98 / 99
第三章
微笑むお月さま(高雅視点)
しおりを挟む
ずっと家房とのことをひた隠し、怯えていた雅次が、こんなにも赤裸々に全てを曝け出して、俺を気持ちよくしようと躍起になっている。
だったら、雅次の言うとおり、俺はそんな雅次だけを見て、ひたすら溺れればいい。
それで、いいではないか。
今宵が最後なら、なおさら。そう思ったら――。
「んんっ? 兄上……ふ、ぅ。口吸いは、おやめ……ください。ん、ふ……先ほど、兄上の、咥えていたので、その……ぁ」
「構わん……ん。お前の全部で、俺を……気持ちよくしてくれ」
舌裏を舐め上げながら強請ると、口内でかすかに息を呑む気配がした。
しかし、すぐにきつく抱き締められて、
「兄上っ。好き……俺の、俺だけの兄上……ぁ、ん」
熱に浮かされたように言いながら、夢中で舌を絡めてきた。
そこからもう、お互い遠慮も羞恥も全て捨てた。
雅次は俺を貪り、気持ちよくするためなら何でもやったし、俺も与えられる愛撫は全て受け入れ、感じればみっともない声も上げた。
お互い無心で、ただただ悦楽だけを追った。そして、
「あ、ああ……兄上。ごめん、なさい。俺、もう……ふ、ぁ」
「そう、か。なら、一緒に……ぅ、くっ」
終わりが近づくと、ともに果てようと躍起になった。
射精は、ほぼ同時だったと思う。
これ以上ないほどに締めつけてきた雅次の裡で弾けた時、この世のものとは思えない悦楽が全身に広がり、一瞬……魂が溶けて消える錯覚さえ覚えた。
初めて味わった感覚に面食らっていると、
「今、兄上の魂が、俺の体に溶けたような心地がいたしました」
俺の腕の中で、雅次が夢うつつと言ったような表情でぽつりと言った。
……そうか。俺の魂は雅次に溶けたのか。
それならよかった。と、ひどく満ち足りた笑みを浮かべる雅次を見つめて思った。
そして、ようやく……悟った。
「やはり、無理だな」
「? 何がですか」
「『俺はやれるだけのことはやった。もう何も思い残すはない』と、笑顔で死んでいくことだ」
はっとしたように雅次が目を見開く。
俺は苦笑し、いまだ上気した頬に手を伸ばす。
「やれると思っていたし、それが一番いいことだと思っていた。一度しかない生涯だ。生き切らなくてどうする。それに、想いを残して死んでは、お前が余計に傷つくと」
「! 兄上……っ」
「でもな」
強張る頬を撫でる。愛おしげに。狂おしげに。
「この期に及んで、お前にしてやりたいこと、お前としたいことが、とめどなく溢れてくるんだよ」
「……っ」
「俺はそれを、悪いことだとも恥ずべきことだとも思わん。むしろ、当たり前だと思う。お前はこんなに可愛くて、いい男なんだから」
本心だ。心から、そう思う。
「だからな」
瞳を揺らす雅次に顔を近づけ、こう言った。
「来世でも、俺と兄弟になってくれぬか」
俺のその言葉に、雅次は瞠目した。
「……来、世?」
「ああ。また俺の弟に……いや、今度はお前が兄でもいい。それで……っ」
勢いよく抱きつかれた。
「まこと、ですか? 来世でも、俺の兄上になってくださる? 俺を、弟にしてくださるのですか?」
どうやら、雅次の中では俺が兄で、自分が弟というのは決定事項らしい。少しおかしかったが、それでも――。
「ああ。また、仲良うなろう。それで、今生でできなかったことをたくさんやろう……んんっ?」
性急に、唇に噛みつかれる。
「嬉しい……ん。兄上、嬉しゅうございます。ずっと、何度でも、未来永劫、俺の兄上でいてくださいませ……ふ、ぅ」
濃厚な口づけを仕掛けて来ながらそんなことを言う雅次に、俺は笑いながら応え、その身を抱き寄せた。
嬉しかった。
来世も……なんて、未練がましいだとか、荒唐無稽だと一蹴したりせず、今までで一番幸せそうな笑顔で喜んでくれて。
雅次は、俺と同じ気持ちでいてくれる。
これからも自分たちは兄弟で、ずっと一緒。
心からそう思えた時、とぷんと、心が満ちる音が聞こえた気がした。
もう一度体を繋げ、全身で雅次を感じると、それは溢れ出て――。
ふと思う。こんなことをするのなら、「来世は夫婦で」と言うほうが正しくないか? と。
少し考えたが、それでもやはり、雅次とは兄弟になりたいと思う。
同じ血が流れ、誰よりも身近で、力を合わせてともに御家を盛り立てていく運命共同体。
……うん。やはり、雅次とは兄弟がいい。
雅次と心ゆくまで抱き合い、迎えた人生最後の日は雲一つない蒼天だった。
何となく嬉しくて、馬に揺られながら見つめ続ける。
