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第二章

準備(高雅視点)

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 雅次を家臣に迎えるにあたり、俺は色々と準備した。

 まずは、家臣たちにこのことを話してみた。

 父が言っていたように、これまで疎遠にしていたくせに俺が嫡男になった途端、家臣になるなんて虫が良すぎると思う者が少なからず出るはずだと。

 案の定、そう思う者がちらほらいた。
 それに、はっきりと口にはしないが、「雅次は精進を一切せず、遊び惚けるばかりのうつけ者」「昔世話になった兄のことなどすっかり忘れた薄情者」という、父が流した噂を信じて、家臣に加えるのはやめておいたほうがいいと、進言してくる者までいた。
 
 ゆゆしきことだ。
 このまま雅次を迎え入れても、孤立するのは目に見えている。

 なので、俺はまず、今回の件は雅次からではなく、俺のほうから雅次に頼んだのだと説明した。
 すると、「なにゆえに?」と、皆驚いて訊き返してくるものだから、

「なにゆえ? なにゆえだと? 弟だぞ? 昔よく遊んだ……おしめまで替えてやった弟だぞ!」

 俺はそう声を荒げると、赤ん坊だった雅次の世話がいかに大変だったか力説し、お前らも俺の気持ちを理解するため、二、三日赤ん坊の世話をしろと厳命した。

 家臣たちは最初、何を滅茶苦茶なことをと難色を示していたが、言葉より実体験したほうがよく分かると言って蹴り出した。

 三日後、みっちり赤ん坊の世話をして戻ってきた面々は、赤ん坊の世話がこんなに大変だとは思わなかったと口をそろえて言うので、すかさずこう訊き返した。

 では、赤ん坊の世話の一切を六歳の童がやりたいと言い出したらどう思う? と。

 絶対に止める。
 そんな危なっかしいことさせられないと全員が即答したので、

「普通ならそうだ。だが、六つの俺が生まれたばかりの弟の世話に明け暮れても、誰も止めなかった」

 そう続けると、全員がはっとした顔をした。
 黙り込んだ面々の顔を見つつ、俺は続ける。

「どうして誰も止めなかったのか。俺も雅次もいらない子だったからだ。俺はこの家から、そういう子をなくしたい。そのためには雅次が必要だ。いらない子の悲しみをよく知っていて、そういう環境を憎んでいるあやつが。ゆえに、分かってくれ」

 切々と語り頭を下げて頼むと、皆表面上は承知してくれた。

 ひとまずは安心。だが、ここで油断し、身内だからと雅次を贔屓すれば、結局反感を買ってしまう。
 なので、俺は雅次に勘定方を手伝うよう命じることにした。

 実は数日前、から。ということもあるが、勘定方は一番、皆がやりたくない仕事だ。

 その職務につくよう俺が命じることで、身内だからと特別扱いしないという意思表示ができるし、皆が嫌がる仕事を率先して真面目にこなしていくことが、皆に認められる一番の近道のはず。

 これについては雅次も同じ考えで「一致しましたね」と嬉しそうに笑ってくれた。
 とはいえ。

「すまないな。よりにもよって、勘定方だなんて嫌なところに行かせて」
 俺が詫びると、雅次は不思議そうに首を傾げた。

「嫌? 意地の悪い方でもいらっしゃるのですか?」

「いや。皆、人はいい。ただ、毎日数字と睨めっこして、そろばんと格闘しなきゃならない。拷問だ」
 真剣に言う俺に、雅次はおかしそうに笑った。

「兄上は昔から、そういうことが大嫌いでしたね。俺に教えながら知恵熱を出たりして。あの時は驚きました。……大丈夫。俺は幸い、そういうの嫌いではないので」

「そうか? でも、くれぐれも無理はするなよ。知恵熱なんて出たら大変だ」

「兄上と一緒にしないでください! というか、知恵熱は年端のいかぬ童が出すものでしょう。もう俺は大の男です。出るわけがない……」

「いや、俺は出た。だから、お前だって」

「……は? あ、兄上が? いつ?」

「いつ? うーん、十五だったかな? 人手が足りなくてな。飛び入りで手伝ったんだが、しち面倒臭い計算を延々させられているうちに、頭に血が昇っていって……ばたんと」

「! 倒れたのですかっ」

「うん。まあ、その前から風邪気味ではあったから、知恵熱はとどめの一撃程度だとは思うんだが、知恵熱が出たことには出たし、そのせいで倒れてひどい目に遭ったのも確かだ」

「……」

「だから、お前が心配なんだ。俺と同じように倒れたらと思うと……なんだ」

 突然笑い出した雅次に、俺が首を捻ると、

「いえ。兄上はまことに変わらぬと、しみじみ思うただけです。とはいえ、その……とりあえず、俺は大丈夫ですので、お気遣いなく」

「いや!」と、俺は即座に首を振った。

「俺は元来気が効かん。やり過ぎだと思うくらいがちょうどいいんだよ」

「は、はあ。でも、本当に、大丈夫……っ」

「とことんやらせてくれ。今度こそ、ちゃんとお前を大事にしたい」

 雅次の手を掴んで頼んだ。瞬間、雅次の顔が一気に真っ赤になった。そして、

「さ、さような言い方はずるうございます!」
 よく分からないことを言って膨れてしまった。
 
 何を突然怒り出したのか分からず目をぱちくりさせていると、目を忙しなく泳がせていた雅次はちらりと俺を見て、思わずといったように噴き出した。

「全く。兄上には敵いません。……ありがとうございます。兄上のお気持ち、嬉しゅうございます。そのお心に報いるため、俺も気張りますね」
 最後はそう言って、嬉しそうに微笑ってくれた。

 そんなやり取りを経て、俺は雅次を招き入れ、家臣にしたのだ。
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