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第三章
お見舞い(雅次視点)
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龍王丸の大好きな父上を夢の中とはいえ穢してしまった……兄上が龍王丸たちを捨てて俺だけを選んでくれたことを喜んでしまった罪悪感が膨れ上がる。
「わあ、叔父上だあ。叔父上ええ」
顔を輝かせ、ちょろちょろと駆け寄ってきたかと思うと、何の躊躇いもなく俺の胸に飛び込んでくる龍王丸を、とっさに受け止める。
同時に、強烈な自己嫌悪で全身が竦む。
こんなにも薄汚い自分が、こんなにも綺麗で愛らしい龍王丸に触れてしまったと。
「叔父上どうしたの? もしかして、まだお風邪治ってないの? だめだよ! お風邪治ってないのにお外出ちゃ。お家に帰ってねんねしないと」
「っ……いや、いいんだ。大丈夫だよ。ありがとう」
とっさに断る。
今、あの女がいる家に帰りたくない。
「本当に? お熱ないの? お顔の色悪いよ?」
心配そうに、俺の額に自分の額を押し当ててしきりに訊いてくる。
その優しさに胸が圧し潰されそうになる。
「本当に、大丈夫だから。ところで、こんなところで、しかも一人で何をしていたんだ?」
「一人? 一人じゃないよ! 今度はちゃんとお供を連れて……あれ? いない。皆、いつもどこに行っちゃうんだろうねえ」
どうやら、またお供を振り切る勢いで駆けてきたらしい。
いつもなら、「龍王丸は本当に足が速いな」と褒めてやるところだが、今はそれどころではない。
「そう、か。それで、どこへ行くつもりだったんだ? 何か用事があるんだろう?」
「用事? あ、そうだ。大切なご用事があったの!」
「そうか。だったら、早く行かないと……っ」
一刻も早く龍王丸から離れたくてそう言ったのだが、
「じゃーん! 叔父上のお見舞いに来ましたあ」
抱えていた風呂敷包みから、色とりどりの折り紙で折られた花を取り出し、龍王丸が得意げにそう言うものだから、俺は目を丸くした。
「お見舞いって……それに、これは」
「うん、叔父上がずっとお風邪を引いてるって聞いたから、おれ、お見舞いに行こうって思ったの。叔父上に早く元気になってほしくって」
「……っ」
「姉上もね、すごく心配してたよ? それでね、折り紙を折ろうって言ってくれたの。お見舞いにはお花がいいけど、本物のお花だと持ってく間に萎れちゃうからって」
「こ、琴殿が?」
思わず訊き返した。
琴は俺のことを嫌っていると思っていた。
赤ん坊の頃はとてもよく懐いてくれていたが、龍王丸が生まれたあたりからか? 突然「まーぐ嫌い!」と言って、寄り付かなくなってしまった。
今では、目が合っただけで悲鳴を上げて逃げていくし。
俺は何かまずいことをしたのだろうか?
皆目見当がつかず何度か兄上や義姉に尋ねてみたことがあるが、二人とも「さあ」と苦笑するばかりで埒が明かず。
そんな状態だというのに、琴が俺の心配? と、首を捻っていると、
「うん。姉上、叔父上のこと大好きだもん」
さらりと返された言葉に目を丸くした。
「そう、なのか? いや、それはないだろう。好きなら、目が合っただけで悲鳴を上げて逃げていくことは」
「恥ずかしいんだって」
「恥ずかしい? なにゆえ?」
「うん。おれも分からなくって訊いたの。そしたら『ばか』って思い切り叩かれて。訳分かんない!」
確かに、訳が分からない。けれど。
「さっきもね。姉上も一緒に行こうって言ったんだけど、恥ずかしいからいいって。何が恥ずかしいんだろうねえ? おれが折ったのより、姉上のがずっときれいで上手なのに……あ。でもおれ、『叔父上が早く元気になりますように』って、いっぱいお願いしながら折ったからね……っ」
よれよれでくしゃくしゃの折り紙を差し出して胸を張る龍王丸を、俺は思わず抱き締めていた。
ああ。どうして、この子はこんなに……抱き締めずにはいられないほどに可愛いのだろう。
この子を傷つけ、悲しませることなんて絶対にできない。
……殺さなければ。
家房に植え付けられた、この浅ましい欲情は必ずや殺してみせる。何が何でも!
