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2章 本を出る
2章 本を出るー1
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書店コーナーで、声を小さくした戸成さんが、だから、と文句を言う。
「だから、もう少しその能力について考えた方がいいと思うんだけど」
「そうかなぁ」
「本中さんは折角すごいのに、それじゃあ勿体ないし、いつ失われてしまうか分からないじゃないか」
戸成さんは「ポケット六法」の入ったカバン重そうに肩に掛け直しながら、私に説教する。私が呑気に目の前にある本を見て「この本入ったら面白そう」と言い、「やはり不思議だな」と呟くので「そうかな」と言ったら、怒られたのだ。
私、本中歩は、この春無事大学に進学した。高校時代からの学友、戸成さんは別の学部で法学部だが、同じ大学だ。教養の授業は同じ棟で行われるので一緒の授業を無理やり取り、分からない倫理や無常の授業を一緒に受けた後、大学購買の書店購買で一緒に本を物色しているところである。
「でも考えてもよく分からないんだから仕方なくない?」
「それはそうだけど」
戸成さんはため息をつく。私に呆れているのだ。
「逆にそんな能力があるのに能天気にしていられる本中さんの神経が信じられない」
まぁ呆れられているのは高校時代からいつものことなのでスルーした。戸成さんは高校時代、引きこもろうとした私を助けに来た恩人だが、あまり私への情は感じられない、一緒にいるのも、どうせ私の本の中に入れる能力が使いたいのだろう。しかし、そうとは言え別にそれが残念だとか、使わせてなるまいと思うわけでもなく、私は戸成さん以外には、この能力のことを言ってはいないのだった。真面目だが、どこか世間の損得とかとは違った価値観を持つ戸成さんに、私は一種の信頼を置いているのだった。
書店を出て、学食に向かう。私も戸成さんも三限が空いているので、混む昼休みではなく、少し時間を空けてからご飯を食べようと決めたのである。
学食は時間を空けたとはいえ混んでいた。うちの大学の学食で一番安いカレーとサラダを取った私を見て、戸成さんは「そのカレー多くない……?」と言う。別に中くらいのサイズのカレーなのだが、小食の戸成さんにとっては多く見えるのだろう。
向かい合ってご飯を食べていると、戸成さんは「実は今日は私、バイトの面接に行くんですよ」と言った。
「そうなの。知らなかった。なんのバイト?」
「書店です。駅の」
戸成さんの受ける書店は、中心街の最寄り駅併設の書店だった。私も何度か足を運んだことがある。私もずるずると先延ばしにしているが、そろそろ家庭教師を探しに行こう、と戸成さんの発言で少し焦る。
「働き始めたら、遊びにいこっと」
「止めてください」
ええ、いいでしょ、と言っていると、「あれ、本中」と声をかけられる。振り向くとそこにいたのは文芸部で知り合った重垣だった。と、いっても私は2か月で文芸部を止めたので、文芸部仲間と言うわけではない。
重垣は勝手に私の横の席に座った。戸成さんは知らない人だからか黙っている。私は仕方なく「文芸部の、重垣」と紹介した。重垣は私に「この人は?」と馴れ馴れしく聞いてくるので、「高校の同級生の、戸成さん」と教えてやる。戸成さんは小さく頭を下げた。喋らないつもりらしく、何故か少し安心する。
正直なところ、こうずけずけと踏み込んでくる感じのする重垣のことが苦手だった。重垣は戸成さんに「何学部?」と聞き、「法学です」と答えている。重垣も法学である。「俺も法学」となぜか喜ぶ重垣に、嫌な気分になる。確かに十分に社交的だったが、もう少し馴れ馴れしくなかったと思うのだが。
私は早々に食べ終わってしまい、ちまちまと食べ続ける戸成さんを眺めた。いつもなら何か話すのだけれど、重垣がいるのでなにか話す気になれない。
「本中って今何かサークルやってんの」
重垣が沈黙に耐えられなかったようで口を開いた。
「一応」
「何してんの」
「ファンタジー研究会」
私は端的に答えた。戸成さんの提案で二人で作ったサークルだった。落ち着いて本に入れる場所が必要だということになり、戸成さんはおばあさんの家から通っているし私は寮生なのでプライバシーなどない。なので学校でそういう場所が作れれば、と設立したのだった。名前を付けただけだが、学校に認められていなくてもサークル活動として大学の使用申請が出せるようになった。
「えっそんなのあるのか」
「作ったんだよね」
「本中が?」
私は頷いた。戸成さんが食べ終わったので、私は「行こうか」と立ち上がった。
「えっ行くのか。待ってくれよ」
重垣は慌てて私を引き留めた。
「忙しいんだよ」
