上 下
53 / 99
第三章

お見舞い(雅次視点)

しおりを挟む
 龍王丸の大好きな父上を夢の中とはいえ穢してしまった……兄上が龍王丸たちを捨てて俺だけを選んでくれたことを喜んでしまった罪悪感が膨れ上がる。

「わあ、叔父上だあ。叔父上ええ」

 顔を輝かせ、ちょろちょろと駆け寄ってきたかと思うと、何の躊躇いもなく俺の胸に飛び込んでくる龍王丸を、とっさに受け止める。

 同時に、強烈な自己嫌悪で全身が竦む。
 こんなにも薄汚い自分が、こんなにも綺麗で愛らしい龍王丸に触れてしまったと。

「叔父上どうしたの? もしかして、まだお風邪治ってないの? だめだよ! お風邪治ってないのにお外出ちゃ。お家に帰ってねんねしないと」

「っ……いや、いいんだ。大丈夫だよ。ありがとう」

 とっさに断る。
 今、あの女がいる家に帰りたくない。

「本当に? お熱ないの? お顔の色悪いよ?」

 心配そうに、俺の額に自分の額を押し当ててしきりに訊いてくる。
 その優しさに胸が圧し潰されそうになる。

「本当に、大丈夫だから。ところで、こんなところで、しかも一人で何をしていたんだ?」

「一人? 一人じゃないよ! 今度はちゃんとお供を連れて……あれ? いない。皆、いつもどこに行っちゃうんだろうねえ」

 どうやら、またお供を振り切る勢いで駆けてきたらしい。
 いつもなら、「龍王丸は本当に足が速いな」と褒めてやるところだが、今はそれどころではない。

「そう、か。それで、どこへ行くつもりだったんだ? 何か用事があるんだろう?」

「用事? あ、そうだ。大切なご用事があったの!」

「そうか。だったら、早く行かないと……っ」
 一刻も早く龍王丸から離れたくてそう言ったのだが、

「じゃーん! 叔父上のお見舞いに来ましたあ」

 抱えていた風呂敷包みから、色とりどりの折り紙で折られた花を取り出し、龍王丸が得意げにそう言うものだから、俺は目を丸くした。

「お見舞いって……それに、これは」

「うん、叔父上がずっとお風邪を引いてるって聞いたから、おれ、お見舞いに行こうって思ったの。叔父上に早く元気になってほしくって」

「……っ」

「姉上もね、すごく心配してたよ? それでね、折り紙を折ろうって言ってくれたの。お見舞いにはお花がいいけど、本物のお花だと持ってく間に萎れちゃうからって」

「こ、琴殿が?」
 思わず訊き返した。

 琴は俺のことを嫌っていると思っていた。

 赤ん坊の頃はとてもよく懐いてくれていたが、龍王丸が生まれたあたりからか? 突然「まーぐ嫌い!」と言って、寄り付かなくなってしまった。

 今では、目が合っただけで悲鳴を上げて逃げていくし。

 俺は何かまずいことをしたのだろうか?
 皆目見当がつかず何度か兄上や義姉に尋ねてみたことがあるが、二人とも「さあ」と苦笑するばかりで埒が明かず。
 そんな状態だというのに、琴が俺の心配? と、首を捻っていると、

「うん。姉上、叔父上のこと大好きだもん」
 さらりと返された言葉に目を丸くした。

「そう、なのか? いや、それはないだろう。好きなら、目が合っただけで悲鳴を上げて逃げていくことは」

「恥ずかしいんだって」
「恥ずかしい? なにゆえ?」

「うん。おれも分からなくって訊いたの。そしたら『ばか』って思い切り叩かれて。訳分かんない!」

 確かに、訳が分からない。けれど。

「さっきもね。姉上も一緒に行こうって言ったんだけど、恥ずかしいからいいって。何が恥ずかしいんだろうねえ? おれが折ったのより、姉上のがずっときれいで上手なのに……あ。でもおれ、『叔父上が早く元気になりますように』って、いっぱいお願いしながら折ったからね……っ」

 よれよれでくしゃくしゃの折り紙を差し出して胸を張る龍王丸を、俺は思わず抱き締めていた。

 ああ。どうして、この子はこんなに……抱き締めずにはいられないほどに可愛いのだろう。

 この子を傷つけ、悲しませることなんて絶対にできない。

 ……殺さなければ。
 家房に植え付けられた、この浅ましい欲情は必ずや殺してみせる。何が何でも!

