正しくて安全な人の殺し方

悠行

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 猛勉強の甲斐あり、一度受けた試験でもあったので私はなんとか国家試験をまずまずの手ごたえで終えることが出来た。結果が出るのは二月の半ばである。
 終わった日に田中に会った。田中は今論文を書いているのだという。タイムスリップ装置の、公表してもよさそうな理論をピックアップして学会に出したいらしい。少しよれたカレッジパーカーを着て現れた。
「それもうよれてるじゃん」
「そうなんだよ。でも時間無いととりあえずこれ着ちゃうんだ。深雪は着ないのか? 前は結構着てたのに」
「えっ私それ持ってないよ」
「そうだったっけか。いやこれすぐ乾くからついこればかりになってしまって」
「忙しいの、最近」
「さすがにタイムスリップが出来るようになりましたと急に書けはしないな。俺まだ一応学部生だし」
「タイムスリップ装置って田中だけの成果なの?」
「研究室の教授の理論をいじったって感じかな」
 詳しい説明も聞いたが、よく分からなかった。
「まぁ、国家試験おつかれ」
 私は田中とご飯を食べに行った。他のクラスメイトは飲み会に行ったらしい。前は行った。しかし周りが郁との関係で気を使うので行けない。出席番号順なので私と郁は前後ろで試験を受けたが、最早話すことも無く、話そうとも思わなかった。クラスメイトとは少しは話し、孤立しているわけではないが、しかし仲が良いとは言えなかった。私はもうそれでいいやと思っていた。
 田中と私は私の大好物のお好み焼きを食べた。お好み焼きは焼くのを見ているのも楽しい。一番贅沢な、チーズもエビもイカも肉も全部入っているのを選んだ。
 ビールを飲み、大いに酔った。
「お前、飲み過ぎだろう」
 そう田中に心配はされたが、私は楽しいのでどんどん飲んだ。そして酔った。
 店を出てからまだ国家試験の参考書が入っていて重い鞄をぶんぶん振り回しておじさんに当たりそうになって、田中に怒られた。酔って暴れたので酔いが回り気持ち悪くなり、私は吐いた。
 田中の寮の一室で口を洗わせてもらい、水をもらった。
本当に申し訳ない、と思って何度も謝っていたはずだが、私はいつの間にか眠っていたらしい。気付いたら朝だった。
「えええええ」
 窓の外と時計を見て叫んでいると、うるさいな、と田中がもぞもぞ起きた。田中はベッドで、私は床で寝ていた。毛布が掛けられていた。ひどく寒い。
「ごめん田中」
「いや、いいけどさ」
 田中は頭を掻いて呆れたように言った。
「本当気を付けろよ深雪」
「すみません」
 私はここまで酔ったことが無かった。
「なんか嬉しくて」
 と言ったが、自分が何が嬉しいのか分からなかった。前も国家試験を受けたしまずまずの出来だったが、ここまでにはならなかった。
 田中はコーヒーを作ってくれた。まずくも美味しくも無いインスタントコーヒーだった。部屋をぐるりと見渡すと、一人暮らしらしく狭い一部屋の中に本が山積みになっていた。ほとんどは工学部のものだったが、人間生命科学部時代の教科書もあったし、趣味の本もあった。好きだと知っていたアニメ関連のもののほか、聞いたことは無かったが、鉄道の本や、エッセイなども見える。「無趣味」という文字がタイトルにちらと見えて、田中は多趣味なのになぜそんなタイトルの本を読んだのだろうと思った。
 来たことが無かったのでまじまじと見ていると「あんまり見るなよ」と焦ったように言った。確かに誰かに部屋を見られるのは恥ずかしいものかもしれない。
「今日はどうすんの?」
 平日なので研究室に行くと言う田中は身支度を整えながら言った。教授に呼ばれているらしい。
「とりあえず家に帰って、それから」
 と言いかけて気付いた。国家試験が終わったら、そう、私は弟たちと共に戸籍を見に行くのだ。拓海は明らかに早く見たそうだったし、もう今日にでも拓海が高校から帰ってきたら行くかもしれない。
「全然予定ないけど、弟と戸籍確認に行くかもしれない」
「は? 戸籍?」
 田中は素っ頓狂な声で言った。確かに唐突な単語ではある。
「ああ、うん。拓海が――、弟が、自分の父親が知りたいんだって」
「え? 深雪の父親って死んだんじゃなかったのか」
「いや? 知らないんだよね、私達三人とも」
 インスタントコーヒーを啜りながら言う。
「みんなお父さんが違うらしいってのは祖母からなんとなく聞いてるんだけど、誰が、どういう人が自分の父親なのか、知らないんだ」
「そうだったのか」
 田中はへぇ、と言う顔をしながら聞いていた。間抜け面だった。
「田中は? 両親どんな人?」
 ふと気になって聞いてみた。田中は隣県の田舎育ちだった。
「え、俺? 俺は、そうだなぁ母親は厳しいけど割と抜けてて、機械にとことん弱い人。よく今でも俺に教えてくれって連絡してくる」
「かわいいひとだね」
「面倒だけどな」
「お父さんは」
「父さんは気候の観測所に勤めてる。割と寡黙だけど、酒好きで酔うと恐ろしく陽気」
「そうなんだ」
 田中の家族の話は今まで聞いたことが無かったので面白かった。離れて暮らしているからか、話す田中は少し寂しそうに見えた。
「お姉さんいるんだっけ?」
「ああ、いるいる。今はなんか変な男と付き合ってるみたいでさ、早く別れて欲しいんだけど」
「そうなの?」
「そうそう……姉貴はさ、ちょっと情が厚いんだよな。昔は優しい姉ちゃんで良かったけど、最近は心配なんだ」
「タイムスリップして出会わせないようにすればよかったのに」
 私が冗談で言うと、田中は真剣な顔をして言った。
「なんか、それは違う気がするんだよな」
「違う? なんで?」
「なんというか怖いんだ。どんだけ嫌な男でも、そいつと会わなくしたら今の姉貴が消えてしまうような気がするんだ」
 私はその田中の発言に驚いた。消える、では私は何かを消したのか?
「私は?」
「深雪はいいのさ、自分を守る為だろ」
 田中は私の陰鬱な表情に気付いたのか、焦ったように取り繕った。
「でも、あんまり使っちゃいけないものだと思うんだ」
「田中も、作成者だから使ったことあるんでしょ」
「そりゃあるけど。でも一週間くらいだよ。結構怖かった。元に戻るのは。お前も怖くないか? 自分で経験したはずの日々が、消えてしまったような気がして」
 私はそのように感じたことは無かった。
「それは思わなかったな。やり直したからいろんな人と話したし、高校の友達にも久々に会えたし、田中と付き合うことになったし、……郁とは駄目になっちゃったけど、消したというより、生み出した気がする、かな」
「そうか」
 田中は少し考える。
「それなら、良かったよ」
 田中はぽつんとそう答え、時計を確認して「もう行かないと」と慌てて飲みかけのコーヒーをぐっと飲んだ。
「ああ、俺先に出るけど、鍵これ、ポストにでも入れといて」
 田中の家は寮なので、個々の部屋は旧式の設備だった。今時鍵はあまり使われておらず、電子ロックが主流になって久しい。
「あと勝手に鞄あさってお前のやつ、充電しといたから」
 と、コンセントを指さす。私は全てのデータをひとまとめにしているので、充電が足りないと電車にも乗れない。有難かった。
「さすが出来るね」
 と褒めると、お前が頼りないからだ、と言い捨てて家を出て行った。

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