「なぁ、俺もそのファンタジー研究会、入りたいんだけど」
「えっ」
私は返事に窮し、思わず戸成さんの方を窺った。戸成さんもまさかそんな展開になるとは思わなかったらしく、驚いた顔をしていた。
「それは……」
「いいだろ、他にも部員いるのか」
「今は二人だけど」
「なら人が増えた方がいいだろ」
「いや、別に……」
「なんでだよ」
「てか何してるか知らないのになんで入ろうとするの」
「俺ファンタジーと名が付くなら入りたいよ。俺の漫画、見たことあるだろ」
重垣は文芸部に入っているが、小説を書いているわけではなかった。表紙などを描く要員で、漫画を描くことを趣味としている。少年漫画のような作風で、私も見せてもらった、というか見せられたことがあるがなかなかに面白かった。確かにファンタジックな内容で、確か町中が大きな悪夢のバケモノに操作されている、と言った話だった。
「なぁ、いいだろ」
私が困っていると、隣から「だめです」ときつい一言が響いた。戸成さんが、言ったのだ。
「なんでだよ」
重垣はまさか断られるにしてもそんな風に断られるとは思っていなかったのだろう。すこし慌てているように見えた。私も戸成さんがそんな風に言うとは思っていなかったので驚いていた。戸成さんは重垣の言葉には答えず、
「行こう、本中さん」
と歩き出した。
どんどん歩いて行く戸成さんについて行きながら、会う機会があまり無いにしてもまずかったのではないかと思う。しかしそれよりも戸成さんの態度が不思議であった。
学食を出ると戸成さんは「じゃあ、また」と何事も無かったかのように去って行ってしまおうとする。四限がお互い授業で、別の建物で行われるためいつもそうするが、私は慌てて引き留めた。
「なんであんなはっきり言ったのさっき」
「じゃあ重垣さんをファンタジー研に入れていいって言うんですか。本中さんの本に入れる能力を使うために、その能力を調べるために作ったのに、意味がなくなるじゃないですか」
「そうだけど」
たしかにそうなのであるが、もっといい断り方があるのではないかと思ったのだ。しかしなんだか怒っているような戸成さんが珍しく、焦った私は「そうだね」と同意して別れてしまった。
去って行く戸成さんの後姿を見ながら、なぜそんなにこの能力にこだわるのだろうかと思った。もう一年半ほども、何も分からないまま経過している。私の方は、初めこそ狂喜して何度も何度も本の世界にもぐりこんだものだが、最近はそこまでではない。どんな特殊な状況も、時間がたてば慣れてしまうものである。
「だから、もう少しその能力について考えた方がいいと思うんだけど」
「そうかなぁ」
「本中さんは折角すごいのに、それじゃあ勿体ないし、いつ失われてしまうか分からないじゃないか」
戸成さんは「ポケット六法」の入ったカバン重そうに肩に掛け直しながら、私に説教する。私が呑気に目の前にある本を見て「この本入ったら面白そう」と言い、「やはり不思議だな」と呟くので「そうかな」と言ったら、怒られたのだ。
私、本中歩は、この春無事大学に進学した。高校時代からの学友、戸成さんは別の学部で法学部だが、同じ大学だ。教養の授業は同じ棟で行われるので一緒の授業を無理やり取り、分からない倫理や無常の授業を一緒に受けた後、大学購買の書店購買で一緒に本を物色しているところである。
「でも考えてもよく分からないんだから仕方なくない?」
「それはそうだけど」
戸成さんはため息をつく。私に呆れているのだ。
「逆にそんな能力があるのに能天気にしていられる本中さんの神経が信じられない」
まぁ呆れられているのは高校時代からいつものことなのでスルーした。戸成さんは高校時代、引きこもろうとした私を助けに来た恩人だが、あまり私への情は感じられない、一緒にいるのも、どうせ私の本の中に入れる能力が使いたいのだろう。しかし、そうとは言え別にそれが残念だとか、使わせてなるまいと思うわけでもなく、私は戸成さん以外には、この能力のことを言ってはいないのだった。真面目だが、どこか世間の損得とかとは違った価値観を持つ戸成さんに、私は一種の信頼を置いているのだった。
書店を出て、学食に向かう。私も戸成さんも三限が空いているので、混む昼休みではなく、少し時間を空けてからご飯を食べようと決めたのである。
学食は時間を空けたとはいえ混んでいた。うちの大学の学食で一番安いカレーとサラダを取った私を見て、戸成さんは「そのカレー多くない……?」と言う。別に中くらいのサイズのカレーなのだが、小食の戸成さんにとっては多く見えるのだろう。
向かい合ってご飯を食べていると、戸成さんは「実は今日は私、バイトの面接に行くんですよ」と言った。
「そうなの。知らなかった。なんのバイト?」
「書店です。駅の」
