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2章 本を出る
2章 本を出るー15
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「この花よく吸ったなぁ」
同じことを思い出したのか、ちょうど別所さんも同じことを言う。
「昔これを吸い過ぎて怒られました」
「俺は友達がどんどん花をむしるから、止めて喧嘩したりしたなぁ」
私は道端の別の花に気が付いた。野草だが、これも蜜が吸える。
「あの花も吸ってましたよ」
「へぇ。あんな花あったかなぁ」
私はそれを聞いて不思議に思った。ここは別所さんの描いた世界のはずなのに、別所さんが覚えていないものがあるとは。
「俺はさ、昔はクソ真面目で、喋らなくて口を開くときと言えばさっき言ったみたいな、誰かを注意する時だけで。友達がいなかった。というかいじめられっ子だったと言って正しい」
「そうは見えませんね」
「高校くらいの時にこのままじゃだめだなと思って、なんというか、性格を作り直した」
「なるほど」
「さっき持ってた小説は、俺がそういう子供時代から、大学生になるまでを書いた作品だった。でも怖くなったんだ」
「怖い、ですか」
「随分と前に君に言ったことを自分でもよく覚えている。小説を人に見せるのって恥ずかしい。俺は文章を書くのも読むのが好きで小説を書いていたけど、人に見せるのはひょうきんな作品ばかり、自分が本気で表現したいと思ったものは見せられなかった」
「ひょうきんな作品にもなんというか自は現れますけどね」
私は「こうしくん」の作品を思い出しながら言った。なんというか、マイナーなものを批判することへの、反骨がある。
「まぁね。俺は就活で失敗したっていうのもあるんだけど、どうしても地元を出たかった。大学受験では出れなかったけど、俺にとっては幼い時も大学時代もあまりいい記憶ではなくて。だからあこがれの教授がいるこの大学に来た。それで、今まで断片的にしか書けていなかったこの作品を形にしようと思ったんだ」
「なんで、作品を二つに分けたんですか」
「書いた後に、怖くなった。とくに渉の方。俺の過去、なんていうか、同級生の男子を好きになって、嫌な思いをして、ってそういう話を書いたものだから」
別所さんは、反応を見るように私に目を向けた。
「実はそれ、知ってたんです」
訝しがる別所さんに、私は続けた。
「私は小説なら大抵、どれにでも入れるんです。それで文芸部の部誌に入って、『渉』ってペンネームだったから、たまたま他田さんの小説に入ったんです」
「他田の?」
「ええ、例えば」
私は近くを歩く人に声をかけた。「あの、バス停はどっちですか」
その人は親切に教えてくれる。それを別所さんは見ていた。
「これが何だっていうんだ。バス停に行きたいのか」
「いや、こういう風に、中にいる人にも話しかけて普通に会話できるんですよ。こうやって、私はほぼ他田さん本人であった他田さんの作品の主人公と話したんです。そしたら。相談されたんです。どうしたらいいだろうかと」
「他田が?」
「ええ。相当悩んでいたようでした。当時の他田さんだと思いますけど」
別所さんは軽く唇をかんだ。そして、短く「そうか」と言った。
「ストーリーはほぼ自分のものに肉付けしたけど、作品の主人公である渉は、俺みたいな性格じゃなくて、もっと素直な、他田みたいなやつにした。俺は他田に憧れていたから。でもそうしたら、過去のシーンからのギャップが強まって、そこを自然にするのに苦労して。でも頑張って完成させて、どこかに投稿するつもりだった」
「折角苦労して、なのに分けたんですか」
別所さんは続けるのに躊躇した。しばし考えて話を続けた。
「実は教授に教授の息子のことで相談されたんだ。これ他の人に話すなって言われたんだけど」
「息子さんもゲイとかってことですか」
「ああ、その時に、教授は無意識だろうけどなんだろう、男が男を好きであることへの、嘲笑を口にした。そして息子もじき女を好きになるよなぁと言ったんだ。そういう人もいるのかもしれないけど、それは分からない。俺はやはりそう、なんというかまだ世の中はこうだよなって思って、自分の作品として出すことに躊躇したんだ。だから分けて、少年時代の方だけで作品として完結させた」
「そうだったんですね」
そういう理由があるのなら、別所さんは二つの作品を一つのものにしてはくれないかもしれない。こんなところまで連れて来て、他人に踏む込むべきではなかったかもしれない。踏み込ませるべきでもなかったかもしれない。しかし渉さんはどうしようか。
「でもやっぱり元の小説に戻そうかな」
別所さんは空き地に足を踏み入れながら言った。教科書が落ちている。私が拾い上げてみると、後ろには、「二年一組べっしょ こうじ」と書いてある。別所さんは、「教科書、投げたんだよな」と呟く。
