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2章 本を出る
2章 本を出るー8
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翌朝、我が寮に泊まった渉さんは、仲間たちを完全に魅了していた。私は初め会った時なんだか不気味だと感じたが、仲間たちは優し気な雰囲気と、その料理スキルに完全にほだされていた。気が利いて、ご飯もうまい。私もご相伴に預かった。
おいしいだし巻き卵を食べながら、本の中の人物が作った食べ物なのだから存在しないようなものなのではないかと思っていたのだが、しっかり食べて昼までお腹が空くことは無かった。材料がこちらの世界のものだからだろうか。
「なんだか少し陰のある感じがしていい」
と寮仲間の女子は言う。さらに写真を一緒に取ろうとしたが上手く撮れなかったらしく、「電子機器壊し」の異名を取っていた。ばれなくて良かった。
とりあえず、私が午前の授業がある日だったので、渉さんには寮で待っていてもらうことにした。授業中、どうすれば良いのだろうかと考えていた。別所さんを説得すればいいのだろうか。
この状況を理解させるのはなかなか難しいことに思えた。それに別所さんは私たちのいたずらだと思って怒っている。
戸成さんは午後の、しかも昼から一コマ開けてからの時間しか授業が無かったが、わざわざ大学に来てくれた。午前の授業が終わった私と合流し、渉さんに会うため寮に向かった。
「へぇ、渉さんそんな人気だったんですか」
「うん。優し気で、ご飯美味しいから」
歩きながら今朝の様子を戸成さんに話した。
「面白いですね。昨日会った時はあんなに不気味に見えたのに」
「でもだんだん喋ってるうちに不気味さ消えた感じしない?」
「まぁ確かに。本中さんは渉さんほんとに小説の世界の人物なんだと思います?」
「うーん、そうだね、写真撮れないし、どんな話か分からないけど別所さんの小説の内容知ってるみたいだし」
「でもその内容話してくれませんよ」
「言いにくい内容なんじゃないの、恋愛小説なんか見せたくないよ」
「そうなんですか? でも自分の日記を見せてるわけでもありませんし、頑なに拒否するものでしょうか」
「私だって自分の小説を人に見せるのは躊躇するよ」
「そうなんですか?」
戸成さんが驚いたように言う。
「というか、最近小説書いてるんですか」
「一応、たまに。文芸部はやめたから発表する場所無くなっちゃったけど」
「ずっと不思議だったんですけど、なんで文芸部辞めちゃったんですか」
戸成さんもそんなことが気になるのか、と思わざるを得なかった。私の知る戸成さんは、高校時代から、誰が何をしようと、その理由を考えたりはしないような人だった。
「なんというか、自信がなくなるんだ、あそこにいると」
私は四月はじめに文芸部に入部し、足繁く部室に通っていたが、6月に入ってすぐにやめてしまった。この前のことだ。
「高校の文芸部とは違うんですか?」
「うん、うちはすごく批評するんだよね、それがストレスで」
別所さんに言われて、私は自分の小説を人に見せなければならないと思うようになった。それで大学でも文芸部に入ったし、頻繁に見せていたのだけれど、急にああ、無理だ、と思ってしまったのだ。部室に行こうと思うと足が止まる。寮から直接行くときは寮から出たくなくて仕方がない。それは甘えかと思ったが、あまりに行きたくないのでやめた。頻繁に通い、先輩からもかわいがられていたので驚かれた。止められたが、嫌なものは仕方なく、無理やりやめた。重垣は話しかけてきたが、文芸部の仲間とは険悪な関係になってしまった。
「そうですか……人に見せるってストレスなんですね」
「でも別所さんはそんな考え方じゃないと思ったんだけどな。見せないと批判もされ泣けれど、評価もされないからね。」
「なんでそんな風に思うんですか」
そう言われて言葉に詰まる。私は何となくだ、と答えた。戸成さんは怪訝な顔をし、
「まぁ、はっきりした性格の人ではありますよね」
と言った。
「渉さんは控えめな性格のようですけど、航司さんは自分をモデルにして渉さんを書いたわけではないんでしょうか」
「言われてみれば随分性格違うな。でもそれだと不思議じゃない? なんで自分をモデルにしてない小説なのにあんなに隠すのかな」
「恋愛小説書いてるってこと自体が恥ずかしいということなんじゃないですか。本中さんさっきそう言ったんじゃないですか」
