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絵里との久しぶりの再会を楽しんだ翌週は最後の実習だった。実習と言うか、実技試験だ。
金曜日だったのでその一週間は緊張していた。前もやったとはいえ、失敗しないか不安であった。
いつもの大学病院ではなく、ホスピスや家で行う。先生が同行するが、先生は一切口出ししない。失敗した場合、口頭試問の後もう一度試験が行われる。
私は元々住んでいた家の近くの、患者の家で行われることになった。くじ引きで決めたので、前とは違った。前は遠いホスピスの人だった。
先に閲覧できる資料を読んだ。92歳、女。家での最期を希望。交通事故による足の麻痺がある。
家までは大学の車で行った。私と先生、看護師の車と、すぐ後ろには葬儀屋の車が付いてくる。葬儀屋はしばらく待機。家は小さな家だった。あまり裕福ではないだろう。11月最後の金曜日、少し寒い。冷たい風が制服の下から吹き込む。チャイムを押す。
「はい」
男性の声だった。
「すみません」
私が名乗ろうとすると、チャイムから「高橋?」と言う声がした。
「あ、はい、高橋です」
私は虚をつかれ素直に答えた。
音が切れ、すぐに男性がドアから出て来た。白髪だ。そんな知り合いいただろうか?
「え? あれ? 執行の……」
男性は戸惑った表情をしている。私は顔を見て叫んだ。
「西田先生!」
なんと彼は私の高校時代の恩師であった。
「そうか、高橋は人間生命科学部だったな」
通された部屋でお茶が出されたが、私達は飲まなかった。何か混入されていてはいけないので、飲んではならないことになっているのだった。
患者は先生の母親だった。先生は私の在学時50半ばで、出世の期待できる歳だったが、今は休職し、今は母親の介護をしているらしい。
卒業してから一度お礼を言いにいった。まだ高校教師をしていた。その時よりだいぶ老けてしまっていた。
「そうか、今回の母の執行は高橋なんですね」
先生はお茶を飲んで言った。
「母はずっと寝たきりでして。今まで何もしてあげなかった分、最後の一年はと思って通いで介護をしてきたのですが、ついに今日なんですね」
「はい」
「そうか……」
しばらく気まずい沈黙が流れた。
「母を起こしてきます」
先生は立ち上がり、襖で仕切られていた奥の部屋へ入った。
「母さん、母さん」
この西田先生こそが、私を人間生命科学部に入学するために厳しく指導し、浪人すると決めてからも教科書などを提供してくれて、分からないところは教えてくれた、先生であった。厳しい言い方をする先生だったので、その先生の母を呼ぶ優しい声は少し意外だった。
後払いで、などと言っていたが私は菓子折りを持って行くとそれすらも断った。結局無理やり渡した。後払いと言うのは冗談だったらしい。
「母さん、執行の人たちが」
「ああ……」
寝起きだからか、ぼんやりとしている。西田先生は水を飲ませた。
「実、私死ぬのねぇ」
ぽつりと水を入れたコップを見つめながら言った。西田先生は実と言う名前だったのか。
「そうだよ、母さん」
「そう……」
患者が私の方を見た。
「かわいらしいお嬢さんねぇ」
患者は少し何か思い出すような顔をした。
「実、あなたには迷惑かけたね」
先生は少し黙っていた。
「私は幸せだったよ。いい人生だった」
私は先生に書類の確認をしてもらった。家にある書類
と比べ、相違が無いことを確認した。私の身分を公開し、執行局による執行令状を見せ、私がそこにサインした。
「すみません、ここからは」
執行方法は秘密である。私と先生だけが患者のいる部屋に残り、看護師が家族を見ている。看護師は患者と言うより、家族のケアに当たることが多い。精神的ショックで過呼吸になったりするからだ。
「母さん……」
先生の泣いている声が聞こえた。
私は器具を取りだした。今回は一般的な、ガスと注射による方法で殺す。