つい先ほどまで、どう振り払おうとしても消せない兄上への肉欲に途方に暮れていたくせに、力の限りそう思っていると、
「叔父上、元気じゃなきゃやだよ。いつも元気でいてね」
とても真剣な顔でそう言って、小さな体でぎゅっと抱きしめられた。
愛おしさで胸が潰れるかと思って……今更気がつく。
自分はここ数日の間、龍王丸と琴にたくさん心配させてしまっていたのだと。
こんな幼子でさえ、ここまで心配したのだ。だったら――。
「父上もね、言ってたよ。叔父上にはいつも元気でいてほしいのに、お風邪を引いて心配って」
今まさに思っていたことを口にされてどきりとした。
兄上は、俺がずっと出仕しなかったことをどう思っているだろう。
俺が赤ん坊の頃から世話を焼いていたせいか、ただでさえ過保護気味なのに、家房のことがあった上に、別れ際も変な態度を取ってしまったから、あれこれ考え込んでしまっているのではないか。
だから、俺がずる休みを続けても何も言ってこない……。
「おじじさまのところに行く時も言ってた。呼び出しがなかったらお見舞いに行くのにって」
「……え」
何の気なしに続けられたその言葉に、思わず声が漏れた。
「父上……お爺様から、兄上に呼び出しがあったのか? いつ」
「うん? うんとね。父上がお城へ行ってから夜が一、二回来たから、二日かな?」
「二日っ? 二日も帰って来ないのか」
いよいよ声を荒げる俺に、龍王丸は目を丸くしたが、すぐにくしゃりと顔を歪めて俯いた。
「うん、そうなの。父上、ずっと帰って来ないの。おれ寂しくって母上たちに訊いてみたんだけど誰も知らないし、作左は父上にお使い頼まれてお留守だし、何の御用だろうね?」
二日前といえば、家房の一件の翌日だ。
家房絡みとしか思えない。しかも、行ったきり帰って来ない上に、いつも兄上の動向を逐一知らせてくれる作左は不在。
ああ、俺はなんて馬鹿なことをしたんだ。
家房が兄上のことを異常に気に入ったことは勿論、父は家房のご機嫌取りのためなら平気で我が子を差し出す屑だと嫌というほど思い知らされていたのに、その後の家房の動向も父の動向も一切窺いもしなかった。
どうしよう。兄上に何かあったら、俺は……俺はっ。
激しい焦燥で吐き気がしたその時。あたりに鋭い金属音が響いた。
「わあ、叔父上だあ。叔父上ええ」
顔を輝かせ、ちょろちょろと駆け寄ってきたかと思うと、何の躊躇いもなく俺の胸に飛び込んでくる龍王丸を、とっさに受け止める。
同時に、強烈な自己嫌悪で全身が竦む。
こんなにも薄汚い自分が、こんなにも綺麗で愛らしい龍王丸に触れてしまったと。
「叔父上どうしたの? もしかして、まだお風邪治ってないの? だめだよ! お風邪治ってないのにお外出ちゃ。お家に帰ってねんねしないと」
「っ……いや、いいんだ。大丈夫だよ。ありがとう」
とっさに断る。
今、あの女がいる家に帰りたくない。
「本当に? お熱ないの? お顔の色悪いよ?」
心配そうに、俺の額に自分の額を押し当ててしきりに訊いてくる。
その優しさに胸が圧し潰されそうになる。
「本当に、大丈夫だから。ところで、こんなところで、しかも一人で何をしていたんだ?」
「一人? 一人じゃないよ! 今度はちゃんとお供を連れて……あれ? いない。皆、いつもどこに行っちゃうんだろうねえ」
どうやら、またお供を振り切る勢いで駆けてきたらしい。
いつもなら、「龍王丸は本当に足が速いな」と褒めてやるところだが、今はそれどころではない。
「そう、か。それで、どこへ行くつもりだったんだ? 何か用事があるんだろう?」
「用事? あ、そうだ。大切なご用事があったの!」
「そうか。だったら、早く行かないと……っ」
一刻も早く龍王丸から離れたくてそう言ったのだが、
「じゃーん! 叔父上のお見舞いに来ましたあ」
抱えていた風呂敷包みから、色とりどりの折り紙で折られた花を取り出し、龍王丸が得意げにそう言うものだから、俺は目を丸くした。
「お見舞いって……それに、これは」
「うん、叔父上がずっとお風邪を引いてるって聞いたから、おれ、お見舞いに行こうって思ったの。叔父上に早く元気になってほしくって」
「……っ」
「姉上もね、すごく心配してたよ? それでね、折り紙を折ろうって言ってくれたの。お見舞いにはお花がいいけど、本物のお花だと持ってく間に萎れちゃうからって」
「こ、琴殿が?」
思わず訊き返した。
琴は俺のことを嫌っていると思っていた。
赤ん坊の頃はとてもよく懐いてくれていたが、龍王丸が生まれたあたりからか? 突然「まーぐ嫌い!」と言って、寄り付かなくなってしまった。
今では、目が合っただけで悲鳴を上げて逃げていくし。
俺は何かまずいことをしたのだろうか?