 つい先ほどまで、どう振り払おうとしても消せない兄上への肉欲に途方に暮れていたくせに、力の限りそう思っていると、

「叔父上、元気じゃなきゃやだよ。いつも元気でいてね」
 とても真剣な顔でそう言って、小さな体でぎゅっと抱きしめられた。

 愛おしさで胸が潰れるかと思って……今更気がつく。
 自分はここ数日の間、龍王丸と琴にたくさん心配させてしまっていたのだと。

 こんな幼子でさえ、ここまで心配したのだ。だったら――。

「父上もね、言ってたよ。叔父上にはいつも元気でいてほしいのに、お風邪を引いて心配って」
 今まさに思っていたことを口にされてどきりとした。

 兄上は、俺がずっと出仕しなかったことをどう思っているだろう。

 俺が赤ん坊の頃から世話を焼いていたせいか、ただでさえ過保護気味なのに、家房のことがあった上に、別れ際も変な態度を取ってしまったから、あれこれ考え込んでしまっているのではないか。

 だから、俺がずる休みを続けても何も言ってこない……。



「……え」
 何の気なしに続けられたその言葉に、思わず声が漏れた。

「父上……お爺様から、兄上に呼び出しがあったのか? いつ」

「うん? うんとね。父上がお城へ行ってから夜が一、二回来たから、二日かな?」

「二日っ? 二日も帰って来ないのか」
 いよいよ声を荒げる俺に、龍王丸は目を丸くしたが、すぐにくしゃりと顔を歪めて俯いた。

「うん、そうなの。父上、ずっと帰って来ないの。おれ寂しくって母上たちに訊いてみたんだけど誰も知らないし、作左は父上にお使い頼まれてお留守だし、何の御用だろうね?」

 二日前といえば、家房の一件の翌日だ。

 家房絡みとしか思えない。しかも、行ったきり帰って来ない上に、いつも兄上の動向を逐一知らせてくれる作左は不在。

 ああ、俺はなんて馬鹿なことをしたんだ。

 家房が兄上のことを異常に気に入ったことは勿論、父は家房のご機嫌取りのためなら平気で我が子を差し出す屑だと嫌というほど思い知らされていたのに、その後の家房の動向も父の動向も一切窺いもしなかった。

 どうしよう。兄上に何かあったら、俺は……俺はっ。

 激しい焦燥で吐き気がしたその時。あたりに鋭い金属音が響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初めてなのに中イキの仕方を教え込まれる話

Laxia
BL
恋人との初めてのセックスで、媚薬を使われて中イキを教え混まれる話です。らぶらぶです。今回は1話完結ではなく、何話か連載します! R-18の長編BLも書いてますので、そちらも見て頂けるとめちゃくちゃ嬉しいですしやる気が増し増しになります!!

兄の恋人(♂)が淫乱ビッチすぎる

すりこぎ
BL
受験生の直志の悩みは、自室での勉強に集中できないこと。原因は、隣室から聞こえてくる兄とその交際相手(男)のセックスが気になって仕方ないからだ。今日も今日とて勉強そっちのけで、彼らをオカズにせっせと自慰に励んでいたのだが―― ※過去にpixivに掲載した作品です。タイトル、本文は一部変更、修正しています。

いつも余裕そうな先輩をグズグズに啼かせてみたい

作者
BL
2個上の余裕たっぷりの裾野先輩をぐちゃぐちゃに犯したい山井という雄味たっぷり後輩くんの話です。所構わず喘ぎまくってます。 BLなので注意!! 初投稿なので拙いです

公私混同、ご注意ください。

餡玉(あんたま)
BL
大きなプレゼンを控えた篠崎 真(25・受)。気弱かつプレッシャーにも弱い篠崎は、ここ最近ずっと何かに追われる夢を見つづけていて、胃の痛まない日がない。仕事のプレッシャーだけではない。同じ部のイケメン先輩社員・大城から感じる圧もまた、篠崎の胃を痛める一因で……。 一方、クールで厳しい先輩の顔を見せている大城亮一(28)だが、実は篠崎真に惚れている。同じ職場で気まずくなることを避けるため、鋼の意志をもって篠崎を厳しく育ててきたが、本当は篠崎が可愛くて仕方がない。そして件のプレゼンが無事に終わり、ひと段落ついた頃、篠崎が「一緒に大阪出張しませんか?」と持ちかけてきて……!? ◇ライト文芸に投稿した超健全な短編に攻め視点を加え、BLにしております ◇攻め視点多め。受けと攻めの視点がランダムに交代します ◇他サイトにも掲載 ◇9/28完結予定

JKと(R-18)

量産型774
恋愛
サボリーマンの俺と ひょんな事から知り合ったJKとの爛れた関係。

クソ雑魚新人ウエイターを調教しよう

十鳥ゆげ
BL
カフェ「ピアニッシモ」の新人アルバイト・大津少年は、どんくさく、これまで様々なミスをしてきた。 一度はアイスコーヒーを常連さんの頭からぶちまけたこともある。 今ようやく言えるようになったのは「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」のみ。 そんな中、常連の柳さん、他ならぬ、大津が頭からアイスコーヒーをぶちまけた常連客がやってくる。 以前大津と柳さんは映画談義で盛り上がったので、二人でオールで映画鑑賞をしようと誘われる。 マスターの許可も取り、「合意の誘拐」として柳さんの部屋について行く大津くんであったが……?

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

短編まとめ

あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。 基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。

処理中です...