戻ってきた。

「外傷は額と……そういや、指にもあったな」

 この不可思議な状況に気を取られていて気づかなかったけど、言われてみると確かに額が少しヒリヒリする。
 でも指は、特に痛みを感じない。

 身をかがめたその人が、濡れたタオルを私の額にそっと押し当てる。ピリッ、と痛みが走った。

「いっ……!」
「我慢」

 この傷、何なんだろう……自分では見えないけど、範囲が大きそう。木に強くぶつけたとか?
 それから彼は、容器から渋い緑色のクリーム状のものを指にとって額に塗る。軟膏、かな。

 次に私の左手をとり、薬指の方をじっと見つめる。
 そのまま微動だにしない。何か変なものでも、あったんだろうか。

「……これ、傷じゃない。アザ……いや」

 アザ――そういえば物心がついた頃から、左手の薬指の付け根辺りに、不思議な形状のアザのようなものがあった。
 両親に聞いてみても「わからない」と言われ、それ以上特に情報も得られず、それ自体小さいこともあってほとんど存在を忘れてしまっていた。

「かなり小さいけど……呪紋じゅもんっぽい」

 聞き間違いでなければ、今“呪紋”って言った……?

「じゅ、呪紋って……私、誰かに、呪われてるってこと……ですか」
「まぁ、そうだな。けど神術しんじゅつを扱える人間は、かなり限られて――」

 震え上がる。そんなに恨まれるような生き方を、私はしていたのか。
 多少は馬が合わないとか気に入らないとか思われることはあるだろうけど、呪うほどなの……?

 ぶつぶつと何か呟いていたその人が、不意に私を見上げる。
 すると頭へポンっと手を乗せられた。

「落ち着け。深呼吸」
「……すー……はー」

 言う通りに繰り返す。するとざわざわしていた神経が、静穏を取り戻し始めた。
 呼吸ひとつでこんなに変わるんだ……驚いた。

「まぁでも、身元はわかったな」
「この指の……?」
「いや、額の紋様もんよう。そっちは聖女のしるしだ」

 聖、女?
 さっきからもう、わけのわからない単語ばかりが飛び出てくる。

 この身体のことも不明瞭ふめいりょうだし、私の魂が聖女に入り込んだなんて可能性も、あるんだろうか。

「確か現聖女は、エレノア・ハイリーゲ。10歳かそこらだったはず」
「エレ、ノア……」

 横文字。日本名ではない。
 呪紋に聖女……なんだかまるで、ファンタジーな世界へ飛ばされたようにも感じる。

「自分の名前も忘れてるのか。教会に戻したところで、お役目をまっとうできるかも怪しいもんだ」
「お役、目……」

 ズキ、と頭部に痛みが走る。
 それは治まることなく、強くなっていく一方で。

 痛い、痛い……なんで、こんなに。

 両手で頭を抱え込む私のすぐ前方から、「大丈夫」と優しい声が届く。

「あんたの状態がよくなるまでは面倒見てやる。こうなった原因についても、探っといてやるから」
「……どう、して」
「子供は素直に、大人に頼っておけばいい。……国が聖女に頼りすぎなんだよ」

 そういうことか。この人は私を子供だと思っている。
 だからこんなに、優しいんだ。本当はそうじゃないって知ったら、捨てられてしまうんだろうか……。

 どのみち状況も全然わからないし、変に怪しまれるようなことは言わないでおこう。

「……おねがい、します」

 私の言葉に、彼はニッと子供っぽい明るさを含ませて笑む。

「オレはヴァルター。よろしく、エレノア」

 差し出された大きな手を、おずおずと握る。
 次第に安心感が、私の心に生まれてくる。頭の痛みも、徐々に引いてきている。

「よろしく、おねがいします」
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