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第二章

芽生え(高雅視点)

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「こんなみっともない己をお前に晒す勇気が、俺にはなかった。お前に、『お前なんか兄上じゃない』と言われるのが怖かった。そのせいで、お前をこんなに追い詰めて。本当にすまん……っ」

 心から謝っていると、雅次が俺を抱き締め返してきた。

「みっともなくない!」

「雅次……?」

「確かに、義姉上様はお辛いことでございました。されど、兄上とて同じです。兄上は義姉上様を救った恩人。その後も傷ついた義姉上様を労わり、お支えしました。それなのに、婚前の姫に手を出した不埒者という汚名を着せられた挙げ句、己の種ではない子を我が子とせよなどと」

「……っ」

「さような仕打ち、常人なら腹が立つし、妻にも子にも優しくなどできません。されど、兄上は己のことよりも人のことばかり労わって……いつも、人のことばかり。昔と、何も変わらない」

 

 俺の首筋に額を押しつけ、くぐもった声で言う。
 端的な言葉ではあった……が、俺の胸は激しく高鳴った。

 それと同時に、じわりと安堵の念が広がっていって……ああ。

 今まで、乃絵や家臣たちから、「お前は悪くない」「正しかった」と言ってもらえてはいたが、それでも……どうしても、心のもやが晴れることはなかった。

 しかし今、それが嘘のように消えていく。

 やはり、俺は……
 。だからこそ――。

「……兄、上? どうか、なされた」

「ずっと、後悔していた」

「……え?」

「何が何でも、お前を離すべきじゃなかった。一緒にいるべきだったとこの一年ずっと」

 腕の中の痩身がまた震えた。

 俺は身を離し、雅次の顔を覗き込んだ。こちらを見つめる黒い瞳は濡れていて、今にも涙が零れ落ちそうだ。その目をしっかりと見据えて、

「俺ももう、どうでもいい。意見が違おうが、見えている世界が違おうが……俺はお前が好きだ。ただ、お前と一緒にいたい。とりとめもないことを言い合って、時には喧嘩して、笑い合いたい」

「あ、あ……」

「それで、いいことにしようよ……っ」

 言い終わらないうちに、雅次が俺にしがみついてきた。

「兄上っ。お慕いしております。ずっとずっと、おそばに置いてください。俺ももう、二度と離れとうないっ」
 爪を立てるほどにしがみついて、必死に声を振り絞る。

 俺のことが好きだと全身全霊で訴えてくるその姿に、俺は唇を噛みしめた。

 一年前、仲直りしようと訴えた時も、雅次は今みたいに泣いて、子どものようにしがみついてきた。

 あの時、確かに雅次が俺のことを心から慕ってくれていると感じたはずだ。
 それなのに、この一年そのことをすっかり忘れて――。

 きっと、俺が雅次に己の心を隠したからだろう。

 十年努力しても、俺はお前に胸を張れる立派な兄にはなれなかった。
 それでもお前と一緒にいたい。仲良くしたい。
 そう、正直に言えばよかったのだ。

 俺のつまらぬ見栄と恐れが、雅次を傷つけてしまった。
 本当に、悪いことをした。

 これからは、雅次に本心を晒していこう。
 雅次からの思慕の念を信じて。

 きっとそれが、雅次を大事にするということのはず。
 俺は、何が何でもこの弟を大事にしたいのだ。なにせ、

「兄上……兄上」

 どんな手を使ってでも手に入れたい女がいて、その女とこれから所帯を持ち、子まで産まれようとしているのに、俺がたった一度無視をしただけでこの世の終わりのような顔をして、これからも一緒に居よう。ただ、兄弟仲良くしていこうと言っただけで泣いて喜ぶこの弟が……可愛くてしかたない。

 もう絶対に離さない。
 逃がしもしない。

 

 雅次は……
 可愛い可愛い、

 心の底からそう思った時、俺ははっとした。

 今、俺は何を考えた?
 そういえば、あのぐつぐつもいつの間にか消え失せていて――。

 本当に、何なのだ。

 雅次の突然の結婚報告に驚き過ぎて、とち狂っているのか。
 そうだ、そうに違いない。

 冷静さを取り戻せば、いつもの俺に戻る。
 これは、あくまでも一時的な気の迷い。

 そう、片づけることにした。

「兄上……」

 俺の腕の中で、甘えるように俺を呼ぶこの可愛い弟は、いつも…… 
 雅次の白い首筋に残る、生々しい情事の痕を見つめ、ありえないことを一瞬でも考えてしまったことさえも。
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