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第二章 草なき地
一 葬送 -2-
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翌朝。瀬戸は早朝から出かけていて、冬夜が朝食を作ってくれた。家茂は朝も姿を表さなかったため、朝食を載せた膳を部屋の前に置いて、声をかけておくという対応をとる。
冬夜は、昨日よりも落ち着いた様子だ。氷嚢で冷やしたおかげか目の腫れも引き、いつもとなんら変わり無いと言って良い状態にある。悲しみのすべてを、己の中にすっかり飲み込んでしまったかのようだ。
今日は、これから春樹の葬儀が行われる。部屋から出てこない家茂を除き、俺たちも支度をして葬儀に向かうことになった。喪服など持ってきていないため、集落の服屋で急遽揃えたサイズの合わない黒のスーツで許してもらうことにする。香典は不要だそうだ。冬夜は四季子としての勤めがあるらしく、ご祈祷のときと同じ白い着物を着ていた。この白い着物が四季子の正装らしい。支度が済むと、俺たちは冬夜に先導されて、徒歩で春樹の家へと向かった。
「俺、神道式の葬儀って参列したことないんだけど、作法とか大丈夫かな」
道中に後藤が問いかけると、冬夜は柔和に微笑んだ。
「心配なさらないでください。神社の建物同様に、葬儀の方法もこの島独自のものになります。そのあたりの作法を、外からいらっしゃった皆様がご存じないことは、皆了承しております。難しいこともありませんし、周囲の行動に合わせていただければ」
「島での葬儀は、基本的には瀬戸さんが執り行うのかな?」
「島にはうちの神社以外の宗教的な施設はなく、斎場もありませんので」
春樹の家は、集落の外れの農業が盛んな地区にあった。さまざまな作物を育てている広い畑があたり一面に広がっており、平屋ながらも大きな民家がポツンポツンと点在している。その牧歌的な光景を眺めながら、春樹の父である池田が農家だという話を思い出す。
「島の畑は、だいたいここに集まってる感じかな」
「はい、このあたりの土壌は作物の生育に適していて、日当たりも良い平地になっているのです。皆さんが食べられているものは、ほとんどがこの辺りで育てているものになりますね。あとは山に近い斜面で、タンカンが栽培されています」
「タンカンって、たしか初日に飲んでたジュースだよね」
「そうです。ジュースにしたり、そのまま食べたりと、島の定番のフルーツです」
後藤と冬夜の会話は続いている。
畑の中を歩きつつ、俺はそこで育っている野菜の様子を眺めていた。トマト・ナス・カボチャ・ニンジン・ダイコン・ハクサイ・キャベツ・ネギなどなど、定番の野菜は一通り揃っている。本州で専業農家というと、大抵はトマト農家、ナス農家などと、育てている野菜は種類が限られるものだ。しかし、ここでは島の食料を自分たちで賄わなければならないため、一人の農家が数多くの種類の野菜を育てている様子が見受けられる。種類によって細かく区切られた畑の様子は珍しいものの、育っている植物の種類として、俺が見慣れないものはないようだ。大型のビニールハウスもいくつか見えているが、中で栽培されているのは主に菊の花だった。
「植物学者って野菜にも興味があるもんなんですか?」
つい熱心に畑の様子を観察していると、隣を歩いていた健に話しかけられた。
「野菜も植物ですから。島独自の作物を探せないかなと思いまして」
「なるほど。オレにはどの葉っぱが、どの野菜のものなのかもさっぱり……あの人は畑仕事をしてるんですかね」
俺に倣うようにして周囲を眺めた健が、ふと、遠くのある一点を指差した。その示す先を見て、俺は軽く眉を寄せる。そこには、他の場所と同様に畑が広がっているだけで、今はひとっこひとり見あたらない。
「人、とは?」
「え、あそこに白い服着て、立ってる人がいるじゃないですか。でもたしかに、作業してるって感じじゃないですね。突っ立ったまま首を左右に揺らして……なんだか不気味だな」
