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3章 本を旅する
3章 本を旅するー16
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「重垣が」
「重垣さん?」
重垣さんが本の中に入れるようにでもなったのでしょうか。
「重垣は漫画を描くんだけど、この前私と戸成さんが本の中に入ったのを見て、やってみたらしいんだ。その時は出来なかった」
「なんだ、出来なかったんですね」
「でも、この前から漫画を書き始めたらしくて、それから漫画の中に入れるようになったって言うんだ」
「えっ」
本中さんは俯きました。
「私も一昨日聞いたんだ。それでどんな漫画って聞いたら、重垣自身の実体験をもとにプロットを作ってるって言ってたから、もしかして書く作品によって、本の中に入れる力が得られるんじゃないかと思って」
「なんですぐに、教えてくれなかったんですか」
一昨日聞いたなら十分に言う時間はあったはずです。今日来る途中でも良いはずでした。
「戸成さんに言ったら、重垣と漫画の中に入っちゃうのかなと思って」
「それが嫌なんですか?」
「なんかさみしいじゃん」
その理由は私には理解できませんでした。
「そうじゃなくて、私には本の中に入る力をつけさせたくないだけなんじゃないですか」
「そんなことないよ、ただ、ちょっとわがままで重垣にも言わないでって言っただけ」
なんだか裏切られたような気持になりました。でも、すぐにまあそんなものだよな人間、という気もしました。既得権益を自分のものだけにしておきたいのは当然です。ただ、なんとなく本中さんは、そういう気持ちではないような気がしていただけです。
「ごめん、すぐに言わなくて。でも」
「いや、いいですよ、別に」
元より、特に他人には期待していません。しかし本中さんはその返答を聞いて悲しそうな顔をしました。
「本当に、戸成さんを本に入れたくなくて隠してたわけじゃないんだ、ただ」
「いえ、本当に気にしないでください。むしろ、重垣さんが入れるなら本の世界の謎が少しわかったじゃないですか」
そう言いましたが、なんとなく喧嘩したような後味の悪さが残りました。これまでの人生、親とも弟とも、もちろん友人とだった、ほとんど喧嘩したことが無いので、一層この気まずさは強いものでした。
沈黙の中一応片付けます。ふと、本中さんが前にネットで探していた本を発見しました。
「本中さん、これ、もう絶版になってるって言ってた本じゃないですか?」
図書館にも本屋にも無く、SFは全般になりやすい気がする、などと文句を言っていた本です。私は説明を読んでも面白そうだとは思いませんでしたが、タイトルは覚えていました。私は気まずい沈黙を打ち破るために言いました。
「ほんとだ。初めて見た」
本中さんも私が話題を変えて幾分かほっとしたように見えました。
「これ、貰っちゃえばいいんじゃないですか?」
「えっどうかな」
大分古そうな文庫でした。絶版と言っても価値が高そうでもないので、貰えるのではないか、と思ったのです。
「聞いてくる」と言ってすっと立ち上がった本中さんは、一度離れたかったのか一人さんと重垣さんがいるであろう方に去っていきました。
なんとなく手を動かしていましたが、明子さんの手紙の意味が分かってしまってやる気が失せてしまっています。一人さんも答えを知ったら読まなく、片付けなくなるのかもしれません。
本中さんと重垣さんは本の世界に入れる。それはとても羨ましいことです。しかし今のところ仕組みが分かりません。一度帰ったら整理して考えたいところです。重垣さんにも話を聞いてみなければなりません。
本棚の横の机に、原稿が置いてあるのに気が付きました。中を見れば、きっと明子さんの小説でしょう。本の中に入って、作者と話す。いつも本中さんについて回ってやっているのに、羨ましく思います。また、さすがエッセイスト、面白いのです。
一本は短いので、すぐ終わってしまいます。何本か読んでふとあることに気付きました。いつも小説の中の明子さんは、旦那さん、つまりあの一人さんでしょうが、そこに戻って来て終わるのでした。
私は小説を書く人を数人思い浮かべました。本中さん、別所さん、他、高校の文芸部の人など。口が達者な人も、無口な人も、結局のところ何か伝えるというのは難しいものです。何か伝えたい、その時に全て、物書きという人種は、その手段を書くことにした人間なのではないでしょうか。
どの小説も明子さんは生き生きと楽しそうです。
「入りたいな」
私はさっきの本中さんと明子さんの会話を思い出して呟きました。無論、入れるなどとは思っていません。
