四季子らの呪い唄

三石成

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第一章 実らん木

三 初調査 -3-

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 枯沢と呼ばれる場所へ向かうには、集落の中を抜けていく必要があった。大穴から社務所に戻り、そこから森を通り村役場に抜けて、さらに真っ直ぐ南下していく。

 先導してくれる冬夜のあとをついて歩きながら、集落の様子を観察する。島の総人口は少ないものの、全員が同じ集落に住んでいるため、人口密度はそれなりに高い。集落の中を歩いていると、自然と人を目撃した。店番をしている者、家の軒先でのんびりしている者、道をすれ違う者などさまざまだ。俺がよそ者であるからだろうか、島民たちからは、少しばかり冷ややかで訝しげな視線を向けられる。

 その一方で、彼らが冬夜へ向ける態度は珍しいものだった。年配者であっても。いや、年配者であればあるほど、冬夜に対して恭しく頭を下げるのだ。

「こんにちはー」

 島民たちの反応には慣れているようで、冬夜は朗らかに挨拶を返している。

 そうこうしながら民家の脇の小さな林を抜けると、広々としたグラウンドが見えた。さらにその奥には、小さなコンクリート造の校舎が建っている。一般的な学校と比べると小ぶりな二階建てだが、周囲の建物がほとんど平屋のためとても大きく見える。

「ここが学校かな?」

 体育の時間なのか、ちょうどグラウンドに体操着で出ている子どもたちを眺め問いかけると、冬夜は頷いた。

「はい、島で学校はここだけで、小中併設校になっています。僕たちはひと学年に四人いるので、僕たちだけのクラス編成のことが多いんですけど。ひと学年に一人しかいないような学年は、複数の学年でまとめてひとクラスになっていたりして」

「なるほど」

 説明に頷きながらグラウンドの子どもたちの様子をよくよく観察してみると、各人の体格にはたしかに結構な差異がある。彼らが小学生であることはたしかだが、複数の学年がひとまとめになっているようだ。

 さらに俺は、もう一つの違和感に気がつく。

「ここは男子校だったりするの?」

「いえ、共学ですよ。これは本当に理由がわからないのですが、勾島は、女の子がなぜだかなかなか生まれないのです。そのせいもあって、全島民一二五人のうち、女性は二四人しかいなかったりして。昨日宴会にいらしていた女性たちも、皆さん元は勾島の生まれではありません。千鶴さんと琴乃さんは嫁いでいらっしゃって。真里さんは、二年前に島外から配属されて村役場にいらっしゃったんです」

「それはすごい差だな」

 言われてみれば、先ほど集落で顔を見た島民たちは男ばかりだった。

「言い伝えでは、根っこ様は女性であるために、同じ女性は嫉妬されてしまうから生まれて来られないのだと言われています。遠い昔は、女人禁制の島だったとも」

「へぇ、色々と興味深いな。そういう島の歴史は、どこで学ぶことができるのだろう」

「学校の図書室に島の歴史の本もありましたが、村役場にも展示コーナーがありました。興味があるようでしたら、また後ほどお連れしますね」

「ああ、よろしく頼む」

 そんな話をしながら集落を抜けると、再度森の中を進んでいく必要があった。歩いていた時間としては、神社から村役場までが一〇分で、村役場から集落内を抜けるまでが七分、集落の端から目的地までが三分ほど。冬夜が最初に見積もった二〇分後には、枯沢と呼ばれる場所にたどりついていた。

 ガジュマルの森を抜けて目にした枯沢の光景に、俺は思わず感嘆のため息を漏らす。

 目の前には美しい池が広がっており、水面に青い睡蓮が花開きはじめようとしている。無数の蕾が見えているので、これから開花の時期を迎えるのだろう。池の奥にある切り立った山の斜面からは水が噴き出しており、豊かな水を池へ注ぎ込んでいる。水量的に、沢というよりも小さな滝と言った方がしっくりくる。森の中に響き渡る水音が心地よい。

「幻想的なほどに美しい場所だな」

 素直な感想を述べると、冬夜は、まるで自分自身を褒められたかのようにくすぐったそうな笑みを浮かべた。

「ここはお気に入りの場所です。あまり人が訪れることはないのですが、生活や農業に必要な水をこの池から引いているので、生活にも欠かせない場所なんです。枯沢はけっして枯れない沢です。これほど小さな島でありながら、干魃や水不足に悩むことがないというのは、とても珍しいことだと聞いたことがあります」

 冬夜の説明を聞きながら、池の淵へと近づく。柵などは設置されておらず好きなだけ近寄ることができた。

 睡蓮といえば、白か薄桃色の花が一般的だ。そういう意味では青い睡蓮というのは珍しいが、新種の植物というわけではない。品種名はスター=オブ=サイアム。あの画家のモネが咲かせようとして、彼の庭では気候があわずに結局育てることができなかった、というエピソードがある。

 つまり、熱帯・亜熱帯に咲く花である。これだけ群生しているのだから、よほど勾島の気候があっているようだ。

「枯れない沢なのに、枯沢と呼ばれているのは不思議だな」

「昔は、名前のとおりに枯れた沢だったようです。根っこ様のお力で水が噴き出るようになった、と言い伝えられています」

「本当に根っこ様への信仰が強いのだね」

「はい、島の守り神様ですから。水も、食べ物も、安全も、すべて根っこ様が与えてくださるんです」

 無宗教を自認する俺にはなかなか馴染みのない言葉を聞いて、冬夜の表情を俺はそっと盗み見る。彼の口調は淡々としていて、そこに狂信的な色を伺うことはできなかった。彼は、あくまで島の伝承を教えてくれているだけなのだろう。

 俺たちは、それからしばらく枯沢とその周囲を探索し、陽が落ちる前には社務所に帰り着いたのだった。
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