同じことを思い出したのか、ちょうど別所さんも同じことを言う。
「昔これを吸い過ぎて怒られました」
「俺は友達がどんどん花をむしるから、止めて喧嘩したりしたなぁ」
私は道端の別の花に気が付いた。野草だが、これも蜜が吸える。
「あの花も吸ってましたよ」
「へぇ。あんな花あったかなぁ」
私はそれを聞いて不思議に思った。ここは別所さんの描いた世界のはずなのに、別所さんが覚えていないものがあるとは。
「俺はさ、昔はクソ真面目で、喋らなくて口を開くときと言えばさっき言ったみたいな、誰かを注意する時だけで。友達がいなかった。というかいじめられっ子だったと言って正しい」
「そうは見えませんね」
「高校くらいの時にこのままじゃだめだなと思って、なんというか、性格を作り直した」
「なるほど」
「さっき持ってた小説は、俺がそういう子供時代から、大学生になるまでを書いた作品だった。でも怖くなったんだ」
「怖い、ですか」
「随分と前に君に言ったことを自分でもよく覚えている。小説を人に見せるのって恥ずかしい。俺は文章を書くのも読むのが好きで小説を書いていたけど、人に見せるのはひょうきんな作品ばかり、自分が本気で表現したいと思ったものは見せられなかった」
「ひょうきんな作品にもなんというか自は現れますけどね」
私は「こうしくん」の作品を思い出しながら言った。なんというか、マイナーなものを批判することへの、反骨がある。
「まぁね。俺は就活で失敗したっていうのもあるんだけど、どうしても地元を出たかった。大学受験では出れなかったけど、俺にとっては幼い時も大学時代もあまりいい記憶ではなくて。だからあこがれの教授がいるこの大学に来た。それで、今まで断片的にしか書けていなかったこの作品を形にしようと思ったんだ」
「なんで、作品を二つに分けたんですか」
「書いた後に、怖くなった。とくに渉の方。俺の過去、なんていうか、同級生の男子を好きになって、嫌な思いをして、ってそういう話を書いたものだから」
別所さんは、反応を見るように私に目を向けた。
「実はそれ、知ってたんです」
訝しがる別所さんに、私は続けた。
「私は小説なら大抵、どれにでも入れるんです。それで文芸部の部誌に入って、『渉』ってペンネームだったから、たまたま他田さんの小説に入ったんです」
「他田の?」
「ええ、例えば」
私は近くを歩く人に声をかけた。「あの、バス停はどっちですか」
その人は親切に教えてくれる。それを別所さんは見ていた。
「これが何だっていうんだ。バス停に行きたいのか」
「いや、こういう風に、中にいる人にも話しかけて普通に会話できるんですよ。こうやって、私はほぼ他田さん本人であった他田さんの作品の主人公と話したんです。そしたら。相談されたんです。どうしたらいいだろうかと」
「他田が?」
「ええ。相当悩んでいたようでした。当時の他田さんだと思いますけど」
別所さんは軽く唇をかんだ。そして、短く「そうか」と言った。
「ストーリーはほぼ自分のものに肉付けしたけど、作品の主人公である渉は、俺みたいな性格じゃなくて、もっと素直な、他田みたいなやつにした。俺は他田に憧れていたから。でもそうしたら、過去のシーンからのギャップが強まって、そこを自然にするのに苦労して。でも頑張って完成させて、どこかに投稿するつもりだった」
「折角苦労して、なのに分けたんですか」
別所さんは続けるのに躊躇した。しばし考えて話を続けた。
「実は教授に教授の息子のことで相談されたんだ。これ他の人に話すなって言われたんだけど」
「息子さんもゲイとかってことですか」
「ああ、その時に、教授は無意識だろうけどなんだろう、男が男を好きであることへの、嘲笑を口にした。そして息子もじき女を好きになるよなぁと言ったんだ。そういう人もいるのかもしれないけど、それは分からない。俺はやはりそう、なんというかまだ世の中はこうだよなって思って、自分の作品として出すことに躊躇したんだ。だから分けて、少年時代の方だけで作品として完結させた」
「そうだったんですね」
そういう理由があるのなら、別所さんは二つの作品を一つのものにしてはくれないかもしれない。こんなところまで連れて来て、他人に踏む込むべきではなかったかもしれない。踏み込ませるべきでもなかったかもしれない。しかし渉さんはどうしようか。
「でもやっぱり元の小説に戻そうかな」
別所さんは空き地に足を踏み入れながら言った。教科書が落ちている。私が拾い上げてみると、後ろには、「二年一組べっしょ こうじ」と書いてある。別所さんは、「教科書、投げたんだよな」と呟く。
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