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1章 本に潜る
1章 本に潜るー1
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小説を読むことは幼い時から何度もしてきたことですが、いつ読んでもその世界になれることはありません。全て似たような形をして、紙が綴じられているだけなのに、なぜかその世界はいつも新鮮なのです。
だからこそ私は小説が好きなのです。別に生きていても死んでいても特に変わるとは思いませんが、ただ痛いのが嫌だからと生きている私にとって、人生は小説が無ければさぞつまらないものだったでしょう。しかしながら、小説のようになってほしいとも思いません。なぜなら小説の中は事件でいっぱい、そんな面倒なことは嫌です。私は平穏が好きなのです。蚊帳の外にいるからこそ、面倒ごとは面白いのではないでしょうか。
できるだけ面倒くさいことは避け、高校に入ってからもいつも一人図書館で過ごしていた私ですが、面倒ごとと言うのは向こうからやって来るもので、ある日のこと、私は少しうるさいクラスメイトから声をかけられたのです。
私は相手のことなど覚えてはいませんでしたが、何かの班が一緒だったらしく、やたらと馴れ馴れしく話しかけて来るのです。
「あっ戸成さん!」
私は彼女の名前を覚えていませんでしたので、図書委員の仕事で本を抱えていた私は困惑しました。
「図書委員って昼休みに仕事するの、大変だね」
本当は昼休みも放課後も仕事していて、そしてその日は別に私が当番でもなかったのですが、そこまで説明するのも面倒だったので、「はい、まぁ」と答えました。
「次の時間も前回と同じなら同じ班だよね、あの先生面倒だよね」
次は英語でしたが、私は班のことなどよく忘れてしまうので前回組んだ席の近い人なのだろうか、と思っても彼女の名前は思い出せず、また私は英語が得意だったので、あまり面倒だとも思いませんでした。
「いや、あの先生、先週のプリントの通り授業するし単語の意味しか尋ねないから楽だと思うんですけど」
「ええ? そう? 私単語の意味が分からないんだよね」
そのクラスメイトは困った顔で笑い、本を借りて去って行きました。
ちなみに、この馴れ馴れしいクラスメイトが、この物語の主人公です。私はわき役に過ぎないと自負しております。彼女の名前は、後々知ったことですが、本中歩さんというそうでした。
いつの間にか、本中さんはクラスでも図書室でも頻繁に話しかけて来るようになりました。最初はそんなに友達がいないのかなとも思ったのですが、別にそうではなく、よく喋る友人は他にもいるようでした。しかし別にものすごくたくさんいるというわけでもなく、とても明るい人でもないようです。やけに馴れ馴れしいと思ったのに、他の人にはなかなか話しかけないようで、まぁ簡単に言うと普通の人でした。
本中さんと私は、おすすめの本をすすめ合うようになりました。本中さんは文芸部で、たまに図書室で作業しているのを見かけました。文芸部は小説を書いて部誌を発行していて、図書室で配布していたので、私はそれをたまに読んでいました。文芸部の人の小説は、なんというか若いなぁというものが多く、あまり好きなものはありませんでした。文体が流行りの小説の真似だったり、やたらと人が死んだり。私は小説は何でもジャンル問わず好きですが、人が死ぬ小説は痛そうなので嫌いです。
文芸部の部誌は書く人が皆ペンネームを使っているのでどれが本中さんの書いたものなのかは分かりませんが、何となくこれではないかな、と思うものがありました。文芸部の冊子はそれぞれの作品に扉絵が付いているので、そのタイトルの字でも分かったのですが、たまに本中さんが口癖で「これほんとだからね」と念を押す、その言葉が出てくる小説が毎回あったのでそうではないかと思ったのです。本中さんの小説は、人が死ぬことは無かったですが、誤字が多いことと、そして感傷的になりすぎる所があったのが気になる点でした。しかし私はそれを彼女に伝えたことはありません。彼女の小説の登場人物はみんな善人なので、私は彼女の小説をいつも気軽に読むことが出来ました。基本的に彼女の小説は善意のすれ違いなのです。
本中さんが何を思って小説を書くのか、私には分かりませんでした。私は彼女よりたくさん本を読んでいますが、小説を書こうとは思いません。ただ彼女はいつもどこか小説世界に憧れているところがあって、いつか現実になるんじゃないかと思っているフシがありました。能天気な人だなぁと思っていました。