まずガスで意識を飛ばす。つまりこれが患者の意識のある最後の状況となる。私はガスを吸わせた。一分ほどで完全に眠ったような状況になる。
体を起こし回転させ、背中を出す。私は薬剤を入れた注射器を、脊髄に刺した。
「十二時五十三分、ご臨終です」
私は報告書にメモした。使用薬剤なども記録し、器具を全てしまう。
居間に戻った。先生が顔を上げた。看護師が背中をさすっている。
「母は」
「十二時五十三分、亡くなりました」
連絡し、葬儀屋が入ってくる。私は西田先生に書類へのサインを求めた。後で家族が怒るケースがあるからだ。
サインするところを見ていた。「西田 良和」と先生は書く。
「ああ」
先生は力なく私に紙を返したが、不思議そうな顔に気付いた。
「実っていうのは父の名前だよ。母さんはずっと俺のことを夫の実だと思ってたんだ」
私は何を言えばいいか分からず、黙って書類を受け取った。
「それでもなぁ、高橋」
先生は泣きはらした顔をして言った。
「母さんには生きていてほしかったんだ。例え俺が誰だか分かっていなくても」
「そう……だったんですか」
私はなんとかその言葉だけひねり出した。
「俺が母さんを殺したようなもんだ」
先生はぽつりと言った。どういう意味だろうか、と私は思ったが、先生は続けて言った。
「お前を……教えたりしなきゃよかった」
先生は下を見続けて言った。
先生は私を見送ることも無かった。離れたところで暮らす家族に電話をかけ始めた。
私達は失礼しました、と言って家を出た。
車に乗り込み、しばらく走らせると先生が静かに言った。
「よくやったな。知り合いだったというのによく職務を全うした。合格だ」
あんなに緊張していたはずなのに、合格したということについては何も思わなかった。前は一安心したはずなのに。
「高校の先生か」
「はい」
「そうか大丈夫か」
「ううん、いえ、あまり」
私は疲れていた。
「家族の言うことはあまり気にしてはいかん。まともに判断できなくなっているんだ」
まとも、とは何だろう。あれこそがまともな感情なのではないか。
「そんなに……」
私は言いかけて、少し言っていいものかと悩んだ。しかし言ってしまうことにした。
「そんなに、死にたくないものですかね。そんなに、死なれたくないものですかね」
私はよく分からなくなっていた。
「まぁ、高橋だって死にたくはないだろう」
「よく分かりません」
正直に言うと、先生は困ったような顔をした。
先生は今日は直接家に帰れと言った。普段は器具を持っているため病院に一度帰るが、このまま次の生徒の実技を行わなくてはならず、それが遠いので途中で拾うことで時間を短縮するという。
前もそうだった。一日当たりの患者は少ないので同じ地区内でも遠いのだった。
先生は私を家の近くで降ろすから、と言って、その後はさっきの会話のこともあり無言になった。
年末に向けて準備が始まっている、街並みをぼんやりと見つめた。カラスが三羽ほど、飛び立っていくのが見えた。
ぼんやりとしている私を、田中は心配したようだった。
「深雪?」
その翌日、私は田中と映画を観にいった。最近は映画製作も復活したが、一時はリバイバル上映ばかりだった。
昔の映画の方が安く撮影のリアルさは上なので、今日も私達はリバイバル上映を見た。天才のストーリー。天才だが友達に裏切られる。
「何十年も前の映画なのにあんな面白いってすごいよなー」
終わった後に田中は言った。私はそうだね、と頷いた。
確かに面白い映画だった。しかし私はそれだけしか分からない。田中はストーリーが、とか主人公の作りこみが、とか語っていたが私はへぇ、そんな風に見れるものか、と思うだけだ。
ただ頷いてばかりいたからか、心配されたのだ。私は初めてのデートなのに上の空で申し訳なく思った。
「今日、元気ないな」
なんとなく、田中には昨日のことを言えていなかった。田中は学部から逃げた人間だ。それに、個人情報なので話すことは規則違反だ。
「うん、ごめん、なんか調子でなくて」
「そうか」
