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1章 本に潜る
1章 本に潜るー8
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それから、私と本中さんは春休みの間中、お互いの塾などの予定の合間を縫っては、会い、本の世界に飛び込みました。
二人で本屋に行ってどの本が面白そうか考えたり、おすすめを持ち寄ったり。大体は本中さんの家に私が行きました。本中さんの家は私の家からだと電車に乗らないといけないので少し面倒なのですが、親御さんはいつ来ても文句を言わないそうで、しかし勉強していないと怒られるそうなので私はいつも勉強道具を持って行っていました。
母は私がそうも頻繁に本中さんの家に通うようになったことを驚いていました。別にいじめられたりしたことは無いですが、今までついぞそこまで毎日のように会う人がいたことがありませんでした。
一緒に勉強をしていて初めて知ったのですが、本中さんは文系ではありませんでした。
「てっきり文系だと思ってました」
「なんとなくね。親もそういうし、医療とか気になるし」
本中さんはそうぼやきながら、よく分からない化学の問題を解いていました。
「でも理系とか文系とか分かれてるのやだなぁ。できれば私、文学もやりたいし、医学もやりたいよ」
「そういう大学もあるじゃないですか」
「確かに。でも遠いからさ」
一度だけ、勉強しているときにいつもは仕事に出ているという、本中さんのお母さんが顔を見せたことがあります。勉強しているのを見て、「あら、あなたは文系なのね」と言っていました。
ひとしきり解くと、私と本中さんは本の世界に入ります。例えばある日は、本中さんが入ってみようと言うので、教科書の評論文に入りました。
入ってみると、作者が、大学の教室で生徒たちに話しているのでした。読んだことのある内容を、もっともっと詳しく、何度も強調して話しているのです。
「すごいね、あの人著者近影と同じだ」
と、本中さんが小さい声で言います。他にもいろんな評論にはいりましたが、教室で話しているような人以外に、静かな部屋で書き物をしている人もいました。部屋は雑多でした。
「よく来たね」
そう言うと、台所でわざわざ紅茶を淹れてくれました。私と本中さんは紅茶を飲みながら、作家の話を静かに聞いていました。
「国語以外の教科書には入れないんですか」
「うん、入れない。入れたら数学とか化学とかもっと分かりやすく教えてもらえるかもしれないのに。まぁ、一回高校の化学がよく分かる! みたいな本古本屋で見つけたから入ってみたんだけど、授業聞きながら寝ちゃったから勉強は真面目にするしかないのかもしれない」
本中さんは文章のものには入れるのですが、漫画には入れません。図がある教科書だとだめなのかもしれません。
「本中さんって、文芸部じゃないですか。自分の小説とかには入れるんですか?」
「えっ私の小説?」
ふと思いついて尋ねると、本中さんは少し慌てて、首を振りました。
「やったことはあるんだけど、自分の小説の世界には入れないみたい。やっぱちゃんとした本じゃないといけないみたい」
「そうなんですか……」
私は少しがっかりしました。
「なんでそんながっかりしてるの」
「いえ、少し思いついたんですが、もし本中さんが自分の小説に入れるとしたら、好きに書いて、好きな世界に行けるわけじゃないですか。そうしたら楽しいだろうなぁって」
「なるほど。それが出来たらいいんだけどね……」
本中さんは腕を組んで残念そうに眉を寄せました。
「出来ないなら仕方ないですね。そもそもなんで本の世界に入れるのかも謎ですしね」
「そうなんだよね。それはほんと全然分かんない」
春休みはそのように過ぎました。非常に不思議な春休みだったと思います。私は夢でも本の世界を何度も見て、何が現実なのか分からなくなったほどです。それくらい本の世界に入ったこともそうですが、春休みにクラスメイトと会うのも、一緒に勉強したことも、非常に珍しいことでした。
「戸成さん私以外の友達とは会わないの」
「会わないですね。そもそも会う必要がないじゃないですか」
「私他の友達とも会うよ……てか必要性で語られるとなんか私は必要だから会ってるみたいでやだなぁ」
「そうですか? 必要ですからね」
「まぁいいけど」
本中さんは明らかに呆れて笑いました。
「それに私友達いないので」
「え、いやいるでしょ、結構いろんな人に話しかけられてるじゃん」
そうなのです。本中さんに限らず、クラスだと話しかけて来る知り合いはいるのでした。別にいいのですが、そんなに話したいことも無いのになぜ私に話しかけるのだろうと思います。本中さんは何人かのクラスの人の名前を挙げました。
「その人たちは知り合いですね」
「富山さんは?」
「富山さんは『私達友達だ』って言ってたので友達なのかもしれないです」
「戸成さんが決めるんじゃないんだ、それ」
本中さんは苦笑しています。
「まぁ、大体の人は知り合いですね」
「私は?」
「本中さんは、なんなんでしょうね」
「なんなんでしょうねって……こんだけ毎日会って話してるんだからさすがに友達じゃないかな」