よく話すようになってから、本中さんはたまに図書館で私を待つようになりました。私は二年生から図書委員長になったので、放課後いろいろ仕事があります。本中さんはそれが終わるまで、だらだらと本を読んで待っているのでした。
「戸成さーん、まだ終わんないの?」
本を読み終わってしまったのか本中さんが退屈そうに言います。その日は火曜日で、月曜日の当番の図書委員が仕事をしないので私は一人でたくさんの本を返すことになり、時間がかかっていました。
「まだ終わらないですね……。というか、別に一緒に変える約束とかしてないですし帰ってもらっても」
「今日は何となく一緒に帰りたいから待つよ」
そう言うと本中さんは新しい本を手に取りました。本中さんは月水木は塾に通っていて、私も月木土は塾なので、火曜日と金曜日はかなり高確率で本中さんはだらだらと待っていました。金曜日はよく一緒に駅前の本屋に行き、ひとしきり話しました。
いろんな本について、二人でああだこうだと言うのは楽しい時間でした。
「これ面白いのかな」
「面白かったですよ、買ったので貸しましょうか」
ということが多く、自然と私達は本の貸し借りをするようにもなりました。
「これ面白いんですかね」
「あー、なんか設定は面白いけど微妙」
「設定が面白いなら興味ありますね」
本中さんは漫画も好きで、昼休みなどもよく勝手に私の席の近くに来ては、別の人に貸すために持って来た漫画を読みふけっていました。本中さんはくすくす笑うのでうるさいのですが、自分の持って来た本を誰かが楽しく読んでいるというのは中々に気分のいいものです。
ある日、そのよく漫画を貸している人、富山さんというのですが、彼女に言われました。体育の授業中のことでした。私と富山さんは、いつも通り隙を見つけてサボっていました。
「最近よく本中さんと話してるけど、迷惑じゃないの」
富山さんは私と出席番号が隣で、私が人と話すのが別に好きではないことなどを良く知っている人物でした。私が漫画を貸している人でもあります。私にとって、富山さんくらいしか友達はいませんでした。
「いや、迷惑ではないですが」
「なんで? うるさくない?」
「本中さんは変な人なので」
「変って、嫌いってこと?」
「いや、そういうことではないです」
富山さんはなんだか不機嫌そうでした。私がはっきりしない言い方をしていたからでしょう。別に私は本中さんのことを好きと言うわけではありませんが、嫌いではありませんでした。
だからこそ私は小説が好きなのです。別に生きていても死んでいても特に変わるとは思いませんが、ただ痛いのが嫌だからと生きている私にとって、人生は小説が無ければさぞつまらないものだったでしょう。しかしながら、小説のようになってほしいとも思いません。なぜなら小説の中は事件でいっぱい、そんな面倒なことは嫌です。私は平穏が好きなのです。蚊帳の外にいるからこそ、面倒ごとは面白いのではないでしょうか。
できるだけ面倒くさいことは避け、高校に入ってからもいつも一人図書館で過ごしていた私ですが、面倒ごとと言うのは向こうからやって来るもので、ある日のこと、私は少しうるさいクラスメイトから声をかけられたのです。
私は相手のことなど覚えてはいませんでしたが、何かの班が一緒だったらしく、やたらと馴れ馴れしく話しかけて来るのです。
「あっ戸成さん!」
私は彼女の名前を覚えていませんでしたので、図書委員の仕事で本を抱えていた私は困惑しました。
「図書委員って昼休みに仕事するの、大変だね」
本当は昼休みも放課後も仕事していて、そしてその日は別に私が当番でもなかったのですが、そこまで説明するのも面倒だったので、「はい、まぁ」と答えました。
「次の時間も前回と同じなら同じ班だよね、あの先生面倒だよね」
次は英語でしたが、私は班のことなどよく忘れてしまうので前回組んだ席の近い人なのだろうか、と思っても彼女の名前は思い出せず、また私は英語が得意だったので、あまり面倒だとも思いませんでした。
「いや、あの先生、先週のプリントの通り授業するし単語の意味しか尋ねないから楽だと思うんですけど」
「ええ? そう? 私単語の意味が分からないんだよね」
そのクラスメイトは困った顔で笑い、本を借りて去って行きました。
ちなみに、この馴れ馴れしいクラスメイトが、この物語の主人公です。私はわき役に過ぎないと自負しております。彼女の名前は、後々知ったことですが、本中歩さんというそうでした。