街中で、気まずい沈黙が流れた。周りをたくさんの人が通行していく。寒いので今日は暖かいコートを引っ張り出してきた。噴水があったが、止まっていて淀んだ水が溜まっている。落ち葉が何枚か浮いていた。
「なんかあったのか」
聞かれたが私はどう答えようかと逡巡した。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど」
田中はぼそぼそと言った。
「言ってくれると嬉しい」
田中もこういうことを言うやつなんだな、と思った。田中はあまりはっきりとした物言いをせず、見守っているタイプだった。しかし付き合ってみるとそうでもない。心優しい性格は変わらないが、自分の気持ちを口にすることが多い。そういえばアニメの感想などもきっちり言葉に出来る人だった。
今までは言っていなかっただけだったんだな、と気づく。
「前はさ」
私はぽつりと言った。
「前も同じように田中と接していたつもりだったけど、私は田中とは付き合わなかった。なんで今回は付き合ったんだろう」
田中は唐突な質問に少し面食らったようだった。
「えっそれを考えていたのか」
「いやそういうわけではないけど」
「うーん、なんでだろ」
田中はしばし考えた。
「ずっと好きだったけど」
「ずっと? いつから?」
田中は照れもせず落ち着いて答えた。
「ずっと前。知らなかっただろ」
「うん、知らなかった」
私は鈍感だから、と言うと田中はお前は気にしすぎだ、と言う。
「だけど、俺は断られたらどうしようって思って、ずっと伝えられなかった」
「じゃあなんで言ってくれたの」
「それは……」
田中はしばし考えた。
「なんでだろうな。ああ、でも、郁と喧嘩したって聞いたのが大きかった気がする。郁からの連絡で深雪に会うことが多かったから、会えなくなるなって」
「なるほど……」
私はしばらく考えた。
「私が死んだら嫌?」
唐突だと思ったし、こんなことを聞くのもどうかと思ったが、私は聞いた。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
田中は泣きそうな顔をした。私はなぜ田中にこんな顔をさせてしまったのだろう。
「嫌に決まってるだろ」
「ごめん、変なこと聞いて」
目の前を男女が通り過ぎていく。別れ話でもしていると思われたのだろうか、好奇の目を感じた。
「深雪」
田中は真剣な顔をした。
「死にたいのか?」
「え?」
私はしばらく考えた。あんな質問をしたのだからそう考えられてもおかしくはないか。
「別に、死にたくはない、けど」
「けど?」
「別に、生きていたくもない、かな」
「そうか」
田中はがっかりしたような顔をした。
「ごめん。俺、帰るわ」
田中は私の回答を聞くと、急に私を置いて駅の方向に去って行ってしまった。私はそれを追いかけることもせず、ただその後姿を見つめていた。
金曜日だったのでその一週間は緊張していた。前もやったとはいえ、失敗しないか不安であった。
いつもの大学病院ではなく、ホスピスや家で行う。先生が同行するが、先生は一切口出ししない。失敗した場合、口頭試問の後もう一度試験が行われる。
私は元々住んでいた家の近くの、患者の家で行われることになった。くじ引きで決めたので、前とは違った。前は遠いホスピスの人だった。
先に閲覧できる資料を読んだ。92歳、女。家での最期を希望。交通事故による足の麻痺がある。
家までは大学の車で行った。私と先生、看護師の車と、すぐ後ろには葬儀屋の車が付いてくる。葬儀屋はしばらく待機。家は小さな家だった。あまり裕福ではないだろう。11月最後の金曜日、少し寒い。冷たい風が制服の下から吹き込む。チャイムを押す。
「はい」
男性の声だった。
「すみません」
私が名乗ろうとすると、チャイムから「高橋?」と言う声がした。
「あ、はい、高橋です」
私は虚をつかれ素直に答えた。
音が切れ、すぐに男性がドアから出て来た。白髪だ。そんな知り合いいただろうか?
