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第三章

微笑むお月さま(高雅視点)

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 ずっと家房とのことをひた隠し、怯えていた雅次が、こんなにも赤裸々に全てを曝け出して、俺を気持ちよくしようと躍起になっている。

 だったら、雅次の言うとおり、俺はそんな雅次だけを見て、ひたすら溺れればいい。

 それで、いいではないか。
 今宵が最後なら、なおさら。そう思ったら――。

「んんっ? 兄上……ふ、ぅ。口吸いは、おやめ……ください。ん、ふ……先ほど、兄上の、咥えていたので、その……ぁ」

「構わん……ん。お前の全部で、俺を……気持ちよくしてくれ」
 舌裏を舐め上げながら強請ると、口内でかすかに息を呑む気配がした。

 しかし、すぐにきつく抱き締められて、

「兄上っ。好き……俺の、俺だけの兄上……ぁ、ん」
 熱に浮かされたように言いながら、夢中で舌を絡めてきた。

 そこからもう、お互い遠慮も羞恥も全て捨てた。

 雅次は俺を貪り、気持ちよくするためなら何でもやったし、俺も与えられる愛撫は全て受け入れ、感じればみっともない声も上げた。

 お互い無心で、ただただ悦楽だけを追った。そして、

「あ、ああ……兄上。ごめん、なさい。俺、もう……ふ、ぁ」

「そう、か。なら、一緒に……ぅ、くっ」
 終わりが近づくと、ともに果てようと躍起になった。

 射精は、ほぼ同時だったと思う。

 これ以上ないほどに締めつけてきた雅次の裡で弾けた時、この世のものとは思えない悦楽が全身に広がり、一瞬……魂が溶けて消える錯覚さえ覚えた。

 初めて味わった感覚に面食らっていると、

「今、
 俺の腕の中で、雅次が夢うつつと言ったような表情でぽつりと言った。

 ……そうか。

 それならよかった。と、ひどく満ち足りた笑みを浮かべる雅次を見つめて思った。
 そして、ようやく……

「やはり、無理だな」

「? 何がですか」



 はっとしたように雅次が目を見開く。
 俺は苦笑し、いまだ上気した頬に手を伸ばす。

「やれると思っていたし、それが一番いいことだと思っていた。一度しかない生涯だ。生き切らなくてどうする。それに、想いを残して死んでは、お前が余計に傷つくと」

「! 兄上……っ」

「でもな」
 強張る頬を撫でる。愛おしげに。狂おしげに。

「この期に及んで、お前にしてやりたいこと、お前としたいことが、とめどなく溢れてくるんだよ」

「……っ」

「俺はそれを、悪いことだとも恥ずべきことだとも思わん。むしろ、当たり前だと思う。お前はこんなに可愛くて、いい男なんだから」
 本心だ。心から、そう思う。

「だからな」
 瞳を揺らす雅次に顔を近づけ、こう言った。



 俺のその言葉に、雅次は瞠目した。

「……来、世?」

「ああ。また俺の弟に……いや、今度はお前が兄でもいい。それで……っ」
 勢いよく抱きつかれた。

「まこと、ですか? 来世でも、俺の兄上になってくださる? 俺を、弟にしてくださるのですか?」

 どうやら、雅次の中では俺が兄で、自分が弟というのは決定事項らしい。少しおかしかったが、それでも――。

「ああ。また、仲良うなろう。それで、今生でできなかったことをたくさんやろう……んんっ?」

 性急に、唇に噛みつかれる。

「嬉しい……ん。兄上、嬉しゅうございます。ずっと、何度でも、未来永劫、俺の兄上でいてくださいませ……ふ、ぅ」

 濃厚な口づけを仕掛けて来ながらそんなことを言う雅次に、俺は笑いながら応え、その身を抱き寄せた。

 嬉しかった。
 来世も……なんて、未練がましいだとか、荒唐無稽だと一蹴したりせず、今までで一番幸せそうな笑顔で喜んでくれて。

 雅次は、俺と同じ気持ちでいてくれる。
 これからも自分たちは兄弟で、ずっと一緒。

 心からそう思えた時、とぷんと、心が満ちる音が聞こえた気がした。

 もう一度体を繋げ、全身で雅次を感じると、それは溢れ出て――。

 ふと思う。こんなことをするのなら、「来世は夫婦で」と言うほうが正しくないか? と。

 少し考えたが、それでもやはり、雅次とは兄弟になりたいと思う。

 同じ血が流れ、誰よりも身近で、力を合わせてともに御家を盛り立てていく運命共同体。
 ……うん。やはり、雅次とは兄弟がいい。








 雅次と心ゆくまで抱き合い、迎えた人生最後の日は雲一つない蒼天だった。
 何となく嬉しくて、馬に揺られながら見つめ続ける。

 背後から殺気を感じても、気づいていない振りをした。

 ひたすらに澄み切った深い蒼を見上げていると、これまでのことが泡沫のごとく頭に浮かび、弾けて消えていく。

 誰にも相手にされず、独りぼっちで生きてきた頃のこと。

 月丸が生まれて、俺の許に来てくれたこと。

 月丸と二人ぼっちで生きた日々。喧嘩して、離れ離れになった時のこと。

 郎党とともに戦場で殺し合いに明け暮れた日々。妻を娶り琴が生まれ、家庭を持ったこと。

 月丸……雅次と再会し、時間をかけて仲直りして、これからはずっと一緒にいようと誓い合い、龍王丸が生まれ、ともに慈しんだこと。

 雅次と同じ光を見、同じ夢を見て、その夢のために死んでいく――。

 まるで、一夜の夢のよう。
 そこはかとない儚さが胸に去来する。

 けれど、蒼天を見上げていた目を転じてすぐ、山吹色の瞳と目が合うと、自然に笑みが浮く。

 夢ではない。
 俺の生は確かにあった。そして、この生を生き切った。

 だからこそ、こんなに美しい山吹の瞳……「お月様」が目の前にある。
 俺を愛おしげに見つめ返してくれる。

 ――俺がこの子を守って、いっぱいいっぱい可愛がってやるんだ! 今夜の満月のように、美しく光り輝くくらい。

 ――そしたらきっと、俺もあの空のように幸せになれる。

 雅次が……月丸が生まれたあの日、幼心に感じた直感は間違っていなかった。

「月丸」
 お前がいてくれて俺は幸せだ。だから、お前も……。

 その言葉は、声にならなかった。

 首筋にかつてない衝撃が走ったから。

 視界がぐらりと揺れ、俺の意識はここで途切れた。

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