健は、いつもの声の調子のままで言う。しかし、いくら彼が示す方向に目を凝らしてみても、人の姿は見えない。建は、彼の目には見えているらしいその人の行動が不気味だと言う。俺は、彼が俺に見えないものを見ていることの方が不気味に感じられた。
そうこうしているうちに、春樹の家にたどり着いた。
社務所と同様に引き戸になっている玄関は開け放たれており、中から人の話し声が聞こえる。受付などはなく、誰でも自由に出入りできる家に、冬夜の後に続いて上がる。家の中を仕切る障子や襖はすべて取り払われ、広い一つの座敷になっていた。すでに多くの人が集まっており、神社で受けた祈祷のときと同じ甘い香りが充満している。座敷の奥には白い菊で覆われた祭壇があり、中央には、春樹の笑顔の写真が飾られている。祭壇の前には、すでに蓋の閉じられた棺があった。
ここまでは、俺がいままで参列したことのある仏式の葬儀とあまり大きな違いは感じられない。本来は、棺の蓋を開けた状態で故人と最期の別れをするのも同じだったのかもしれない。だが、春樹の死顔は、とても皆に向けて見せられるような状態ではない。
冬夜は座敷の中央付近まで進み、春樹の写真を目にしたところでピタリと足を止めた。表情が一瞬で歪み、ぎゅっと下唇を噛む。俺が冬夜の元へと近寄ろうとしたそのとき、座敷の奥にいた夏久と千秋がやってきて、二人ともが無言で冬夜を抱きしめる。固い絆で結ばれた彼らの様子を見て、俺は逆に彼らから距離を取ることにする。ほとんどの者が喪服を着て、黒が溢れた部屋の中。白い着物を身に纏った彼らは、島のことをよく知らない俺からしても、神聖なもののように感じられた。
冬夜から離れ、後藤・健と共に、部屋の隅で所在なく待機する。そうして部屋の中を眺めていると、個々に集ってそれぞれに小声で会話をしている人々が、時折チラチラとこちらに冷たい眼差しを向けてきていることに気がついた。島にきてはじめて感じる、島民たちから発せられる拒絶感だ。居心地が悪い。
それからしばらくして四季子たちが祭壇の方へと向かうと、瀬戸から声かけがあった。その場の全員が、座敷に用意された座布団へ腰を下ろす。俺たちは部外者なので、最後列の隅に座った。
冬夜は、昨日よりも落ち着いた様子だ。氷嚢で冷やしたおかげか目の腫れも引き、いつもとなんら変わり無いと言って良い状態にある。悲しみのすべてを、己の中にすっかり飲み込んでしまったかのようだ。
今日は、これから春樹の葬儀が行われる。部屋から出てこない家茂を除き、俺たちも支度をして葬儀に向かうことになった。喪服など持ってきていないため、集落の服屋で急遽揃えたサイズの合わない黒のスーツで許してもらうことにする。香典は不要だそうだ。冬夜は四季子としての勤めがあるらしく、ご祈祷のときと同じ白い着物を着ていた。この白い着物が四季子の正装らしい。支度が済むと、俺たちは冬夜に先導されて、徒歩で春樹の家へと向かった。
「俺、神道式の葬儀って参列したことないんだけど、作法とか大丈夫かな」
道中に後藤が問いかけると、冬夜は柔和に微笑んだ。
「心配なさらないでください。神社の建物同様に、葬儀の方法もこの島独自のものになります。そのあたりの作法を、外からいらっしゃった皆様がご存じないことは、皆了承しております。難しいこともありませんし、周囲の行動に合わせていただければ」
「島での葬儀は、基本的には瀬戸さんが執り行うのかな?」
「島にはうちの神社以外の宗教的な施設はなく、斎場もありませんので」
春樹の家は、集落の外れの農業が盛んな地区にあった。さまざまな作物を育てている広い畑があたり一面に広がっており、平屋ながらも大きな民家がポツンポツンと点在している。その牧歌的な光景を眺めながら、春樹の父である池田が農家だという話を思い出す。
「島の畑は、だいたいここに集まってる感じかな」
「はい、このあたりの土壌は作物の生育に適していて、日当たりも良い平地になっているのです。皆さんが食べられているものは、ほとんどがこの辺りで育てているものになりますね。あとは山に近い斜面で、タンカンが栽培されています」