背後から殺気を感じても、気づいていない振りをした。
ひたすらに澄み切った深い蒼を見上げていると、これまでのことが泡沫のごとく頭に浮かび、弾けて消えていく。
誰にも相手にされず、独りぼっちで生きてきた頃のこと。
月丸が生まれて、俺の許に来てくれたこと。
月丸と二人ぼっちで生きた日々。喧嘩して、離れ離れになった時のこと。
郎党とともに戦場で殺し合いに明け暮れた日々。妻を娶り琴が生まれ、家庭を持ったこと。
月丸……雅次と再会し、時間をかけて仲直りして、これからはずっと一緒にいようと誓い合い、龍王丸が生まれ、ともに慈しんだこと。
雅次と同じ光を見、同じ夢を見て、その夢のために死んでいく――。
まるで、一夜の夢のよう。
そこはかとない儚さが胸に去来する。
けれど、蒼天を見上げていた目を転じてすぐ、山吹色の瞳と目が合うと、自然に笑みが浮く。
夢ではない。
俺の生は確かにあった。そして、この生を生き切った。
だからこそ、こんなに美しい山吹の瞳……「お月様」が目の前にある。
俺を愛おしげに見つめ返してくれる。
――俺がこの子を守って、いっぱいいっぱい可愛がってやるんだ! 今夜の満月のように、美しく光り輝くくらい。
――そしたらきっと、俺もあの空のように幸せになれる。
雅次が……月丸が生まれたあの日、幼心に感じた直感は間違っていなかった。
「月丸」
お前がいてくれて俺は幸せだ。だから、お前も……。
その言葉は、声にならなかった。
首筋にかつてない衝撃が走ったから。
視界がぐらりと揺れ、俺の意識はここで途切れた。
だったら、雅次の言うとおり、俺はそんな雅次だけを見て、ひたすら溺れればいい。
それで、いいではないか。
今宵が最後なら、なおさら。そう思ったら――。
「んんっ? 兄上……ふ、ぅ。口吸いは、おやめ……ください。ん、ふ……先ほど、兄上の、咥えていたので、その……ぁ」
「構わん……ん。お前の全部で、俺を……気持ちよくしてくれ」
舌裏を舐め上げながら強請ると、口内でかすかに息を呑む気配がした。
しかし、すぐにきつく抱き締められて、
「兄上っ。好き……俺の、俺だけの兄上……ぁ、ん」
熱に浮かされたように言いながら、夢中で舌を絡めてきた。
そこからもう、お互い遠慮も羞恥も全て捨てた。
雅次は俺を貪り、気持ちよくするためなら何でもやったし、俺も与えられる愛撫は全て受け入れ、感じればみっともない声も上げた。
お互い無心で、ただただ悦楽だけを追った。そして、
「あ、ああ……兄上。ごめん、なさい。俺、もう……ふ、ぁ」
「そう、か。なら、一緒に……ぅ、くっ」
終わりが近づくと、ともに果てようと躍起になった。
射精は、ほぼ同時だったと思う。
これ以上ないほどに締めつけてきた雅次の裡で弾けた時、この世のものとは思えない悦楽が全身に広がり、一瞬……魂が溶けて消える錯覚さえ覚えた。
初めて味わった感覚に面食らっていると、
「今、兄上の魂が、俺の体に溶けたような心地がいたしました」
俺の腕の中で、雅次が夢うつつと言ったような表情でぽつりと言った。
……そうか。俺の魂は雅次に溶けたのか。
それならよかった。と、ひどく満ち足りた笑みを浮かべる雅次を見つめて思った。
そして、ようやく……悟った。
「やはり、無理だな」
「? 何がですか」
「『俺はやれるだけのことはやった。もう何も思い残すはない』と、笑顔で死んでいくことだ」
はっとしたように雅次が目を見開く。
俺は苦笑し、いまだ上気した頬に手を伸ばす。
「やれると思っていたし、それが一番いいことだと思っていた。一度しかない生涯だ。生き切らなくてどうする。それに、想いを残して死んでは、お前が余計に傷つくと」
「! 兄上……っ」
「でもな」
強張る頬を撫でる。愛おしげに。狂おしげに。
「この期に及んで、お前にしてやりたいこと、お前としたいことが、とめどなく溢れてくるんだよ」
「……っ」
「俺はそれを、悪いことだとも恥ずべきことだとも思わん。むしろ、当たり前だと思う。お前はこんなに可愛くて、いい男なんだから」
本心だ。心から、そう思う。
「だからな」
瞳を揺らす雅次に顔を近づけ、こう言った。
「来世でも、俺と兄弟になってくれぬか」
俺のその言葉に、雅次は瞠目した。
「……来、世?」
「ああ。また俺の弟に……いや、今度はお前が兄でもいい。それで……っ」
勢いよく抱きつかれた。
「まこと、ですか? 来世でも、俺の兄上になってくださる? 俺を、弟にしてくださるのですか?」
