本を歩け!

悠行

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1章 本に潜る

1章 本に潜るー12

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 手始めに恐ろしい魔物を登場させ、村を襲わせました。しかし本中さんは出てきません。私が書き加えても、本の世界は変わっていないのかもしれません。私は思いつく限りの暴挙を書き加えました。書店を泥棒に襲わせたり、飢饉見舞わせてみたりするのですが、本中さんは出てきません。本中さんの作り出した世界を壊すようで恐ろしいのですが、私は色々と書き加えました。
 ずっと書きこんでも何も起こらないので、諦めかけたころに、玄関の方から音がしました。誰かが帰って来たのです。私がここにいては怒られ、怪しまれてしまいます。私は焦り、とにかく出て来てほしいと「出て来て下さい」と書き殴りました。
 がちゃり、と本中さんの部屋が開いたのと、私の前に本中さんが仰け反るように出てきたのが、ほぼ同時でした。どん、と音がして、本中さんは床に転がりました。
 部屋に入って来たのは本中さんのお母さんでした。手にしていた鞄を床に落とし、駆け寄ります。私は端に寄りました。
「歩っ」
 本中さんのお母さんが叫び、本中さんが抱きしめられました。
「どこに行ってたの」
「えっあ、ああ」
 茫然としている本中さんは要領を得ない言葉を発しました。
「おばあちゃんのところに行ったんじゃないかと思って、探しに行ってたのよ。やっぱりいないし、すぐ帰って来たの。帰ってきてよかった」
 私は本中さんのお母さんの発言を聞いて、ふと思いついて出まかせを言ってみることにしました。その時の私は勢いだけで、あとのことは何も考えていませんでした。
「すみません、これ」
 私は祖母が送って来たお菓子を出しました。本中さんが戸惑って私を見ます。
「実は本中さん、私の祖母の家に行っていたんです、伝えていなくて申し訳ありませんでした」
 お母さんの顔が引きつりました。「これ、お土産です」
 本中さんがはっとしたように「ごめんなさい」と言いました。それは誰に行っているのかよく分からない謝罪でした。本中さんのお母さんは、私には怒らず、「うちの娘がご迷惑をかけてごめんなさい」と私に頭を下げました。
 何か喧嘩をしていたのかもしれません。本中さんのお母さんは、「とにかく帰って来てくれてよかった」と言い、本中さんを強く𠮟ることはしませんでした。私は本中さんと共に、お母さんの運転する車で自宅まで送られました。
 私たちはお母さんがしきりに心配したと話し、それに本中さんが「ごめんなさい」と返す以外、ほとんど言葉を交わすことはありませんでした。私は祖母にどう言い訳をしようかと考えていました。
 本中さんに去り際、思い出して後輩のお菓子を渡し、お礼を言っていたと伝えると、不思議そうな顔をしました。
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