「なるほど」
「渉さんがもし本の中の人物だったと仮定して、彼は自分の意志で本の中に戻れるんでしょうか」
「うーん、渉さんの言い方だと、出たいと思って自分で出てきたというより、不思議な力が出してくれたって感じだものね」
おいしいだし巻き卵を食べながら、本の中の人物が作った食べ物なのだから存在しないようなものなのではないかと思っていたのだが、しっかり食べて昼までお腹が空くことは無かった。材料がこちらの世界のものだからだろうか。
「なんだか少し陰のある感じがしていい」
と寮仲間の女子は言う。さらに写真を一緒に取ろうとしたが上手く撮れなかったらしく、「電子機器壊し」の異名を取っていた。ばれなくて良かった。
とりあえず、私が午前の授業がある日だったので、渉さんには寮で待っていてもらうことにした。授業中、どうすれば良いのだろうかと考えていた。別所さんを説得すればいいのだろうか。
この状況を理解させるのはなかなか難しいことに思えた。それに別所さんは私たちのいたずらだと思って怒っている。
戸成さんは午後の、しかも昼から一コマ開けてからの時間しか授業が無かったが、わざわざ大学に来てくれた。午前の授業が終わった私と合流し、渉さんに会うため寮に向かった。
「へぇ、渉さんそんな人気だったんですか」
「うん。優し気で、ご飯美味しいから」
歩きながら今朝の様子を戸成さんに話した。
「面白いですね。昨日会った時はあんなに不気味に見えたのに」
「でもだんだん喋ってるうちに不気味さ消えた感じしない?」
「まぁ確かに。本中さんは渉さんほんとに小説の世界の人物なんだと思います?」
「うーん、そうだね、写真撮れないし、どんな話か分からないけど別所さんの小説の内容知ってるみたいだし」
「でもその内容話してくれませんよ」
「言いにくい内容なんじゃないの、恋愛小説なんか見せたくないよ」
「そうなんですか? でも自分の日記を見せてるわけでもありませんし、頑なに拒否するものでしょうか」
「私だって自分の小説を人に見せるのは躊躇するよ」
「そうなんですか?」
戸成さんが驚いたように言う。
「というか、最近小説書いてるんですか」
「一応、たまに。文芸部はやめたから発表する場所無くなっちゃったけど」
「ずっと不思議だったんですけど、なんで文芸部辞めちゃったんですか」
戸成さんもそんなことが気になるのか、と思わざるを得なかった。私の知る戸成さんは、高校時代から、誰が何をしようと、その理由を考えたりはしないような人だった。
「なんというか、自信がなくなるんだ、あそこにいると」
私は四月はじめに文芸部に入部し、足繁く部室に通っていたが、6月に入ってすぐにやめてしまった。この前のことだ。
「高校の文芸部とは違うんですか?」
「うん、うちはすごく批評するんだよね、それがストレスで」
別所さんに言われて、私は自分の小説を人に見せなければならないと思うようになった。それで大学でも文芸部に入ったし、頻繁に見せていたのだけれど、急にああ、無理だ、と思ってしまったのだ。部室に行こうと思うと足が止まる。寮から直接行くときは寮から出たくなくて仕方がない。それは甘えかと思ったが、あまりに行きたくないのでやめた。頻繁に通い、先輩からもかわいがられていたので驚かれた。止められたが、嫌なものは仕方なく、無理やりやめた。重垣は話しかけてきたが、文芸部の仲間とは険悪な関係になってしまった。
「そうですか……人に見せるってストレスなんですね」
「でも別所さんはそんな考え方じゃないと思ったんだけどな。見せないと批判もされ泣けれど、評価もされないからね。」
「なんでそんな風に思うんですか」
そう言われて言葉に詰まる。私は何となくだ、と答えた。戸成さんは怪訝な顔をし、
「まぁ、はっきりした性格の人ではありますよね」
と言った。
「渉さんは控えめな性格のようですけど、航司さんは自分をモデルにして渉さんを書いたわけではないんでしょうか」
「言われてみれば随分性格違うな。でもそれだと不思議じゃない? なんで自分をモデルにしてない小説なのにあんなに隠すのかな」
「恋愛小説書いてるってこと自体が恥ずかしいということなんじゃないですか。本中さんさっきそう言ったんじゃないですか」
「なるほど」
「渉さんがもし本の中の人物だったと仮定して、彼は自分の意志で本の中に戻れるんでしょうか」
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