しかし驚くべきことに、入れてしまったのです。
「重垣さん?」
重垣さんが本の中に入れるようにでもなったのでしょうか。
「重垣は漫画を描くんだけど、この前私と戸成さんが本の中に入ったのを見て、やってみたらしいんだ。その時は出来なかった」
「なんだ、出来なかったんですね」
「でも、この前から漫画を書き始めたらしくて、それから漫画の中に入れるようになったって言うんだ」
「えっ」
本中さんは俯きました。
「私も一昨日聞いたんだ。それでどんな漫画って聞いたら、重垣自身の実体験をもとにプロットを作ってるって言ってたから、もしかして書く作品によって、本の中に入れる力が得られるんじゃないかと思って」
「なんですぐに、教えてくれなかったんですか」
一昨日聞いたなら十分に言う時間はあったはずです。今日来る途中でも良いはずでした。
「戸成さんに言ったら、重垣と漫画の中に入っちゃうのかなと思って」
「それが嫌なんですか?」
「なんかさみしいじゃん」
その理由は私には理解できませんでした。
「そうじゃなくて、私には本の中に入る力をつけさせたくないだけなんじゃないですか」
「そんなことないよ、ただ、ちょっとわがままで重垣にも言わないでって言っただけ」
なんだか裏切られたような気持になりました。でも、すぐにまあそんなものだよな人間、という気もしました。既得権益を自分のものだけにしておきたいのは当然です。ただ、なんとなく本中さんは、そういう気持ちではないような気がしていただけです。
「ごめん、すぐに言わなくて。でも」
「いや、いいですよ、別に」
元より、特に他人には期待していません。しかし本中さんはその返答を聞いて悲しそうな顔をしました。
「本当に、戸成さんを本に入れたくなくて隠してたわけじゃないんだ、ただ」
「いえ、本当に気にしないでください。むしろ、重垣さんが入れるなら本の世界の謎が少しわかったじゃないですか」
そう言いましたが、なんとなく喧嘩したような後味の悪さが残りました。これまでの人生、親とも弟とも、もちろん友人とだった、ほとんど喧嘩したことが無いので、一層この気まずさは強いものでした。
沈黙の中一応片付けます。ふと、本中さんが前にネットで探していた本を発見しました。
「本中さん、これ、もう絶版になってるって言ってた本じゃないですか?」
図書館にも本屋にも無く、SFは全般になりやすい気がする、などと文句を言っていた本です。私は説明を読んでも面白そうだとは思いませんでしたが、タイトルは覚えていました。私は気まずい沈黙を打ち破るために言いました。
「ほんとだ。初めて見た」
本中さんも私が話題を変えて幾分かほっとしたように見えました。
「これ、貰っちゃえばいいんじゃないですか?」
「えっどうかな」
大分古そうな文庫でした。絶版と言っても価値が高そうでもないので、貰えるのではないか、と思ったのです。
「聞いてくる」と言ってすっと立ち上がった本中さんは、一度離れたかったのか一人さんと重垣さんがいるであろう方に去っていきました。
なんとなく手を動かしていましたが、明子さんの手紙の意味が分かってしまってやる気が失せてしまっています。一人さんも答えを知ったら読まなく、片付けなくなるのかもしれません。
本中さんと重垣さんは本の世界に入れる。それはとても羨ましいことです。しかし今のところ仕組みが分かりません。一度帰ったら整理して考えたいところです。重垣さんにも話を聞いてみなければなりません。
本棚の横の机に、原稿が置いてあるのに気が付きました。中を見れば、きっと明子さんの小説でしょう。本の中に入って、作者と話す。いつも本中さんについて回ってやっているのに、羨ましく思います。また、さすがエッセイスト、面白いのです。
一本は短いので、すぐ終わってしまいます。何本か読んでふとあることに気付きました。いつも小説の中の明子さんは、旦那さん、つまりあの一人さんでしょうが、そこに戻って来て終わるのでした。
私は小説を書く人を数人思い浮かべました。本中さん、別所さん、他、高校の文芸部の人など。口が達者な人も、無口な人も、結局のところ何か伝えるというのは難しいものです。何か伝えたい、その時に全て、物書きという人種は、その手段を書くことにした人間なのではないでしょうか。
どの小説も明子さんは生き生きと楽しそうです。
「入りたいな」
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しかし驚くべきことに、入れてしまったのです。
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