戸成さんの受ける書店は、中心街の最寄り駅併設の書店だった。私も何度か足を運んだことがある。私もずるずると先延ばしにしているが、そろそろ家庭教師を探しに行こう、と戸成さんの発言で少し焦る。
「働き始めたら、遊びにいこっと」
「止めてください」
ええ、いいでしょ、と言っていると、「あれ、本中」と声をかけられる。振り向くとそこにいたのは文芸部で知り合った重垣だった。と、いっても私は2か月で文芸部を止めたので、文芸部仲間と言うわけではない。
重垣は勝手に私の横の席に座った。戸成さんは知らない人だからか黙っている。私は仕方なく「文芸部の、重垣」と紹介した。重垣は私に「この人は?」と馴れ馴れしく聞いてくるので、「高校の同級生の、戸成さん」と教えてやる。戸成さんは小さく頭を下げた。喋らないつもりらしく、何故か少し安心する。
正直なところ、こうずけずけと踏み込んでくる感じのする重垣のことが苦手だった。重垣は戸成さんに「何学部?」と聞き、「法学です」と答えている。重垣も法学である。「俺も法学」となぜか喜ぶ重垣に、嫌な気分になる。確かに十分に社交的だったが、もう少し馴れ馴れしくなかったと思うのだが。
私は早々に食べ終わってしまい、ちまちまと食べ続ける戸成さんを眺めた。いつもなら何か話すのだけれど、重垣がいるのでなにか話す気になれない。
「本中って今何かサークルやってんの」
重垣が沈黙に耐えられなかったようで口を開いた。
「一応」
「何してんの」
「ファンタジー研究会」
私は端的に答えた。戸成さんの提案で二人で作ったサークルだった。落ち着いて本に入れる場所が必要だということになり、戸成さんはおばあさんの家から通っているし私は寮生なのでプライバシーなどない。なので学校でそういう場所が作れれば、と設立したのだった。名前を付けただけだが、学校に認められていなくてもサークル活動として大学の使用申請が出せるようになった。
「えっそんなのあるのか」
「作ったんだよね」
「本中が?」
私は頷いた。戸成さんが食べ終わったので、私は「行こうか」と立ち上がった。
「えっ行くのか。待ってくれよ」
重垣は慌てて私を引き留めた。
「忙しいんだよ」
「なぁ、俺もそのファンタジー研究会、入りたいんだけど」
「えっ」
私は返事に窮し、思わず戸成さんの方を窺った。戸成さんもまさかそんな展開になるとは思わなかったらしく、驚いた顔をしていた。
「それは……」
「いいだろ、他にも部員いるのか」
「今は二人だけど」
「なら人が増えた方がいいだろ」
「いや、別に……」
「なんでだよ」
「てか何してるか知らないのになんで入ろうとするの」
「俺ファンタジーと名が付くなら入りたいよ。俺の漫画、見たことあるだろ」
重垣は文芸部に入っているが、小説を書いているわけではなかった。表紙などを描く要員で、漫画を描くことを趣味としている。少年漫画のような作風で、私も見せてもらった、というか見せられたことがあるがなかなかに面白かった。確かにファンタジックな内容で、確か町中が大きな悪夢のバケモノに操作されている、と言った話だった。
「なぁ、いいだろ」
私が困っていると、隣から「だめです」ときつい一言が響いた。戸成さんが、言ったのだ。
「なんでだよ」
重垣はまさか断られるにしてもそんな風に断られるとは思っていなかったのだろう。すこし慌てているように見えた。私も戸成さんがそんな風に言うとは思っていなかったので驚いていた。戸成さんは重垣の言葉には答えず、
「行こう、本中さん」
と歩き出した。
どんどん歩いて行く戸成さんについて行きながら、会う機会があまり無いにしてもまずかったのではないかと思う。しかしそれよりも戸成さんの態度が不思議であった。
学食を出ると戸成さんは「じゃあ、また」と何事も無かったかのように去って行ってしまおうとする。四限がお互い授業で、別の建物で行われるためいつもそうするが、私は慌てて引き留めた。
「なんであんなはっきり言ったのさっき」
「じゃあ重垣さんをファンタジー研に入れていいって言うんですか。本中さんの本に入れる能力を使うために、その能力を調べるために作ったのに、意味がなくなるじゃないですか」
「そうだけど」
たしかにそうなのであるが、もっといい断り方があるのではないかと思ったのだ。しかしなんだか怒っているような戸成さんが珍しく、焦った私は「そうだね」と同意して別れてしまった。
去って行く戸成さんの後姿を見ながら、なぜそんなにこの能力にこだわるのだろうかと思った。もう一年半ほども、何も分からないまま経過している。私の方は、初めこそ狂喜して何度も何度も本の世界にもぐりこんだものだが、最近はそこまでではない。どんな特殊な状況も、時間がたてば慣れてしまうものである。
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