「え? あれ? 執行の……」
男性は戸惑った表情をしている。私は顔を見て叫んだ。
「西田先生!」
なんと彼は私の高校時代の恩師であった。
「そうか、高橋は人間生命科学部だったな」
通された部屋でお茶が出されたが、私達は飲まなかった。何か混入されていてはいけないので、飲んではならないことになっているのだった。
患者は先生の母親だった。先生は私の在学時50半ばで、出世の期待できる歳だったが、今は休職し、今は母親の介護をしているらしい。
卒業してから一度お礼を言いにいった。まだ高校教師をしていた。その時よりだいぶ老けてしまっていた。
「そうか、今回の母の執行は高橋なんですね」
先生はお茶を飲んで言った。
「母はずっと寝たきりでして。今まで何もしてあげなかった分、最後の一年はと思って通いで介護をしてきたのですが、ついに今日なんですね」
「はい」
「そうか……」
しばらく気まずい沈黙が流れた。
「母を起こしてきます」
先生は立ち上がり、襖で仕切られていた奥の部屋へ入った。
「母さん、母さん」
この西田先生こそが、私を人間生命科学部に入学するために厳しく指導し、浪人すると決めてからも教科書などを提供してくれて、分からないところは教えてくれた、先生であった。厳しい言い方をする先生だったので、その先生の母を呼ぶ優しい声は少し意外だった。
後払いで、などと言っていたが私は菓子折りを持って行くとそれすらも断った。結局無理やり渡した。後払いと言うのは冗談だったらしい。
「母さん、執行の人たちが」
「ああ……」
寝起きだからか、ぼんやりとしている。西田先生は水を飲ませた。
「実、私死ぬのねぇ」
ぽつりと水を入れたコップを見つめながら言った。西田先生は実と言う名前だったのか。
「そうだよ、母さん」
「そう……」
患者が私の方を見た。
「かわいらしいお嬢さんねぇ」
患者は少し何か思い出すような顔をした。
「実、あなたには迷惑かけたね」
先生は少し黙っていた。
「私は幸せだったよ。いい人生だった」
私は先生に書類の確認をしてもらった。家にある書類
と比べ、相違が無いことを確認した。私の身分を公開し、執行局による執行令状を見せ、私がそこにサインした。
「すみません、ここからは」
執行方法は秘密である。私と先生だけが患者のいる部屋に残り、看護師が家族を見ている。看護師は患者と言うより、家族のケアに当たることが多い。精神的ショックで過呼吸になったりするからだ。
「母さん……」
先生の泣いている声が聞こえた。
私は器具を取りだした。今回は一般的な、ガスと注射による方法で殺す。
まずガスで意識を飛ばす。つまりこれが患者の意識のある最後の状況となる。私はガスを吸わせた。一分ほどで完全に眠ったような状況になる。
体を起こし回転させ、背中を出す。私は薬剤を入れた注射器を、脊髄に刺した。
「十二時五十三分、ご臨終です」
私は報告書にメモした。使用薬剤なども記録し、器具を全てしまう。
居間に戻った。先生が顔を上げた。看護師が背中をさすっている。
「母は」
「十二時五十三分、亡くなりました」
連絡し、葬儀屋が入ってくる。私は西田先生に書類へのサインを求めた。後で家族が怒るケースがあるからだ。
サインするところを見ていた。「西田 良和」と先生は書く。
「ああ」
先生は力なく私に紙を返したが、不思議そうな顔に気付いた。
「実っていうのは父の名前だよ。母さんはずっと俺のことを夫の実だと思ってたんだ」
私は何を言えばいいか分からず、黙って書類を受け取った。
「それでもなぁ、高橋」
先生は泣きはらした顔をして言った。
「母さんには生きていてほしかったんだ。例え俺が誰だか分かっていなくても」
「そう……だったんですか」
私はなんとかその言葉だけひねり出した。
「俺が母さんを殺したようなもんだ」
先生はぽつりと言った。どういう意味だろうか、と私は思ったが、先生は続けて言った。
「お前を……教えたりしなきゃよかった」
先生は下を見続けて言った。
先生は私を見送ることも無かった。離れたところで暮らす家族に電話をかけ始めた。
私達は失礼しました、と言って家を出た。
車に乗り込み、しばらく走らせると先生が静かに言った。
「よくやったな。知り合いだったというのによく職務を全うした。合格だ」
あんなに緊張していたはずなのに、合格したということについては何も思わなかった。前は一安心したはずなのに。
「高校の先生か」
「はい」
「そうか大丈夫か」
「ううん、いえ、あまり」
私は疲れていた。
「家族の言うことはあまり気にしてはいかん。まともに判断できなくなっているんだ」
まとも、とは何だろう。あれこそがまともな感情なのではないか。
「そんなに……」
私は言いかけて、少し言っていいものかと悩んだ。しかし言ってしまうことにした。
「そんなに、死にたくないものですかね。そんなに、死なれたくないものですかね」
私はよく分からなくなっていた。
「まぁ、高橋だって死にたくはないだろう」
「よく分かりません」
正直に言うと、先生は困ったような顔をした。
先生は今日は直接家に帰れと言った。普段は器具を持っているため病院に一度帰るが、このまま次の生徒の実技を行わなくてはならず、それが遠いので途中で拾うことで時間を短縮するという。
前もそうだった。一日当たりの患者は少ないので同じ地区内でも遠いのだった。
先生は私を家の近くで降ろすから、と言って、その後はさっきの会話のこともあり無言になった。
年末に向けて準備が始まっている、街並みをぼんやりと見つめた。カラスが三羽ほど、飛び立っていくのが見えた。
ぼんやりとしている私を、田中は心配したようだった。
「深雪?」
その翌日、私は田中と映画を観にいった。最近は映画製作も復活したが、一時はリバイバル上映ばかりだった。
昔の映画の方が安く撮影のリアルさは上なので、今日も私達はリバイバル上映を見た。天才のストーリー。天才だが友達に裏切られる。
「何十年も前の映画なのにあんな面白いってすごいよなー」
終わった後に田中は言った。私はそうだね、と頷いた。
確かに面白い映画だった。しかし私はそれだけしか分からない。田中はストーリーが、とか主人公の作りこみが、とか語っていたが私はへぇ、そんな風に見れるものか、と思うだけだ。
ただ頷いてばかりいたからか、心配されたのだ。私は初めてのデートなのに上の空で申し訳なく思った。
「今日、元気ないな」
なんとなく、田中には昨日のことを言えていなかった。田中は学部から逃げた人間だ。それに、個人情報なので話すことは規則違反だ。
「うん、ごめん、なんか調子でなくて」
「そうか」
街中で、気まずい沈黙が流れた。周りをたくさんの人が通行していく。寒いので今日は暖かいコートを引っ張り出してきた。噴水があったが、止まっていて淀んだ水が溜まっている。落ち葉が何枚か浮いていた。
「なんかあったのか」
聞かれたが私はどう答えようかと逡巡した。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど」
田中はぼそぼそと言った。
「言ってくれると嬉しい」
田中もこういうことを言うやつなんだな、と思った。田中はあまりはっきりとした物言いをせず、見守っているタイプだった。しかし付き合ってみるとそうでもない。心優しい性格は変わらないが、自分の気持ちを口にすることが多い。そういえばアニメの感想などもきっちり言葉に出来る人だった。
今までは言っていなかっただけだったんだな、と気づく。
「前はさ」
私はぽつりと言った。
「前も同じように田中と接していたつもりだったけど、私は田中とは付き合わなかった。なんで今回は付き合ったんだろう」
田中は唐突な質問に少し面食らったようだった。
「えっそれを考えていたのか」
「いやそういうわけではないけど」
「うーん、なんでだろ」
田中はしばし考えた。
「ずっと好きだったけど」
「ずっと? いつから?」
田中は照れもせず落ち着いて答えた。
「ずっと前。知らなかっただろ」
「うん、知らなかった」
私は鈍感だから、と言うと田中はお前は気にしすぎだ、と言う。
「だけど、俺は断られたらどうしようって思って、ずっと伝えられなかった」
「じゃあなんで言ってくれたの」
「それは……」
田中はしばし考えた。
「なんでだろうな。ああ、でも、郁と喧嘩したって聞いたのが大きかった気がする。郁からの連絡で深雪に会うことが多かったから、会えなくなるなって」
「なるほど……」
私はしばらく考えた。
「私が死んだら嫌?」
唐突だと思ったし、こんなことを聞くのもどうかと思ったが、私は聞いた。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
田中は泣きそうな顔をした。私はなぜ田中にこんな顔をさせてしまったのだろう。
「嫌に決まってるだろ」
「ごめん、変なこと聞いて」
目の前を男女が通り過ぎていく。別れ話でもしていると思われたのだろうか、好奇の目を感じた。
「深雪」
田中は真剣な顔をした。
「死にたいのか?」
「え?」
私はしばらく考えた。あんな質問をしたのだからそう考えられてもおかしくはないか。
「別に、死にたくはない、けど」
「けど?」
「別に、生きていたくもない、かな」
「そうか」
田中はがっかりしたような顔をした。
「ごめん。俺、帰るわ」
田中は私の回答を聞くと、急に私を置いて駅の方向に去って行ってしまった。私はそれを追いかけることもせず、ただその後姿を見つめていた。
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