皆目見当がつかず何度か兄上や義姉に尋ねてみたことがあるが、二人とも「さあ」と苦笑するばかりで埒が明かず。
そんな状態だというのに、琴が俺の心配? と、首を捻っていると、
「うん。姉上、叔父上のこと大好きだもん」
さらりと返された言葉に目を丸くした。
「そう、なのか? いや、それはないだろう。好きなら、目が合っただけで悲鳴を上げて逃げていくことは」
「恥ずかしいんだって」
「恥ずかしい? なにゆえ?」
「うん。おれも分からなくって訊いたの。そしたら『ばか』って思い切り叩かれて。訳分かんない!」
確かに、訳が分からない。けれど。
「さっきもね。姉上も一緒に行こうって言ったんだけど、恥ずかしいからいいって。何が恥ずかしいんだろうねえ? おれが折ったのより、姉上のがずっときれいで上手なのに……あ。でもおれ、『叔父上が早く元気になりますように』って、いっぱいお願いしながら折ったからね……っ」
よれよれでくしゃくしゃの折り紙を差し出して胸を張る龍王丸を、俺は思わず抱き締めていた。
ああ。どうして、この子はこんなに……抱き締めずにはいられないほどに可愛いのだろう。
この子を傷つけ、悲しませることなんて絶対にできない。
……殺さなければ。
家房に植え付けられた、この浅ましい欲情は必ずや殺してみせる。何が何でも!
つい先ほどまで、どう振り払おうとしても消せない兄上への肉欲に途方に暮れていたくせに、力の限りそう思っていると、
「叔父上、元気じゃなきゃやだよ。いつも元気でいてね」
とても真剣な顔でそう言って、小さな体でぎゅっと抱きしめられた。
愛おしさで胸が潰れるかと思って……今更気がつく。
自分はここ数日の間、龍王丸と琴にたくさん心配させてしまっていたのだと。
こんな幼子でさえ、ここまで心配したのだ。だったら――。
「父上もね、言ってたよ。叔父上にはいつも元気でいてほしいのに、お風邪を引いて心配って」
今まさに思っていたことを口にされてどきりとした。
兄上は、俺がずっと出仕しなかったことをどう思っているだろう。
俺が赤ん坊の頃から世話を焼いていたせいか、ただでさえ過保護気味なのに、家房のことがあった上に、別れ際も変な態度を取ってしまったから、あれこれ考え込んでしまっているのではないか。
だから、俺がずる休みを続けても何も言ってこない……。
「おじじさまのところに行く時も言ってた。呼び出しがなかったらお見舞いに行くのにって」
「……え」
何の気なしに続けられたその言葉に、思わず声が漏れた。
「父上……お爺様から、兄上に呼び出しがあったのか? いつ」
「うん? うんとね。父上がお城へ行ってから夜が一、二回来たから、二日かな?」
「二日っ? 二日も帰って来ないのか」
いよいよ声を荒げる俺に、龍王丸は目を丸くしたが、すぐにくしゃりと顔を歪めて俯いた。
「うん、そうなの。父上、ずっと帰って来ないの。おれ寂しくって母上たちに訊いてみたんだけど誰も知らないし、作左は父上にお使い頼まれてお留守だし、何の御用だろうね?」
二日前といえば、家房の一件の翌日だ。
家房絡みとしか思えない。しかも、行ったきり帰って来ない上に、いつも兄上の動向を逐一知らせてくれる作左は不在。
ああ、俺はなんて馬鹿なことをしたんだ。
家房が兄上のことを異常に気に入ったことは勿論、父は家房のご機嫌取りのためなら平気で我が子を差し出す屑だと嫌というほど思い知らされていたのに、その後の家房の動向も父の動向も一切窺いもしなかった。
どうしよう。兄上に何かあったら、俺は……俺はっ。
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