本を歩け!

悠行

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4章 本を探す

4章 本を探すー9

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 なんで有名漫画の中に重垣の漫画の背景があるのか、意味が分からない。しかし、ふと周りを見ればいつの間にか元の漫画の背景ではなくなっている。
「ほら、前に読ませただろ、俺の漫画」
「えっと、悪夢のバケモノが出てくるやつ?」
「それ。本中に読ませたときは短編だったけど、みんなが面白いって言うから話を膨らませて、今ノートに描いてる」
「重垣が書きはじめた恋愛漫画ではなく?」
「違う。あれはラブコメみたいなやつだからさ……」
 そう言いつつ重垣は照れくさそうだった。ふと、頬に冷たいものを感じた。雨か、と思ったが違う。雪が降っている。なんだか暗い。
「そりゃあ夜が舞台だからな」
「重垣少年漫画好きだって言う割に、なんかちょっと怖いのとか暗いのが好きだよね」
「うーん、俺は少年漫画のつもりなんだけどな。戦って、努力して、勝つ。最初は暗い方がいいだろ」
 しばらく歩いていると、「旅人さんですか」と声をかけられる。振り向けば、そこにいたのは、
「とっと、戸成さん!」
 私は思わず叫んでしまった。良かった。戸成さんに会えた。こんなところで会えるとは思わなかったし不思議だけど、それは大きな問題じゃない。戸成さんもびっくりしている。私は両手で戸成さんの手を掴んだ。
「帰ろ、戸成さん」
 しかし戸成さんは怪訝な顔をし、
「どうしたんです? 私は戸成なんて名前じゃないですし、お隣さんでもないでしょう」
 よく見れば髪も長いし、服も妙だ。すると、重垣が
「も、本中、それは違う。それは俺が描いたキャラクターだ」
 と、恥ずかしそうに言い、未だ手をつないでいた私たちの間に割って入った。
「えっ素直にきもいんですけど」
「違う違う、ええと、似ているだけだ」
「似ているのがきもいんだよ」
「これ、ヒロイン?」
「ヒロインじゃない、ヒロインには地味すぎるだろ」
「失礼じゃない?」
「いや俺はあれくらいの顔が好みなんだって何を言わせるんだよ」
「勝手に言ったんでしょ。絶対渡さないからな戸成さんは」
 そう喧嘩していると、
「落ち着いてください、何があったか分かりませんが、落ち着いて」
 と戸成さんもどきが言う。声までそっくりだ。しかし、なにか違う。
「戸成さんはこういう時仲裁になんか入らないからね。あいつは大変だなぁってぼんやり見てる」
「そうかぁ?」
 私ならこういう風には描かない。まぁファンタジーで描くなら多少キャラクターは変えるのか。少し考える私に、戸成さんもどきが言う。
「姉さん、どうしたんです、帰りますよ。すぐ夜中にフラフラして、今は悪夢がでているんだから危ないですよ」
 私はしばし混乱で何も言えなかった。姉さん?
「ごめん、性格とか見た目とか、こいつの姉は本中そっくりに作ってある」
「は?」
「いや勝手に使ってごめんって。でも俺男子校だし男兄弟だからそんな女子の知り合いいないし、女子二人組でいいのがお前らだったんだよ!」
 まさか戸成さんだけでなく自分も使われていたとは。そしてふと考える。今私がここにいるので、この世界の本中もどきはいないのではないか。彼女が消えたというより、もともと同じで、パラレル世界の存在のようなもので、私と本中もどきが同じになったとか。何故なら、私が昔小説に引きこもったとき、私は小説の中で私になっていた。私は私として、物語のキャラクターになった。そういう作品にしたんだから入ってそこに私がいるのは当然と思っていたが、こうして重垣の作品でも同じことが起こると、少し思うところがある。
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