いつの間にか、本中さんはクラスでも図書室でも頻繁に話しかけて来るようになりました。最初はそんなに友達がいないのかなとも思ったのですが、別にそうではなく、よく喋る友人は他にもいるようでした。しかし別にものすごくたくさんいるというわけでもなく、とても明るい人でもないようです。やけに馴れ馴れしいと思ったのに、他の人にはなかなか話しかけないようで、まぁ簡単に言うと普通の人でした。
本中さんと私は、おすすめの本をすすめ合うようになりました。本中さんは文芸部で、たまに図書室で作業しているのを見かけました。文芸部は小説を書いて部誌を発行していて、図書室で配布していたので、私はそれをたまに読んでいました。文芸部の人の小説は、なんというか若いなぁというものが多く、あまり好きなものはありませんでした。文体が流行りの小説の真似だったり、やたらと人が死んだり。私は小説は何でもジャンル問わず好きですが、人が死ぬ小説は痛そうなので嫌いです。
文芸部の部誌は書く人が皆ペンネームを使っているのでどれが本中さんの書いたものなのかは分かりませんが、何となくこれではないかな、と思うものがありました。文芸部の冊子はそれぞれの作品に扉絵が付いているので、そのタイトルの字でも分かったのですが、たまに本中さんが口癖で「これほんとだからね」と念を押す、その言葉が出てくる小説が毎回あったのでそうではないかと思ったのです。本中さんの小説は、人が死ぬことは無かったですが、誤字が多いことと、そして感傷的になりすぎる所があったのが気になる点でした。しかし私はそれを彼女に伝えたことはありません。彼女の小説の登場人物はみんな善人なので、私は彼女の小説をいつも気軽に読むことが出来ました。基本的に彼女の小説は善意のすれ違いなのです。
本中さんが何を思って小説を書くのか、私には分かりませんでした。私は彼女よりたくさん本を読んでいますが、小説を書こうとは思いません。ただ彼女はいつもどこか小説世界に憧れているところがあって、いつか現実になるんじゃないかと思っているフシがありました。能天気な人だなぁと思っていました。
よく話すようになってから、本中さんはたまに図書館で私を待つようになりました。私は二年生から図書委員長になったので、放課後いろいろ仕事があります。本中さんはそれが終わるまで、だらだらと本を読んで待っているのでした。
「戸成さーん、まだ終わんないの?」
本を読み終わってしまったのか本中さんが退屈そうに言います。その日は火曜日で、月曜日の当番の図書委員が仕事をしないので私は一人でたくさんの本を返すことになり、時間がかかっていました。
「まだ終わらないですね……。というか、別に一緒に変える約束とかしてないですし帰ってもらっても」
「今日は何となく一緒に帰りたいから待つよ」
そう言うと本中さんは新しい本を手に取りました。本中さんは月水木は塾に通っていて、私も月木土は塾なので、火曜日と金曜日はかなり高確率で本中さんはだらだらと待っていました。金曜日はよく一緒に駅前の本屋に行き、ひとしきり話しました。
いろんな本について、二人でああだこうだと言うのは楽しい時間でした。
「これ面白いのかな」
「面白かったですよ、買ったので貸しましょうか」
ということが多く、自然と私達は本の貸し借りをするようにもなりました。
「これ面白いんですかね」
「あー、なんか設定は面白いけど微妙」
「設定が面白いなら興味ありますね」
本中さんは漫画も好きで、昼休みなどもよく勝手に私の席の近くに来ては、別の人に貸すために持って来た漫画を読みふけっていました。本中さんはくすくす笑うのでうるさいのですが、自分の持って来た本を誰かが楽しく読んでいるというのは中々に気分のいいものです。
ある日、そのよく漫画を貸している人、富山さんというのですが、彼女に言われました。体育の授業中のことでした。私と富山さんは、いつも通り隙を見つけてサボっていました。
「最近よく本中さんと話してるけど、迷惑じゃないの」
富山さんは私と出席番号が隣で、私が人と話すのが別に好きではないことなどを良く知っている人物でした。私が漫画を貸している人でもあります。私にとって、富山さんくらいしか友達はいませんでした。
「いや、迷惑ではないですが」
「なんで? うるさくない?」
「本中さんは変な人なので」
「変って、嫌いってこと?」
「いや、そういうことではないです」
富山さんはなんだか不機嫌そうでした。私がはっきりしない言い方をしていたからでしょう。別に私は本中さんのことを好きと言うわけではありませんが、嫌いではありませんでした。
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