「じゃあ友達ですかね」
高校二年目にして、友達が増えました。
二人で本屋に行ってどの本が面白そうか考えたり、おすすめを持ち寄ったり。大体は本中さんの家に私が行きました。本中さんの家は私の家からだと電車に乗らないといけないので少し面倒なのですが、親御さんはいつ来ても文句を言わないそうで、しかし勉強していないと怒られるそうなので私はいつも勉強道具を持って行っていました。
母は私がそうも頻繁に本中さんの家に通うようになったことを驚いていました。別にいじめられたりしたことは無いですが、今までついぞそこまで毎日のように会う人がいたことがありませんでした。
一緒に勉強をしていて初めて知ったのですが、本中さんは文系ではありませんでした。
「てっきり文系だと思ってました」
「なんとなくね。親もそういうし、医療とか気になるし」
本中さんはそうぼやきながら、よく分からない化学の問題を解いていました。
「でも理系とか文系とか分かれてるのやだなぁ。できれば私、文学もやりたいし、医学もやりたいよ」
「そういう大学もあるじゃないですか」
「確かに。でも遠いからさ」
一度だけ、勉強しているときにいつもは仕事に出ているという、本中さんのお母さんが顔を見せたことがあります。勉強しているのを見て、「あら、あなたは文系なのね」と言っていました。
ひとしきり解くと、私と本中さんは本の世界に入ります。例えばある日は、本中さんが入ってみようと言うので、教科書の評論文に入りました。
入ってみると、作者が、大学の教室で生徒たちに話しているのでした。読んだことのある内容を、もっともっと詳しく、何度も強調して話しているのです。
「すごいね、あの人著者近影と同じだ」
と、本中さんが小さい声で言います。他にもいろんな評論にはいりましたが、教室で話しているような人以外に、静かな部屋で書き物をしている人もいました。部屋は雑多でした。
「よく来たね」
そう言うと、台所でわざわざ紅茶を淹れてくれました。私と本中さんは紅茶を飲みながら、作家の話を静かに聞いていました。
「国語以外の教科書には入れないんですか」
「うん、入れない。入れたら数学とか化学とかもっと分かりやすく教えてもらえるかもしれないのに。まぁ、一回高校の化学がよく分かる! みたいな本古本屋で見つけたから入ってみたんだけど、授業聞きながら寝ちゃったから勉強は真面目にするしかないのかもしれない」
本中さんは文章のものには入れるのですが、漫画には入れません。図がある教科書だとだめなのかもしれません。
「本中さんって、文芸部じゃないですか。自分の小説とかには入れるんですか?」
「えっ私の小説?」
ふと思いついて尋ねると、本中さんは少し慌てて、首を振りました。
「やったことはあるんだけど、自分の小説の世界には入れないみたい。やっぱちゃんとした本じゃないといけないみたい」
「そうなんですか……」
私は少しがっかりしました。
「なんでそんながっかりしてるの」
「いえ、少し思いついたんですが、もし本中さんが自分の小説に入れるとしたら、好きに書いて、好きな世界に行けるわけじゃないですか。そうしたら楽しいだろうなぁって」
「なるほど。それが出来たらいいんだけどね……」
本中さんは腕を組んで残念そうに眉を寄せました。
「出来ないなら仕方ないですね。そもそもなんで本の世界に入れるのかも謎ですしね」
「そうなんだよね。それはほんと全然分かんない」
春休みはそのように過ぎました。非常に不思議な春休みだったと思います。私は夢でも本の世界を何度も見て、何が現実なのか分からなくなったほどです。それくらい本の世界に入ったこともそうですが、春休みにクラスメイトと会うのも、一緒に勉強したことも、非常に珍しいことでした。
「戸成さん私以外の友達とは会わないの」
「会わないですね。そもそも会う必要がないじゃないですか」
「私他の友達とも会うよ……てか必要性で語られるとなんか私は必要だから会ってるみたいでやだなぁ」
「そうですか? 必要ですからね」
「まぁいいけど」
本中さんは明らかに呆れて笑いました。
「それに私友達いないので」
「え、いやいるでしょ、結構いろんな人に話しかけられてるじゃん」
そうなのです。本中さんに限らず、クラスだと話しかけて来る知り合いはいるのでした。別にいいのですが、そんなに話したいことも無いのになぜ私に話しかけるのだろうと思います。本中さんは何人かのクラスの人の名前を挙げました。
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「富山さんは?」
「富山さんは『私達友達だ』って言ってたので友達なのかもしれないです」
「戸成さんが決めるんじゃないんだ、それ」
本中さんは苦笑しています。
「まぁ、大体の人は知り合いですね」
「私は?」
「本中さんは、なんなんでしょうね」
「なんなんでしょうねって……こんだけ毎日会って話してるんだからさすがに友達じゃないかな」
「じゃあ友達ですかね」
高校二年目にして、友達が増えました。
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