どうやら、雅次の中では俺が兄で、自分が弟というのは決定事項らしい。少しおかしかったが、それでも――。
「ああ。また、仲良うなろう。それで、今生でできなかったことをたくさんやろう……んんっ?」
性急に、唇に噛みつかれる。
「嬉しい……ん。兄上、嬉しゅうございます。ずっと、何度でも、未来永劫、俺の兄上でいてくださいませ……ふ、ぅ」
濃厚な口づけを仕掛けて来ながらそんなことを言う雅次に、俺は笑いながら応え、その身を抱き寄せた。
嬉しかった。
来世も……なんて、未練がましいだとか、荒唐無稽だと一蹴したりせず、今までで一番幸せそうな笑顔で喜んでくれて。
雅次は、俺と同じ気持ちでいてくれる。
これからも自分たちは兄弟で、ずっと一緒。
心からそう思えた時、とぷんと、心が満ちる音が聞こえた気がした。
もう一度体を繋げ、全身で雅次を感じると、それは溢れ出て――。
ふと思う。こんなことをするのなら、「来世は夫婦で」と言うほうが正しくないか? と。
少し考えたが、それでもやはり、雅次とは兄弟になりたいと思う。
同じ血が流れ、誰よりも身近で、力を合わせてともに御家を盛り立てていく運命共同体。
……うん。やはり、雅次とは兄弟がいい。
雅次と心ゆくまで抱き合い、迎えた人生最後の日は雲一つない蒼天だった。
何となく嬉しくて、馬に揺られながら見つめ続ける。
背後から殺気を感じても、気づいていない振りをした。
ひたすらに澄み切った深い蒼を見上げていると、これまでのことが泡沫のごとく頭に浮かび、弾けて消えていく。
誰にも相手にされず、独りぼっちで生きてきた頃のこと。
月丸が生まれて、俺の許に来てくれたこと。
月丸と二人ぼっちで生きた日々。喧嘩して、離れ離れになった時のこと。
郎党とともに戦場で殺し合いに明け暮れた日々。妻を娶り琴が生まれ、家庭を持ったこと。
月丸……雅次と再会し、時間をかけて仲直りして、これからはずっと一緒にいようと誓い合い、龍王丸が生まれ、ともに慈しんだこと。
雅次と同じ光を見、同じ夢を見て、その夢のために死んでいく――。
まるで、一夜の夢のよう。
そこはかとない儚さが胸に去来する。
けれど、蒼天を見上げていた目を転じてすぐ、山吹色の瞳と目が合うと、自然に笑みが浮く。
夢ではない。
俺の生は確かにあった。そして、この生を生き切った。
だからこそ、こんなに美しい山吹の瞳……「お月様」が目の前にある。
俺を愛おしげに見つめ返してくれる。
――俺がこの子を守って、いっぱいいっぱい可愛がってやるんだ! 今夜の満月のように、美しく光り輝くくらい。
――そしたらきっと、俺もあの空のように幸せになれる。
雅次が……月丸が生まれたあの日、幼心に感じた直感は間違っていなかった。
「月丸」
お前がいてくれて俺は幸せだ。だから、お前も……。
その言葉は、声にならなかった。
首筋にかつてない衝撃が走ったから。
視界がぐらりと揺れ、俺の意識はここで途切れた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
つのつきの子は龍神の妻となる
白湯すい
BL
龍(人外)×片角の人間のBL。ハピエン/愛され/エロは気持ちだけ/ほのぼのスローライフ系の会話劇です。
毎週火曜・土曜の18時更新
――――――――――――――
とある東の小国に、ふたりの男児が産まれた。子はその国の皇子となる子どもだった。その時代、双子が産まれることは縁起の悪いこととされていた。そのうえ、先に生まれた兄の額には一本の角が生えていたのだった……『つのつき』と呼ばれ王宮に閉じ込められて生きてきた異形の子は、成人になると同時に国を守る龍神の元へ嫁ぐこととなる。その先で待つ未来とは?
巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。
はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。
騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!!
***********
異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。
イケメン(複数)×平凡?
全年齢対象、すごく健全
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる