本を歩け!

悠行

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4章 本を探す

4章 本を探すー11

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 漫画の中に入ったりしていたから、もう外はとっぷりと暮れている。こんな時間にいなくなるだろうか。今日は息子さんが行く約束をしていたらしい。重垣は一人家を尋ねた時に電話番号を聞かれていたそうだ。まぁ突然現れたあやしい大学生だから、電話番号ぐらい聞いておいた方がいいと判断したのかもしれない。それが机の上にメモとして置いてあったから重垣に電話がかかって来たということだ。実際、一人さんはいなくなってしまったのだ。
「ちょっと遠くまで買い物に行って迷ってるとかかもしれないから、警察に連絡はしてないらしいけど」
「そんな続々となんでみんな消えるの」
 私は頭を抱え、ため息を吐いた。
「一人さんは普通に、現実的な失踪なんじゃないか」
「うーん、でもタイミングがおかしいよ」
「一人さんも本の中に入ったって言うのか」
「もう訳わかんないけど、そうじゃないの」
「一人さんは本を読むこともあんまりないんだろ。なんでそんなことになるんだよ。失踪なんじゃないか」
「でも一人さんボケてもなさそうだったし、迷ったら電話するだろうし、とくに病んでもなさそうだったじゃない」
「そうだけど、うーん。お前、さっき戸成がいなくなったときは強盗とか言ってたくせに」
「一人消えたのと二人消えたんだと大分違う。こんなタイミングで二人も人間が消えるのは本の力な気がする」
「あの家の本が招き入れてるのか」
「うーん、有り得るよね。呼んでるとか」
「冗談だったのに。なんだか気味が悪いな。で、だからってどうすればいいんだよ。結局何も進んでないぞ」
「うーん、さっき重垣の作品の私が私になってたじゃない、あんな感じで明子さんの作品の中にいないかな」
「一人さんもどきはいるかもな。それに、本中が本中もどきになったのは作者がいたからかもしれないじゃないか」
「作者も一応いるじゃん、明子さん。入るだけタダだし、ちょっと聞いて来よう。ぶっちゃけ一人さんは無関係な他人だから見つからなくてもいいし」
「お前はそんな薄情な」
 戸成さんが見つかればいいのだ。しかし似たような状態には、ヒントがあるかもしれない。私は盗んできた小説の原稿に、重垣も連れて飛び込んだ。
「あら、また来たの。そちらは?」
 明子さんは何回も私が本の中に来るので少し驚いていたが、控えめな反応を示した。
「こっちは友達の重垣です。一緒に戸成さんを探してて、でも今は旦那さんがいなくなったって連絡が来たので、探しに来ました」
「夫が? 夫ならいるけど」
「え?」
「ついてきて」
 この小説は、明子さんが本に入って、元の家に戻るところで終わる。他の作品も全てそうで、パターン化している。明子さんは小説の中の小説の世界から離れ、私達を引っ張ってどこかにワープする。本から出る時の感覚に似ていた。
「戻ったようね」
 戻ると、そこは一人家だった。しかし昼間戸成さんと入ったエッセイのように、なんだか整然としている。玄関の方をちらりと見たが、入り口の部屋の前に本は出されていなかった。
「私はあの人の昼食の支度をしないと」
 この世界は今昼らしい。昼だから簡単に、と冷蔵庫を明子さんが開けていると、廊下から足音がして、一人さんが台所に入って来た。やはり作品の中の一人さんだろうか。
「ほら、来たでしょう」
 何気なく囁く明子さんを見ると、はっとして、一人さんは絶句して言葉を失った。
「おまえ……」
 よくやく絞り出したのもその一言だった。私はその反応を見て、これは一人さんもどきではなく、本人なのだと確信した。
「え?」
 明子さんは分かっていないようで、
「ね、いるでしょ」
 とさも当然のように言う。
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