本を歩け!

悠行

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1章 本に潜る

1章 本に潜るー5

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 実は昨日、家で私も試してみたのです。本中さんがやっていたように、本に向かって「入りたい」と呟いてみました。しかし当然何も起こらず、愛犬のマロが怪訝な目で私を見つめていたので、なんとなく恥ずかしくなりました。だからやはり嘘なのではと思って登校したのですが、さっきのことで本当だと思わざるを得なくなったのです。なぜ本中さんにだけ、あんなことが出来るようになったのでしょう。
 昼過ぎには私達は解放されました。いつも大体同じなので、成績には元々あまり興味がありませんでしたが、本中さんは自分の席で成績表を何度も見ては眉間にしわを寄せていました。
「本中さん」
 声をかけると本中さんは成績表を閉じながら、「成績がやばい」とため息をつきました。
「いつもよりそんなに悪かったんですか」
 私は本中さんがどれくらいの成績なのかてんで知りません。学年の上位は貼りだされますが、その中には入っていないようでした。たまに歴史や、国語などでかなり上位に入り名前を見たことがありましたがいつもと言うわけではないので、結局のところ出来がいいのか悪いのか分からないのでした。
「いや、なんていうかいつも通り悪いんだけど数学も悪いし化学も悪いし」
 はぁ、と本中さんはうなだれています。あまりに落ち込んでいるので慰めようかと思うのですが、人を慰めたことなどほとんどないのでいい言葉が思いつきません。
「えっと……親御さんに怒られるんですか」
「怒られるね。これは春休みもいちいち言われるなぁ」
 うめき声をもらす本中さんに、気分を変えてもらおうと図書館行きますか? と言うとああ、そうだった、と思い出し、そそくさと成績表を鞄にしまいました。
「その前にさぁ、お腹空いたから昼ご飯食べていい?」
 どうぞ、と言うと本中さんは来る途中で買って来たのであろう袋を出してきました。戸成さんも食べれば、というので私も一緒に食べることにしました。他人の席で食べるのが抵抗がある、と言うと本中さんは袋だけ持って私の席の隣にやってきました。
 本中さんの昼ご飯はパンふたつとコーヒーでした。
「コーヒーが好きなんですか」
「まぁ。美味しいじゃん」
「私はコーヒー飲めないですね」
「紅茶派?」
「はい」
 そんな会話をしながら、パンを平らげていく本中さんを見ていました。私の昼ご飯は母の作ったお弁当です。私はあまり食事をするのが好きではないというか苦手なので、パンをおいしそうに食べる本中さんは羨ましいと思いました。
「そういや今日で二年生終わりだね」
「そうですね」
「クラス替えあるよね」
「じゃあ戸成さんともお別れかなぁ」
「あーそうかもしれないですね」
「感慨とか無いの」
 本中さんが不満げに聞きます。
「いや……今もほとんど喋るの図書室ですし」
「まぁ確かに」
 本中さんはそう納得したように頷きつつ、パンのゴミを袋にまとめていました。いつのまにか全て食べ終わってしまったようです。私がまだ食べているので、本中さんは「さっきの朝の本貸してよ」と私の本を読み始めました。ネタバレを知っているのに面白いのでしょうか。私は気になる方ですが、本中さんは「例えば犯人が分かっても、そこに至る経緯が知りたい」と言っていたので、大丈夫なのでしょうか。
 私が食べ終わり、図書室に移動しました。
「朝、いろんな本に入れるって言ってましたよね。詳しく教えてください」
「なんかもうすごかったよ。絵本に入ったらなんかその絵本のキャラクターがそっくりそのままいるし、ミステリーに入ったら目の前で人が死ぬし。でもその死ぬ様が何と言うかリアルじゃないのね」
「リアルじゃない?」
「うん、なんというか、私も人が死んでる所なんか見たことないけど、多分血の匂いとか、なんかすごいもっと怖いんだろうなってのがあるんだけど、記号的な死に方なの。ドラマみたいな」
「へぇ、不思議ですね」
「で、例えばさっき絵本の話したけど、本の中でも全然違うの、周りの質感とか色とかが。絵本はもう原色寄りで、世界がなんというか、森なんだけど布で出来た森みたいな、そんな雰囲気で、ミステリーは死に方はリアルじゃないけど、世界は現実そのものなのね」
 私は本の中の世界と言うものは、全て本の中がリアルに再現された、言うならば実写化したようなものだと思っていたので、それはなんだか意外でした。
「そうなんですか…… なんでなんでしょうね?」
「いや私も考えてみたんだけど、あれは作者の描く世界じゃないかなと思う」
 作者の描く世界、それは本の中なのだから当然ではないのでしょうか。
「いや、例えば、私あの、ファンタジー小説が好きなんだけど」
 本中さんは図書室の奥からその本を持ってきました。家にもあるそうです。私は内容が怖そうなので読んだことがありませんでした。
「その本が何なんですか」
「私この本大好きなんだけど、割とこう、見た目がショッキングな感じの人がいっぱい出てくるわけね、でもそれは絵に描いてはいないから、私は読むとき想像するしかなかったの」
「まぁ、そうですよね」
「本の世界って、私のイメージする世界だと思うじゃない?」
「ああ、そういう捉え方もありますね」
「でもこの本の中に入ったら、私が想像するよりはるかにおぞましい世界が広がってたんだよね。こわすぎてすぐ出た。あと私、これ映画化してたからそれも観たことあるんだけど、それより全然怖かったし、主人公の顔とかも全然違ってて」
 本中さんは熱を込めて説明し続けます。この本がよほど好きなようです。
「でも、それがどうして作者の世界だと分かるんですか」
「この本ってさ。主人公と作家の名前が同じなんだよね」
「あ、ほんとだ。知らなかったです」
 私は避けていたので確認したこともありませんでしたが、本のタイトルと作家の名前が同じでした。
「私この作者の写真見たことあるんだけど、本の中の主人公の顔がそれと超似てて、でも私のイメージとはちょっと違ったの。なんというか、思ったよりぽっちゃりだった」
「なるほど」
「それで考えたんだけど、どんだけリアルに描写できたとしても、世界を作り上げれたとしても、実際に人が死んでる所を見たことがある作家っていないんじゃないかなと思う。それで、死ぬシーンだけなんかリアルじゃないのかなって」
 説明を聞いて納得しました。
「なんかこの能力生かせないかな」
「というか、なんでそんなことが出来るようになったんですか」
 私はずっと不思議だったことを聞いてみました。
「いや、だから分からないんだって」
「なんか、無いんですか。怪しげな老婆に話しかけられたとか」
「ないね。少なくともテスト期間だったからいつもまっすぐ家に帰ってたし」
 いろいろと尋ねてみましたが、特に変わった出来事は無かったようでした。本中さんは少し考えて言います。
「でも思うんだけど、この能力が例えば昨日、急に出来るようになったかどうかって分かんないんだよね」
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