「タンカンって、たしか初日に飲んでたジュースだよね」
「そうです。ジュースにしたり、そのまま食べたりと、島の定番のフルーツです」
後藤と冬夜の会話は続いている。
畑の中を歩きつつ、俺はそこで育っている野菜の様子を眺めていた。トマト・ナス・カボチャ・ニンジン・ダイコン・ハクサイ・キャベツ・ネギなどなど、定番の野菜は一通り揃っている。本州で専業農家というと、大抵はトマト農家、ナス農家などと、育てている野菜は種類が限られるものだ。しかし、ここでは島の食料を自分たちで賄わなければならないため、一人の農家が数多くの種類の野菜を育てている様子が見受けられる。種類によって細かく区切られた畑の様子は珍しいものの、育っている植物の種類として、俺が見慣れないものはないようだ。大型のビニールハウスもいくつか見えているが、中で栽培されているのは主に菊の花だった。
「植物学者って野菜にも興味があるもんなんですか?」
つい熱心に畑の様子を観察していると、隣を歩いていた健に話しかけられた。
「野菜も植物ですから。島独自の作物を探せないかなと思いまして」
「なるほど。オレにはどの葉っぱが、どの野菜のものなのかもさっぱり……あの人は畑仕事をしてるんですかね」
俺に倣うようにして周囲を眺めた健が、ふと、遠くのある一点を指差した。その示す先を見て、俺は軽く眉を寄せる。そこには、他の場所と同様に畑が広がっているだけで、今はひとっこひとり見あたらない。
「人、とは?」
「え、あそこに白い服着て、立ってる人がいるじゃないですか。でもたしかに、作業してるって感じじゃないですね。突っ立ったまま首を左右に揺らして……なんだか不気味だな」
健は、いつもの声の調子のままで言う。しかし、いくら彼が示す方向に目を凝らしてみても、人の姿は見えない。建は、彼の目には見えているらしいその人の行動が不気味だと言う。俺は、彼が俺に見えないものを見ていることの方が不気味に感じられた。
そうこうしているうちに、春樹の家にたどり着いた。
社務所と同様に引き戸になっている玄関は開け放たれており、中から人の話し声が聞こえる。受付などはなく、誰でも自由に出入りできる家に、冬夜の後に続いて上がる。家の中を仕切る障子や襖はすべて取り払われ、広い一つの座敷になっていた。すでに多くの人が集まっており、神社で受けた祈祷のときと同じ甘い香りが充満している。座敷の奥には白い菊で覆われた祭壇があり、中央には、春樹の笑顔の写真が飾られている。祭壇の前には、すでに蓋の閉じられた棺があった。
ここまでは、俺がいままで参列したことのある仏式の葬儀とあまり大きな違いは感じられない。本来は、棺の蓋を開けた状態で故人と最期の別れをするのも同じだったのかもしれない。だが、春樹の死顔は、とても皆に向けて見せられるような状態ではない。
冬夜は座敷の中央付近まで進み、春樹の写真を目にしたところでピタリと足を止めた。表情が一瞬で歪み、ぎゅっと下唇を噛む。俺が冬夜の元へと近寄ろうとしたそのとき、座敷の奥にいた夏久と千秋がやってきて、二人ともが無言で冬夜を抱きしめる。固い絆で結ばれた彼らの様子を見て、俺は逆に彼らから距離を取ることにする。ほとんどの者が喪服を着て、黒が溢れた部屋の中。白い着物を身に纏った彼らは、島のことをよく知らない俺からしても、神聖なもののように感じられた。
冬夜から離れ、後藤・健と共に、部屋の隅で所在なく待機する。そうして部屋の中を眺めていると、個々に集ってそれぞれに小声で会話をしている人々が、時折チラチラとこちらに冷たい眼差しを向けてきていることに気がついた。島にきてはじめて感じる、島民たちから発せられる拒絶感だ。居心地が悪い。
それからしばらくして四季子たちが祭壇の方へと向かうと、瀬戸から声かけがあった。その場の全員が、座敷に用意された座布団へ腰を下ろす。俺たちは部外者なので、最後列の隅に座った。
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